1.そんな馬鹿な…鏡の中の自分
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俺がその異変に気付いたのは、十七の時。
「……誰だ? この子供」
俺は目の前に映った少年をまじまじと見つめた。
ものすごく見覚えのある顔。
思わず目を擦る。見間違いかもしれない。
しかし、いくら目を凝らしてみても見えている姿は変わらない。
「どういうことだ……?」
俺は理解の追いつかない頭でぐるりと辺りを見渡した。
何の変哲もない、いつもの自分の部屋。
──のはずなのに、この違和感は何なのか。
もう一度、先程の少年を見る。
動揺した瞳でこちらをじっと見ている。
「いや、そんな馬鹿な……」
俺の発した言葉に合わせて少年の唇が動く。
目の前に手を伸ばした。
ひんやりとした無機物が指先に触れる。
そりゃそうだ。
目の前にあるこれは、何の変哲もない普通の鏡なのだから。
つまり、目の前にいるこの子供は──俺だ。
伸ばした手は妙に短く、鏡までの距離が遠い。
鏡に触れた掌は小さく、指も短い。
俺はもう一度自分の部屋を見渡した。
先程の違和感の正体はもう分かっている。
いつもと比べて部屋がでかい。
部屋が実際に大きくなったわけじゃない。
けど、いつもより格段に天井が高い。天井だけじゃなく、机も、棚も、全てが高く感じる。
着ている服もダボダボで肩が落ちてスースーするし、ズボンのウエストはズルズル。動けば裾を踏んで転びそうだ。
──俺が小さくなったから。
「そんな、馬鹿な」
思わず同じ言葉を繰り返す。
俺は高校生の幸木 七戸、十七歳……身長は百六十九センチ、何ならまだ伸びる予定だ。
顔立ちはどちらかと言えば童顔かもしれないが、さすがに小学生に間違われたことは無い。
──のに。
鏡に映っているのは、どう見てもせいぜい六〜七歳程度の子供だ。
一体何が起きたんだ?
俺は必死で直前の行動を思い返した。
特段変わったことをした覚えはない。
何か変な物を食べたということもない。
某アニメのように、謎の組織に妙な薬を飲まされた記憶も無い。
そもそも謎の組織に狙われるほどの何かを持ち合わせていない。
だとしたら……
「そうか、夢か! 夢を見てるんだ!」
自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。
夢なら放っておいてもそのうち醒めるはずだ。
今日はテスト続きで疲れていたから、帰宅して知らない間に眠ってしまったのかもしれない。
早くこの夢から醒めるためには──
「夢の中で寝れば、夢から覚めるのかな……」
俺は胸の奥にわだかまる不安感と嫌な予感に気付かないフリをしてベッドに潜り込んだ。
次に目覚めた時には全て元通りになっていますように、と祈りながら──
──────────────
ピピピピッ ピピピピッ……
意識を現実へと連れ戻す、無機質で定期的に響く電子音。
毎朝聞いている目覚ましの音だ。
まだうやむやな意識を抱えながら手探りでスマホの目覚まし機能を止めた。
「ふあぁ……っ」
大きなあくびが口から漏れる。
徐々に意識がはっきりしてくると、昨晩のことがしっかりと蘇った。
寝起きにこんなにはっきりと夢の内容を思い出せるのは、初めてだ。
夢、だったんだよな?
上体を起こし、自らの体へと視線を移す。
「あ、あれ……?」
昨晩感じたのと同じ違和感。
胸元が妙に大きく開き、ズボンはもはや半分脱げている。寝ている間に下がったのか……と思い、引き上げてみるが、ウエストがデカくて結局下がる。
長い袖をたくし上げて掌を広げてみる。
──明らかに小さい。
慌ててベッドを降り、鏡を覗き込んだ。
「夢……じゃ、ない……?」
そこに映っているのは、昨晩見た幼い姿の自分。
いやいや、嘘だろ? 夢じゃなかった?
どーすんだ、これ。
こんな姿じゃ学校に行けないし、コンビニとか行っても補導されるんじゃないのか?
全く意味の分からない状況に思考が停止しかけた、その時。
鼻がむず痒くなり……
「……っくしゅん!!」
大きなくしゃみが出た。
と同時に体に走る、妙な衝撃。
「!?」
今まで味わったことのない感覚に戸惑いつつ顔を上げると、鏡の中にはいつもの高校生の幸木七戸が映っていた。
「……戻った……」
思わず大きなため息が漏れる。
とりあえず、良かった。
と思ったのは束の間。
「──っ!!」
再び突如として体に走る違和感。
まるで巨人の両手で体をぎゅうっと潰されるような不快感。
それが落ち着いた所で鏡を見ると……
「嘘だろ……」
先程の子供の姿の自分がそこにいた。
せっかく戻ったと思ったのに完全にぬか喜びじゃないか。
元の姿だった時間なんてほんの数秒だぞ?
まさかこの先ずっとこの姿で生活をすることになるんじゃ……
そんな不吉な考えが頭をよぎった、その時。
ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。
「ただいま〜! 七戸、いるかー?」
ヤバい。
何でこういう時に限って帰って来るんだよ……
俺は咄嗟に隠れる場所を探した。
突然縮んだなんて、どう説明すればいいのか分からない。
ベッドの下……は隠れるほどの隙間が無い。
クローゼットの中か、机の下か、布団の中か……
逡巡しているうちに部屋のドアが無遠慮に開かれる。
どこかに隠れる時間の猶予など無かった。
「あ……」
「久しぶりに帰って来たぞ!」
数カ月ぶりに見る顔。
よく日に焼けた肌に、人当たりの良さそうな顔立ち。
俺の育ての親である伯父、北斗さんが、俺の姿を見て目を見開いた。
「七戸、お前……あれ?」
「おかえりなさい、北斗さん……」
「おかしいな、俺の記憶では、七戸は今高校生だったと思ったんだが……まだ小学生だったか?」
「そんなわけないでしょ……」
すっとぼけた北斗さんの言葉に思わず力が抜ける。
俺は、幼い頃に両親を事故で亡くした……らしい。
正直、記憶に無いほど小さな頃なので自覚はあまり無いし、親の顔も覚えていない。
親との思い出も何も無い。
身寄りの無くなった俺を引き取り育ててくれたのが、この北斗さんだ。
俺にとっては北斗さんが親のような物だが、この北斗さんはなかなかの自由人で、仕事とプライベートを兼ねて世界中を飛び回っている。
そのため家にいないことの方が多く、普段俺は一人暮らしのような生活を送っている。
北斗さんはこうして気まぐれに帰って来ては、土産やら何やらを大量に家に置いて行くのだ。
「やっぱりそうだよなぁ? にしては幼すぎないか? 服のサイズも合ってないし。お前……前に見た時はもう少しゴツかったような……」
はぁ、と思わずため息が漏れた。
仕方が無い。昨日からのこの謎の現象を正直に話す以外に方法は無いだろう……
話したところで信じてもらえるとも思えないけど。
そう諦めにも似た心境で、俺は昨夜からの一部始終を北斗さんに伝えることにした。




