第19話:一ノ瀬邸の要塞厨房と高級食材の罠
土曜日の午前十時。
俺・高坂大樹は、いつものジャージの上にパーカーを羽織っただけのラフな格好で、巨大な門扉の前に立ち尽くしていた。
「……まじで城だな、ここ」
高さ3メートルはあろうかという鉄製の門。広大な敷地に聳え立つ、洋館風の巨大な大邸宅。ここが学園最高峰の黒髪令嬢・一ノ瀬葵の自宅——一ノ瀬邸だ。
「高坂ー! 遅いよー! 早く入ろうよ!」
隣で私服姿の千歳が、すでに門の敷居を跨いでピョンピョンと跳ねている。手にはなぜか、マイ箸とマイスプーンがしっかりと握られていた。
重厚なエントランスを抜け、黒塗りのスーツを着た執事風の人物に案内された先。
そこに広がっていたのは、俺の「家庭料理男子」としての常識を根底から覆す光景だった。
「……な、なんだここ……。テレビの料理対決番組のスタジオか……?」
通されたのは、家庭用という概念を完全に無視した『ミシュラン星付きレストラン仕様のプロ用巨大厨房』だった。
ピカピカに磨き上げられたステンレス製の調理台、業務用レベルの圧倒的な火力を持つガスコンロ、見たこともない多機能オーブンや真空調理器までズラリと並んでいる。
「ようこそ、高坂くん、千歳さん」
厨房の奥から現れた一ノ瀬さんは、なぜかフリフリのエプロン姿……ではなく、全身純白のコックコートに身を包んでいた。
「ここが我が一ノ瀬家のプライベート・キッチンよ。タッパーという狭小な領域から解き放たれたあなたが、本気のパフォーマンスを発揮するのに最高の環境を用意したわ」
「いや、用意しすぎだろ! 火力が業務用の強火力バーナーじゃねえか! 一般家庭の火加減じゃないんだよ!」
「フフ、驚くのはまだ早いわ。今日のサンプリング(お昼ご飯)のために、我が一ノ瀬家の調達ルートで最高の『素材』を揃えておいたわ」
一ノ瀬さんが誇らしげに調理台の上の保冷温ボックスをパカッと開けた。
そこに鎮座していたのは——
・サシが入りすぎて真っ白な『A5ランク松阪牛の極上サーロイン』
・黒いダイヤモンドと呼ばれる『フレッシュ黒トリュフ』の塊
・桐箱に入った、1パック数万円はしそうな『極上生ウニ』
「……一ノ瀬さん」
俺は思わず額を押さえた。
「何かしら? この最高の素材に言葉も出ないようね」
「あのさぁ……俺が今日作ろうとしてるのは、『できたて熱々の炒飯』みたいな、お昼の定番メニューなんだよ。こんな脂ギッシュなA5ランク肉とかトリュフとか生ウニを炒飯にぶち込んだら、重すぎて胃がもたれるわ! ご飯が進む『ちょうどいい美味さ』が全滅するだろ!」
「くっ……!? A5ランクの脂とウニの濃厚さが、またしても『ご飯が進む引き算』の前に……っ!?」
一ノ瀬さんがガーンと効果音が聞こえそうなほどショックを受け、胸を押さえてよろめいた。
「高坂ー! お肉食べたい! お肉炒めてー!」
千歳が食材の山を見て目を輝かせている。
「よし分かった。そのA5ランク肉は角切りにして、旨味の出汁と脂(ラード代わり)として『少量だけ』使わせてもらう。メインは……この厨房の冷蔵庫にあった、ごく普通の卵とネギと冷や飯だ!」
俺は腕まくりをし、プロ用のずっしりと重い中華鍋を握りしめた。
家庭用の弱々しい火力ではなく、この業務用バーナーの圧倒的な高火力があれば——俺がずっと試してみたかった「究極の火入れ」ができる。
「一ノ瀬さん、千歳。そこに座って待ってろ。タッパーの限界を超えた、できたて熱々の炒飯を見せてやるから」
「……見届けてあげるわ、高坂くん。あなたの真のパフォーマンスを……っ!」




