シーン7
「……ん?」
玄関に家族の誰かではないが良く見知った靴があるのに気が付き、これはタイミングがいいなと思いながら靴を脱いで家に上がると、真っすぐに自室ではなくその隣に部屋に向かう。
「立夏、居るか?」
ノックしてから言うと、「入っていいよー」と返ってきたのでドアを開くと予想通り春香もそこにいた。 とは言っても片付けも大方終わっていたようで、二人共床に置いたクッションに座り談笑していたようだ。
ベッドや勉強机、それにクローゼットは昔あの子が使っていたものがそのまま置いてあったが、カーペットや壁掛けの時計、他にも机も上に置いてある小物などはさっき送られてきた荷物の中身なのだろう。
「……邪魔だったか?」
女の子同士のトークの邪魔になったかという意味で言うと、「ん? そんな事ないよ?……て言うかボク達の仲じゃん?」と立夏が言うのは、幼なじみ三人だし気にするなという事だろう。
「わたしもこの部屋にはずいぶん久しぶりに入ったけど……この部屋の隣、この壁を挟んだ向こうが晴夜君の部屋なんだよねぇ……」
「ああ、まあ……そうだけど……?」
壁を見ながらしみじみという春香は、次にはいたずらっぽい笑みを浮かべて俺の顔を見て……。
「夜中に立夏ちゃんの寝込みを襲っちゃ駄目だよ?」
……と言ってきた。
「襲うか!! つか、基本的に母さんや父さんだって家にはいるんだからな?」
「え~~~!? それってボクには女の子としての魅力がないって事~?」
「そういう問題じゃないつーのっ!!」
悪ノリしてくる立夏を叱ってから、俺は咳払いをする。 このままでは本題を言いそびれてしまいそうだ。
「……それより、二人とも次の日曜日は空いてるか?」
「日曜? 特に予定はないけど……立夏ちゃんは?」
「ボクもないけど、何? ひょっとしてデートのお誘い?」
「んなわけあるか! てか、女の子二人同時にデートの誘いって俺がそんな男に見えるのか?」
そもそも、それは単に仲間で遊びに行こうというのであってデートはない気がする。
すると春香と立夏は顔を見合わせてから再び茶色と水色の瞳を向けて来て……。
「見えないよ?」
「せーやはそんな男の子じゃないよ~」
……と言ってくるのには少し安心した……じゃない、このままではまた本題からそれていってしまう。
「そうじゃなくてな、姉さんが日曜にみんなで花見に行こうってさ」
「姉さんって……冬子さんが?」
「みんなって……ボク達五人?」
俺が頷き、「でだ、二人の予定はどうかって話だよ」と尋ねるが、ほぼ大丈夫だろうというのは確信してる。
「……わたしは大丈夫だけど、立夏ちゃんは?」
「ボクもおっけ~だよ。 みんなでお花見か~楽しみだねぇ~?」
……というわけで後は千秋がどうかという問題もあるが、そっちも正直心配していないのでこれで決まりだなと部屋を出て行こうとしたが、それを立夏に呼び止められた。
「……どうした?」
「んとさ、せっかくだしボード・ゲームしない?」
そう言った立ち上がった立夏は部屋の隅に置かれていた段ボール箱へ向かうと蓋を開いた。 そうして立夏が取り出したのは、”マジカル☆ケーキショップ”というファンシーな女の子のイラストの描かれた小箱だった。
「このゲームはね、カードを使って勝負するんだ。 プレイヤーはケーキショップの店長さんで、バイトの子とかを使って誰が一番になるか競うの」
カードをシャッフルしながらルール説明をしてくれる、それを聞く限りはそう複雑なものではなさそうだ。
「……つか、妙に思い段ボール箱があったと思ったら……そういうわけか」
「立夏ちゃん、いつの間にそんな趣味を?」
「向こうの友達に誘われれさ? やってみると面白いよ、こういうのもさ?」
シャッフルした山札をカーペットの上に置き、そこかから五枚のカードを取り渡してくるのは、これが手札という事だろう。 その内容を確認した俺は思わずキョトンとなると、隣から「……はい?」という春香の声が聞こえた。
「……じゃあ! せーやのお店に”金庫破り”するよ~!」
”バイトの女の子”のカードを縦から横に倒すのはそのキャラが行動したという意味らしい。 そうしてから”金庫破り”のカードを手札から場に出した立夏が宣言しサイコロを振る、それに対し俺も自分のサイコロを握った。 このサイコロ勝負に負けると俺の所持金は全部立夏に奪われてしまう。
「……これって、バイトの子に泥棒させてるって事だよねぇ……」
隣に春香の苦笑い聞きながらサイコロを振ると、俺の目の方が大きかった。 しかしまだ安心はできない、手札にある”魔法”カードでサイコロの目を動かせるからだ。
しかし……。
「あ~~負けちゃったかぁ~」
「……って、何もないのかよ?」
「うん。 何か勝てそうな気がしたんだよねぇ~?」
残念そうにしながら”バイトの女の子”と”金庫破り”のカードを捨て札置き場に置くのは当然なのだが……。
「これって……失敗したバイトの子が警察に捕まったって事なんだよねぇ……きっと……」
……と、春香も同じように思ったようだ。 このゲームはイラストは可愛い系なのだが、この金庫破りだの相手のバイトのリーダーをヘッドハンティングだの相手の店の悪い評判を流すだのと妙に黒い系のカードだらけなのだ。
まあ、ゲーム自体は面白いのだが……つまりだから立夏も買ったのだろう。 決してこういう黒い系が立夏の趣味ではないと思いたい、しかし同時に良く知っていると思っていたはずの幼なじみの少し意外な一面を知れたようで、嬉しくも思えていた。
「あ……えっとね……遅いかもだけど魔法カード、使っていいかな?」
その時に遠慮がちに手から出したのはプレイヤー一人のサイコロの目を動かす効果があるカードだった。 ルールでは自分の手番じゃなくても”魔法”カードは使えるので「……は? 何で?」と聞いたのは春香が立夏を助けるような事をする意図の事だ。
「だって……このままじゃ、わたしが最下位になっちゃうから……」
現在の状況として立夏がトップ、これはゲーム慣れもしているので当然だろう。
そして二位が俺で僅差で最下位が春香だ。 つまりは、立夏の一位を阻止しようというのではなく自分の最下位を避けるために俺を蹴落とそうというのだろう。
もちろんルール上は可能だし、おそらくはこういう足の引っ張り合いもゲームのコンセプトなのだろうとは分かりはする……が、春香もけっこう意地が悪いところもあるんだなと知った。
「いや、でもな……もうカードを捨て札にするとこまでしちゃった……」
その俺の言葉を「うん! いいと思うよ!」と立夏が遮ってきた。
「お、おい立夏……」
「せーやも春香もまだ初めてだしね、そのくらいの巻き戻しはしょうがないよ! うん……」
立夏は立夏でこれ幸いにと便乗しようとする、流石に抗議しようとしたのだが……。
「晴夜、いいよね?」
「問題ないよね? せーや?」
……と、穏やかに聞こえて、幼なじみだからこそ感じる意義は認めないよ?という凄みを二人揃ってされてしまえば、「ああ……仕方ないな」と言うしかなかった。
それでも、何だかんだと幼なじみ同士でのゲームを楽しんだ有意義な時間を俺が過ごした……ちなみに、仕返しというわけでもないがこの後は少々手段を選ばない戦法を使い、どうにか二位は死守した。