3.まだ死ねない②
俺は来た道を帰ろうとしてふと足を止めた。
店長はもしかして…さっきの鳥を助けようとしているのか?
用事を思い出したと言っていたが、あまりに急すぎないか?
それに、あの鳥のおかしな飛び方…普通の状態じゃないよな……
鳥の救出だとすれば、鳥の向かった方角へ行けば合流出来るはずだ。
「よし、俺も手伝おう!」
そう決心し、俺は店長の後を追いかけることにした。
万一合流出来なかったとしても地図は持っている。その時は諦めて店に戻ればいい。
帰れるハズだ…多分。
しばらく真っ直ぐ走り、公園を抜けて雑木林のような場所へ差し掛かった所で、木々の向こうに店長の群青の髪が見えた。
良かった、合流できた……
そう安堵し、店長に声を掛けようとした、その時。
―まだ、死ねない…―
頭の中に突然声が響いた。
店長の声じゃない。聞き覚えの無い男の声。
…誰だ?
慌てて辺りを見渡すが、他に人影は見当たらない。
空耳か…?
「七戸くん、着いてきてしまったのか…」
店長が小さくため息をつくようにしてこちらへ振り向いた。
「すみません、何か手伝えることがあるかと思って…」
店長の方へ近づき…その足元に何かが落ちているのに気付いた。
茶色と白の羽根…鳥だ。
しかもかなり大きい。見た目からして鷹だろうか?
「その鳥って、さっきの…?」
「あぁ。かなりの大怪我をしている。ここまで飛んで来られたのが奇跡のようなレベルだ。」
やっぱり飛び方がおかしかったのは怪我をしていたせいだったんだ。
俺は慌てて鳥に駆け寄った。
腹部が小さく上下している。まだ息がある……
―それを返せ…―
再び頭に先ほどと同じ声が響く。
空耳じゃない。これは……
足元の鷹へ目をやると、鷹は鋭い眼光で店長を睨んでいる。
―それは俺の、何より大切な物だ……―
この鷹の声だ。
俺はそう確信した。
鷹の視線を辿るようにして店長へ視線を向ける。
店長の掌には何かが握られていた。
何かは分からないが、それ自体が光を放っているのか、指の間から光が漏れている。
店長が鷹から何かを取り上げたのか…?
先ほどから頭に響いている言葉と、この状況を照らし合わせれば、そういうことなのだろう。
「店長…それって、この鷹が持っていた物ですか?」
俺の言葉に店長は一瞬驚いたような顔をした。
「君は、これが何か知っているのか?」
店長が手を開くと、そこにはけん玉くらいの大きさの光る珠が乗っていた。
店長には声が聞こえていないのか…?
「いえ、分からないです…けど、さっきからその鷹が、それを返せって言ってるから…」
店長の目が大きく開かれた。
「七戸くんには、この鷹の声が聞こえるのか?」
「えっと、多分、ですけど…」
そう曖昧に答えて鷹の方を見る。
鷹は苦しそうに目を細めたままこちらをじっと見つめていた。
俺に何かを訴えている……
そう感じた途端、俺の体は反射的に動いた。
まるでそうしなけれぱならないと本能に突き動かされたかのように。
「すみません、店長!」
「!!」
完全に油断をしていたであろう店長の手から、強引に光の珠を奪い取った。
それを今にも息絶えそうな鷹の口元へ差し出す。
―恩に着る…―
鷹の声が頭に響き、鷹は大きく口を開けたかと思うと、光の珠を一息に飲み込んだ。
次の瞬間。
鷹の体から無数の光の筋が放たれた。
「何……!?」
あまりの眩しさに目を開けれていられず、思わず腕で顔を覆う。
瞑った瞼に感じる光がようやくおさまった所でゆっくりと目を開けると、地面に倒れていたはずの鷹の姿が見当たらない。
消えた!?
慌てて視線を上げ……
「え……?」
見知らぬ男と目が合った。
俺より少し背が高く、均整の取れた体。透き通るような金色の髪と瞳。
釣り上がった切れ長の目に、バランスよく通った鼻筋。
かなりの美形だが、凄まれたら逃げ出したくなりそうな鋭さがある。
着物のような白と金と茶のまだらの和服に身を包んでいるのだが……その腹部、肩、腕、足…いたる所に血が滲み、全身がひどく汚れている。
「まさか、あんた…さっきの鷹なのか…?」
エルフや獣人が当然のように存在する島だ。鳥が人間の姿になるのも、普通のことなのか…?
そう思い声を掛けたのだが、目の前の男は自分の掌をじっと見つめ、体を見下ろし、固まっている。
その様子は、俺以上に混乱し、ひどく動揺しているように見えた。
「おい、大丈夫なのか…?」
男の肩に触れようとした瞬間。
男の体がビクン、と痙攣し……
「あああああああっ!!!」
突然、男が叫んだ。
悲痛な叫びだ。耳が痛い。
俺は思わず数歩後ずさる。
「七戸くん、下がりたまえ」
店長が後ろから俺の肩を引き、距離を取らせた。
なんだ…? 一体何が起きてる…?
店長は眉をひそめて男の様子を見守っている。
まさか突然襲いかかって来たりしないよな…?
思わず警戒を強める。
だが……
男から突如フッと全身の力が抜けたのが分かった。
そしてその場にドシャリと崩れ落ちる。
「お、おい!!」
慌てて駆け寄ってみると、微かに腹部が動いていた。良かった、息はある……
だが、肩や腕からは今も出血しているらしく、衣服の赤い染みは徐々に広がって来ている。
どうすればいい?
とりあえず傷口を何かで縛って出血を止めて…
混乱する頭で中途半端な知識を必死に引き出している俺の隣に、店長がゆっくりと片膝をついた。
「一先ず応急処置を施しておこう」
そう言って店長が両手をかざすと、その周囲に柔らかな光が集まってきた。
店長の手から倒れている男の体へと光が広がり、やがて男の体を包み込む。
これってもしかして回復魔法ってやつか…?
まさかこんなに早く魔法を目の当たりに出来るとは…
ぽかんとする俺の横で、店長は小さく口を開いた。
「私に出来るのは、あくまで傷口を塞ぐ程度の応急処置だ…あとは彼の生命力と回復力次第だよ」
光がおさまると、店長は1つ小さなため息を吐き、ゆっくりとこちらを向いた。
「とはいえ、このまま放置するわけにもいかない。七戸くん。彼を運ぶのを手伝ってもらえるかな? 一度ウチへ連れ帰るとしよう」
「はい」
俺と店長は、満身創痍のその男を2人でドラセナショップまで運ぶことにした。




