1.そんな馬鹿な……②
「ははぁ、なーるほどなー」
北斗さんは意外にもすんなりと俺の話を信じたようだ。
それどころか、随分納得した様子でうんうん、と頷いている……
何に納得しているんだ?
俺の怪訝な視線に気付いてか、北斗さんは、ニッと笑った。
「そりゃあビックリしたよな、つまり、鏡を見たら縮んだんだろ?」
「へ?」
言われて見れば、確かに……
昨夜異変に気付いたのは鏡を覗いた直後だし、今朝も、元に戻ったのを鏡で確認した途端に縮んでいる…
にしても。
「北斗さん、何か知ってんの?」
「いや、俺もな、詳しいことまではわかんねぇよ。ただ、兄貴…お前の親父から、ある可能性についての話は聞いていた」
「可能性?」
「あぁ。息子…七戸が、成長の途中で特異体質を発現するかもしれない、ってな」
「特異体質……なんでそんなこと」
「さっきも言ったけどな、俺は詳しいことは知らん。ただ、特異体質による体の一時的な変化が現れる場合、何かしらのトリガーが必ずあるんだとよ。それがつまり、鏡だな。そんでさっきの話から推測するに、戻るためのトリガーはくしゃみなんだろ」
「一時的な変化……」
思わずホッと胸を撫で下ろした。
あくまでこれは一時的な変化なんだな…てことは、俺の体が退化したわけじゃないってことだよな。
「七戸、ほれ」
「へ?」
名を呼ばれて顔を上げると、北斗さんが猫じゃらしのような物を俺の顔に突きつけた。
「うわっ、ちょ…何…っくしゅん!!」
繊維の様な物が鼻先に当たり、くしゃみが出た。
と同時に体に走る衝撃。
「おぉ、やっぱこれで戻るんだな」
北斗さんは嬉しそうに笑っている。
自分の掌を見れば、確かに見慣れたサイズ感に戻っている。けど……
「確認のために鏡を見ると、また縮むってことだよな…?」
「その可能性が高いだろうな。」
「マジかよ……俺、これからずっと鏡見れないのか…」
「子供の姿になれば、どれだけ眺めても大丈夫だと思うぞ?」
北斗さんの呑気な言葉に、思わず大きなため息が出た。
「それで……この体質を戻す方法は?」
「さあ?」
「…さあ?」
「いやだから、俺は詳しいことは知らないからさ」
「そんな……」
「けどな、七戸。手がかりくらいはあるんだよ」
「手がかり?」
俺が思わず眉をひそめると、北斗さんは肩に下げていたカバンから何やらゴソゴソと取り出した。
それは、小さな書物。
あまり見ないデザインで、ファンタジー世界の魔導書のようにも見える。
「それが、手がかり?」
北斗さんの手元を覗き込むと、「オルタンシアガイド」と書かれているのが目に入った。
ガイドブックなのか?
まさか、ゲームの攻略本ってことは無いよな……?
「オルタンシア、という島の名前に聞き覚えはあるか?」
不意に北斗さんにそう尋ねられ、首を左右に振った。
初めて聞く名だ。
どこかの島国の名前なんだろうか?
「一般的には知られていない場所だからな、当然のことだ。世界地図にも載っていない、未知の島。」
いや、この人は何を言ってるんだ?
地図に載っていない、未知の島?
そんな夢物語みたいな話をされても、全くついていけないんだけど……
そもそも、未知の島だって言うのなら、そのガイドブックはどこから入手したんだよ…ツッコミ所が多すぎて、正直何からツッコんだらいいかも分からない。
とはいえ、話に乗らないと先に進まないだろうから、一通り話だけは聞くか……
そう思い、当たり障りの無さそうな質問を口にしてみる。
「その島に行けば、元に戻れるのか?」
俺の質問に北斗さんは深く頷いた。
「恐らくそういうことなんだろうな。」
「…恐らくって……そんな曖昧な」
「俺が兄貴から託されたのは、お前の体質に異変が現れたら、お前をオルタンシアへ連れて行け、ってことだけだ。その場所に何があるのか、行ったらどうなるのか、一切分からない」
ええええええ……
何なんだよ、その意味不明すぎる遺言は。
そんな曖昧な情報だけを頼りに、未知の島に行けってのか?
怖すぎるんですけど……てか、そもそも、その未知の島なんて、本当に実在するのか?
「未知の島なのに、行く方法は分かってるのか?」
「それは、問題無いよ。俺が連れて行ってやる」
あっさりと答えた北斗さんに面食らう。
連れて…行けるんだ。
これだけ自信満々に言われると、もう無理矢理にでもその話を信じるしか無いのかもしれない、という気になってくる。
場所を知ってるということは、北斗さんは行ったことがあるのだろうか…?
いや待て、問題はそれだけじゃない。
「それって、いつから……? 普通に学校あるんだけど」
「心配するな! 学校には俺が上手く言っておいてやるよ」
ぐっと親指を立てて見せる北斗さん。
「いや、ちょっと待って。そんな急に行けって言われても……」
「七戸の気持ちも分かるけどな、特異体質が現れた以上、普通の生活は続けられない。鏡を一切見ずに今まで通りの生活が出来ると思うか?」
「それは、無理な気がするけど…けど、例えば、仲の良い奴には説明して、協力してもらう、とかさ、せめて高校卒業してからとかにならないのか?」
口早にそう聞くと、北斗さんの表情が途端に険しくなった。
「いいか、七戸。その体質のことは、高校の友人にバレたらダメなんだよ」
「え……? 何で?」
「詳しいことは、オルタンシアで生活するうちに解明するだろ。とにかく、一刻も早くお前はオルタンシアに行く必要がある。それだけ理解するんだ」
「そんなこと言われても……」
「明日、出発する。必要な衣類と持ち物をまとめておくようにな」
有無を言わせぬ口調でそう告げると、北斗さんは『オルタンシアガイド』を俺の机の上に置いて部屋を出ていった。
「嘘だろ……」
思わず呟いた。
正直、頭がついていかない。
突然妙な体質になって、突然高校にも行けなくなって、明日から見ず知らずの場所で生活?
意味が分からない。
その未知の島ってのも、謎すぎて怖い。
「…でも、きっと、すぐ戻って来れるんだよな?」
北斗さんの言うその島に行けば、きっとこの体質は治すことが出来て、そうしたら、戻って来れるんだよな、とポジティブに自分に言い聞かせてみる。
正直理解も納得も全然出来ない。…けど、俺がゴネた所で、今の状況が覆ることは無いだろう。
こんな妙な体質になった時点で、既に理解不能な状況なんだ……もう、今までの自分の常識や当たり前は通じないと諦めた方が良いのかもしれない、とまで思う。
ええい、当たって砕けろだ。もう何でも受け入れてやろうじゃないか。
治すのにどの程度日数がかかるか分からないけど…すんなりことが進んで、あっさり帰って来れるのなら、ちょっとした海外旅行気分を味わえるかもしれないしな。
そうポジティブに思い直し、俺は旅行用のキャリーケースをクローゼットから引っ張り出した。
とりあえず数日分は衣類を用意したほうが良いだろう。
けど、ちょっと待てよ……
鏡を見る度に縮むことを考えると、普段の服では縮んだ時にズボンが下がって恥ずかしい思いをすることになるんじゃないのか?
いやいや、それは困る!!
……どうする?
俺は少し考え、クローゼットとしばらく睨めっこをする。
縮んでも、被害の少ない服…となると…
俺はとりあえず無難な半袖のTシャツを数枚と、膝丈程度のズボンを数枚取り出した。
それから、ほとんど活躍の場が無かった、黒いゴム製のベルト。
この程度用意すれば、縮んで服がダボダボになったとしても、最悪の事態は免れるハズだ。
全く不便なことこの上ない…
あとは、体温調節のために、パーカーやカーディガンを数枚。
よし、一先ずこんな所だろう。
あとは生活に必要な小物、愛用のリュック…いつもの旅行用品を順に詰め、何とか旅支度は完了だ。




