7.半端者
ドラセナショップ別棟の客間の一室。
店長と二人で運んだ、全身傷だらけの鷹の男は、現在ベッドで静かに眠っている。
俺はその隣で椅子に腰掛けて様子を見守っていた。
店に着いてから、店長が体の傷を改めて確認して包帯を巻いたため、全身がミイラのように包帯だらけだ。
幸い顔の周囲は顎と額の怪我だけで済んでいたらしく、表情は確認ができる。
「あの、店長…状況が把握できていないんですが、この人は鳥人間だったんですか?」
一体何から聞けばいいのかも分からず、とりあえず思いついた質問から口にしてみる。
「いや、彼は鷹だね。普通の──と言って良いかは分からないが、鳥だ」
いやいや、どう見ても人の形なんだけど……
俺が反応に困っていると、店長は窓際にもたれて腕を組んだ。
「元は、という言い方をすべきか。私達が飛んでいる姿を見た時は彼は間違いなく鷹だった。今のこの姿は、彼が『光の実』を取り込んだために起こった変異だよ」
「光の実を取り込んだ変異……」
確かに、あの光る球を口に入れた直後に姿が変化した。そしてその直後は、本人もそれに動揺しているように見えた……
けど、変異? この島ではそんな謎現象までアリなのか? だとしても──
「なぜこの……鷹の人は、それを飲んだんでしょうか?」
「飲まなければ死んでいたからだろうね」
「え」
当たり前のことのように答えた店長の言葉に耳を疑った。
確かに大怪我をしていて、飛んでいたのが奇跡だと店長は言っていたけど……
生きるために光の実を飲んで、その結果として鷹から人に変異した?
──いや、正直ちょっと理解が追いつかない。
「光の実を飲めば死にかけでも命が助かるんですか?」
だとすれば、それはとんでもないチートアイテムだ。変異してしまうというのが副作用なら、副作用もなかなかの物だが……
でも何であの時店長は、その光の実をわざわざコイツから取り上げたんだ?
助ける気が無かったのか──? それとも変異を阻止するため?
何か変異による支障があるんだろうか?
店長は静かに口を開いた。
「光の実によって、死にかけの命が助かる可能性はある。他人の命を得て、自らが生き永らえるわけだからね」
「それってどういうことですか? まさか……」
ちょっと待て。他人の命を得る?
つまり──光の実というのが、誰かの魂ってことなのか? だとしたら、この鷹は誰かを殺したのか?
こいつ、殺人犯なのか!?
「まぁ落ち着きたまえ、七戸くん。説明しよう」
俺の顔色の変化に気づいたのか、店長はなだめるように優しく微笑んだ。
それから一呼吸おいて静かに冷静に、光の実について説明をしてくれた。
光の実が生まれるには条件があるそうだ。
まず、その命が本人の意思によって絶たれた物であること。
つまり、自ら生きることを諦めた場合──自殺だ。
そしてその近くに、避けられない死を覚悟した上で、「それでも生きたい」と願う他の生き物の存在があること。
今回の場合は鷹がその条件に当てはまるのだという。
そして、死の直前に光の実を取り込むことにより、新たな命を得ることができる可能性が生まれる。
取り込む側の器や、生命力、精神力が乏しい場合は、取り込んだ際の拒絶反応によりそのまま息絶える場合もあるそうだ。
「じゃあ……この鷹も、目を覚ますかこのまま死ぬか、分からないってことですか……」
「そういうことになるね」
「光の実を取り込むと、みんな人の姿に変異するんですか?」
「そうだね……人のような姿になることがほとんどだ。光の実を生み出す生き物が、言語を操る種族にのみ限られているのも要因の一つかもしれないね」
「人のような姿……いまのコイツは、人間とも違うんですか?」
「あぁ。こうして別の魂を得た種は、その姿も特性も別物へと生まれ変わる。オルタンシアでは、彼らのような特殊な生を持つ者を『灰色種』と呼んでいる」
「グリーズ……」
聞いたことの無い種族だ。
エルフにドワーフに獣人に魔族──ときて、新しい種族の登場? ここまで来るともう何でも来いという気になってはいるが……この島に来てから俺の頭は混乱しっぱなしだ。
しかもこのグリーズという種族がどういう位置づけになるのかさえよく分からない。
「白でも黒でも無い『半端者』という皮肉を込めた呼び名だね」
続けて言った店長の言葉から、この種族があまり歓迎された存在では無いのだろうということは推測ができた。
「半端者……あの……店長は、どうしてこの鷹から光の実を取り上げたんですか?」
俺の問いに、店長は小さく息を吐いた。
「彼は、致命傷を負っていた。死ぬ状況だった。私は……自然の摂理に反して、人の魂を食らってまで生きようとする姿にはどうしても賛同は出来なくてね」
自然の摂理に反していると言われれば、なるほど確かにそうなのかもしれない。
だとすれば、俺はマズイことをしたんだろうか……
鷹の声が頭の中に響いて、こいつと目があった瞬間、咄嗟に光の実を鷹の元へ返してしまった。
店長の言葉に、どう返していいか分からず下を向いていると、店長は俺の横に立ち優しく肩を叩いた。
「君が責任を感じる必要は無い」
「でも……」
「もし、光の実の意味を知った上で先程の状況に出くわしたとして、君はどう動いたと思う?」
「光の実の意味を知っていたら……」
少し考えて、でも俺の答えは一つだ。
「それでも……俺は光の実をこいつに渡したと思います。」
「そうだろう? ならばそれでいい。君は、君の思う正義を貫いたんだ、胸を張ればいい。私は君の正義を尊重するよ」
そこで一旦言葉を切り、それに……と店長は眠っている鷹の男へ視線を落とした。
「君には彼の声が聞こえていた。君が彼を助けたことに、何か意味があるのかもしれないよ」
そんなこと言われてもピンと来ないけど……
ただ、今はどうか目を開けて欲しいと願っている。
動物の言葉──いやそもそも言葉ではなく心の声だったのか……いずれにせよ、そんな物が聞こえたのは生まれて初めての経験だった。
だからこの男が目を覚ましたら直接話をしてみたい。
てか、人の姿になったってことは、言葉は話せるん……だよな?
そう考えながら男の顔を見ていると、僅かに瞼が動いた。
続いて眉がピクリと動き……眉間に皺が寄る。
「……っ!」
苦しいのだろうか。
傷が痛むのだろうか……全身が強張り、男の口から、息の詰まったような声が僅かに漏れた。
あれだけ全身に大怪我を負っていたんだ、そりゃ痛いよな……苦しいよな……
俺と店長は、固唾を呑んで男の様子を見守る。
やがて少し落ち着いたかと思うと、ゆっくりと瞼が開いた。




