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80.甘さの消えた森

 

─翌日。

 

 木々の間から差し込む光で目が覚めた。

 今日もカルムの森は神聖な空気が満ちている。

 まるで朝日で木々が伸びをしているような錯覚さえ感じる。さすがは聖なる森(セインフォレスト)と言われるだけはある。


 俺と崇影(たかかげ)は近くの沢を探して顔を洗い、ボトルに水を汲み直すと店長から貰ったパンで軽く腹ごしらえをした。


 一応、作戦は纏まった。

 と言っても、上手くいく確証など無い。

 昨夜あれこれと話し合い、『隠れ鬼』であることにもっと何か意味があるのではないか、そこをもう少し突き詰められないかと意見を出し合った。

 そして、作戦を二つほど考え出した。

 確実に試験を突破出来るだけのクオリティであれば良いのだが、如何せん昨日のあのボロ負け具合。

 簡単に行かないだろうことは予測が出来る。

 何はともあれやることは単純。全力を尽くす…それだけだ。


 二日目の集合場所は、昨夜解散した辺りが指定されている。

 だが森の中はどこも似たような景色で、特殊な木や岩、小川がある以外には目立った目印もない。

 辿り着けるのか物凄く不安だったが、崇影が先を歩き道を示してくれた。

 こういう時、コイツの『元々人間ではない』特質に助けられるんだよな……


「あぁ、ちゃんと来たな」


 俺達の姿を視界に捉えたトーキスさんがニヤリと笑った。


「休息は取れましたか?」


 その隣に立つセイロンさんが相変わらず美しい笑顔で歌うように尋ねる。


「一応、少しは休みました…」

「問題はない。」


 慣れない場所で無理矢理取った少しの睡眠で、正直体は昨日の疲れを残しているが、そんなことを言えばトーキスさんに何と返されるか分かったもんじゃない。

『甘ぇこといってんじゃねぇ』とか、そんなとこだろうけどな…

 崇影は、いつもと同じ調子だ。疲れているようには見えない。さすがだな…


「んじゃ、早速始めんぞ。ルールは昨日と同じ。ただし…2日目だからな。昨日ほど甘くはしねぇ。覚悟しとけ」

「えぇ……!?」


 やっぱり、昨日は相当サービスしてくれてたってことか…!

 それで全く歯が立たなかったというのに、今日はもっとシビアになる…

 一気に絶望感が押し寄せる。


「加減はしますよ。ですが…万一気が緩むようなことがあれば、容赦はしませんので、くれぐれも全力を尽くして下さいね」 

 

 追い打ちを掛けるようなセイロンさんの言葉。

 厳しい……トーキスさんが厳しいのは今に始まったことじゃないけど、セイロンさんも厳しいぞ……


「戦場での気の緩みは死に直結する。引き締めていくぞ、七戸(ななと)。」


 崇影が俺にだけ聞こえる声でそう呟き、俺の肩に右手を乗せた。

 その僅かな重みと温かさを感じ、俺はふうっと息を一つ突く。

 落ち着け。そうだ、これは命を守るための特訓。

 常に集中し、全力で挑め─!


「あぁ。今日こそ結果を出す!!」


 腹から宣言したその言葉に、トーキスさんとセイロンさんが満足そうに笑った。


 二日目、スタートだ─……


◇◇◇


やはり最初は猶予時間が十分間与えられた。

 隠れるための時間だ。

 俺と崇影は無言のまま同じ方角へとゆっくり走り出した。

 走りながら周囲に目を凝らし、俺は違和感を覚えた。


 昨日と明らかに違う部分が一点ある。

 森の中に、野生動物が多いのだ。

 昨日も野生動物がいなかったわけじゃない。けど、今日の方が生き物の気配が多い。


「なぁ…崇影、昨日の昼間は全然動物いなかったよな…?」


 小さく尋ねてみる。


「あぁ、恐らくだが…昨日は初日の小手調べとして、師匠達が試験中に森の生き物が邪魔をせぬよう配慮したのだろう。」

「そういうことか…」


 言われてみれば確かに、この鬱蒼とした森の中を縦横無尽に動き回っているというのに、野生動物に遭遇しなかったのは不自然だ。

 先程のトーキスさんの発言もそうだが、昨日は所謂『ウォーミングアップ』だったということか。

 元々トーキスさん達は初日から突破出来るなんて1ミリも思っていないのだろう。

 そう分かると無償に悔しい。

 実際、コテンパンにやられたんだから言い訳も出来ないが……


 今日は野生動物の動きを制御していない、とすればトーキスさん、セイロンさんだけでなく肉食獣に襲われる可能性もあるということだ。

 一気に危険度が増したな……

 

 いや、冷静に対処すれば問題は無い。

 そのためにサバイバル訓練を乗り越えて来たのだから。


 俺は走りながら地面や木に巻き付いている蔦を力任せに引っぱり、自分の肩に巻き付けていく。

 出来るだけ長い蔦が欲しい。だが慎重に引き剥がしている時間は無い。

 俺達は手分けして短時間でなるべく多くの蔦を集める。

 ある程度確保出来た所で崇影に目で合図を送る。

 崇影は静かに頷き、鷹へと姿を変化させた。

 

 二人に襲撃されるまでに、あとどの程度の猶予があるだろうか?

 正直、十分は短すぎる。けど、出来る範囲でやるしかない!!

 俺達は『第一の作戦』の準備を始めた。


────


「そろそろタイムアップだな。隠れよう」

「承知した」


 俺の言葉に頷く崇影。

 トーキスさん達に見つかる前に何とか準備は終えることが出来た。

 少々雑にはなってしまったが、致し方ない。

 俺達は、急いで周囲を見渡し、それぞれ隠れる場所を探す。 


 崇影はやはり木の上。

 俺も今回は太くて丈夫な木に登り、密集した葉の間に滑り込む。

 これだけ葉に隠れていれば、視覚的には見つかり難い筈だ。

 我ながら上手く隠れられたと思う。

 苦も無く木登りが出来たのは、基礎訓練によって筋力が上がったお陰なのだろう。

 

 …と、目の前でうにょり、と何かが動いた。


 …毛虫だ!! ゾゾゾッと悪寒が走るがこの程度で動揺してる場合ではない。 

 俺はそうっと千切った葉でその毛虫を払い落とした。 

 さすがに毛虫と仲良く隠れんぼはゴメンだ。


…だが、俺が払い落とした毛虫が地面に落ちる前に…


 突如、ヒュンッと木の枝が針のように飛んできた。

 

 トスンッ!!


 俺の隠れている木の幹に、尖った枝が突き刺さり、ビィィン…と揺れている。


 思わず「ひっ」と声が上がりそうになり、俺は慌てて口を手で塞いだ。

 目を凝らして下方を確認すると…先程の毛虫が、太い木の幹の真ん中で磔にされている。


 

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