『この世界にはレベルもスキルも存在しない――だからこそ、人間は戦争を始めた』
異世界に来たと思った。
剣と魔法があると思った。
レベルを上げれば強くなれると思った。
だが――
そんなものは、最初から存在しなかった。
この世界で最も危険な武器は剣ではない。
人間の記憶だ。
そして今、
その事実が明らかになる。
第10話
『記憶という名の武器』
春樹は資料を眺めていた。
正確には資料ではない。
ゲームマスターたちが用意したシステム画面だった。
宙に浮かぶ半透明のウィンドウ。
異世界に来てから数年。
それでも彼らは、この世界の全てを理解できてはいなかった。
「……改めて見ると、妙な世界だな」
春樹は呟く。
そこに並んでいる機能は少なかった。
驚くほど少なかった。
まず、この世界にはレベルがない。
ステータスもない。
スキルツリーもない。
職業もない。
魔法もない。
勇者もない。
剣士もない。
最強のチート能力もない。
あるのは――
人間そのものだった。
畑を耕す。
魚を捕る。
鉄を打つ。
建物を建てる。
交渉する。
裏切る。
愛する。
殺す。
それだけ。
極めて不親切なMMORPGだった。
一方その頃。
栄光の日本。
国橋正典も同じ画面を見ていた。
「結局、人間がやるしかないのか」
老人は静かに笑う。
どこか安心したような笑みだった。
若者たちは不満を抱くだろう。
だが彼は違う。
努力。
忍耐。
経験。
それらが依然として価値を持つ世界。
むしろ彼にとっては理想的ですらあった。
画面を操作する。
機能一覧。
そこにはいくつかの項目が存在した。
『時刻表示』
空を見上げれば分かる。
巨大なMMORPGのように、時刻が空中に表示される。
便利。
ただそれだけだ。
『データ共有』
これが恐ろしい。
記憶。
知識。
経験。
感情。
それらを他人に直接共有できる。
言葉ではない。
体験そのものを渡せる。
嘘が通用しなくなる。
いや――
正確には、嘘をつく方法そのものが変わる。
春樹は思い出す。
もし革命の記憶を共有したら。
もし戦場の記憶を共有したら。
人々は何を感じるだろう。
共感か。
狂気か。
あるいは憎悪か。
「危険だな……」
彼は小さく呟いた。
さらに画面をスクロールする。
『戦略夢想』
睡眠時間を利用するシミュレーション機能。
未来予測ではない。
だが近い。
条件を設定し、仮想戦場を再現できる。
地形。
兵数。
天候。
補給。
可能性。
無数の戦争を夢の中で試すことができる。
現実では一度しか戦えない。
だが夢の中では百回でも千回でも戦える。
だからこそ。
黒田のような男が現れる。
だからこそ。
隼人や海翔が成長する。
彼らは現実で戦う前に、
夢の中で何百回も死んでいるのだから。
そして最後の項目。
『鎮痛剤』
説明は短かった。
痛覚を低減。
戦闘補助。
だが。
注意事項だけが異様に長い。
過剰摂取禁止。
脳神経汚染の危険。
痙攣。
脳機能停止。
死亡。
それは薬であると同時に毒だった。
春樹は眉をひそめる。
「絶対に問題になるな……」
人類はいつだってそうだった。
便利なものを発明する。
そして乱用する。
それを何千年も繰り返してきた。
最後に残っていた項目。
『記憶閲覧』
春樹の指が止まる。
その機能を開く。
瞬間。
幼少期の光景が現れた。
祖父の顔。
教室。
会社。
上司。
過去。
全て。
完璧だった。
曖昧さが存在しない。
抜け落ちもない。
記憶違いもない。
人間の脳とは思えなかった。
「……そうか」
春樹は気づく。
この世界にはマンデラ効果が存在しない。
思い込みも。
勘違いも。
曖昧な記憶も。
全て保存される。
全て再生できる。
全て検証できる。
歴史そのものが改竄しにくくなる。
その時だった。
国橋もまた、別の場所で同じ結論に到達していた。
「恐ろしいな」
老人は静かに呟く。
記録される。
全て。
成功も。
失敗も。
裏切りも。
嘘も。
逃げたことも。
見捨てたことも。
忘れられない。
この世界では。
決して。
そして誰も気づいていなかった。
彼らが戦争のために利用しているこれらの機能。
それら全てが。
ゲームマスターたちにとっては、
ただの実験用ツールに過ぎないということを。
空の向こう側。
誰かが退屈そうに言った。
「次は何を試そうか」
そして世界は、
また少しだけ進んだ。
誰も望まない方向へ。
実はこの世界、かなりMMORPGっぽく見えて、
中身はほぼ「人間シミュレーター」です。
レベルもスキルもありません。
だからこそ、
結局最後に物を言うのは人間自身です。
そして今回登場した「記憶閲覧」。
これは今後かなり重要になります。
人間は忘れることで生きています。
では、
忘れられなくなったらどうなるのか?
次回、その一端が見えてきます。




