シーン10
校門を出たところで俺は振り返って校舎を見上げる、薄暗くなった景色の中に佇む校舎にところどころ光が見える。 ここからは見えないが、この光の中のひとつが春香達が残っている部室だ。
「……気になっているみたいだな晴夜」
快斗に「そりゃな?」と肩を竦めてみせてから快斗の隣に立つ瑞樹さんを見やった。
「女の子同士で話があるっていうのは分からないでもないんだけどな……俺に聞かれたくないって言うのがさ……」
「私に聞かれても分かりませんけど……案外先輩の事かも知れませんよ?」
「俺の事?」
首を傾げながら後輩に聞き返すと「ああ、それはありえるな」と呆れた様な友人の声が返ってきた。
「へ~? 快斗も分かってるんだね?」
「こいつらとの付き合いもそこそこだしな?」
瑞樹さんは「それもそうか……」と感心したように言うと俺の顔をジッと見つめてきた。
「……?」
「先輩、私は先輩達が抱える事情のすべては知りませんけど、いつまでも今のままではいけないと思います」
彼女の真剣な瞳の光にギョッとなりながら「……どこまで知ってるんだ?」と尋ねた。 四季の事はあえて秘密にしているわけでもないが、仲の良い後輩とはいえ軽々しく話すようなものではないし、立夏達もそれは分かっているはずだ。
「全然ですよ。 でも、私だって女の子ですからね、立夏先輩や春香先輩は誰が好きで……でも事情があって告白しないんだろうって事くらいは予想出来ます」
俺の見えないところでの彼女達の交流があるのは当然だ、その中で瑞樹さんなりに感じ取れるものがあったという事だろうか。 あるいは男の俺には分からない……視えないものがあるという事なのか……。
「……で、その様子だと当たりみたいですね?」
「……え?」
呆気にとられた直後の「カマかけやがったのかよ、こいつ……」という快斗の言葉にやっと理解した。
「半分はね? 女の子同士、好きな男の子の話しらしいものだってするものだよ?」
快斗に対し悪戯っぽい笑いを浮かべながら肩を竦める瑞樹さん、”らしきもの”というのは名前を出したりとか直接的なものではないという事だろうな。
「そういう快斗は?」
「さっきも言ったが付き合いもそこそこだからな……それに、当時やクラスが違い接点がなかったとはいえ、同学年の奴が事故で死んだって話を聞けば忘れる訳もねえしな?」
最期のあたりで俺を見たのにギョッとなる。
「まあ、何年も経てば最初はほぼ忘れていたってのが本当だが……ある時に思い出してさ、お前がその時の天野なら事情っていうのは事故死した星空って子じゃないのか?」
快斗に何と返していいか分からずに沈黙していると、「……言いたくないならいいぜ? 俺だって思い付きで言ってみただけだ」と笑みを浮かべた。
「そうですね……いろいろ気にもなりますし、お節介も焼いてみたくもありますけど、私達みたいなのが首を突っ込める問題でもないのかも知れません」
二人の表情を見れば友人として心配しているのは分かったが、それでもまだ四季との事を話す気にはなれない。 二人の事を信用しないわけではないのだが、それでも俺達五人の中に他者を入れるという事にどうしても抵抗を覚えてしまうのだ。
「……ま、話したくなったら相談に乗るくらいは出来るからよ……しかし、リアルがゲームより奇なりってやつかね?」
「はぁ? 快斗、何よそれ?」
「まるで主人公の悪友ポジだなって事だ、瑞樹」
一瞬キョトンとなった後に「あんたは……」と肩を竦める瑞樹さんと、「ふふ!」と笑う快斗を見ていると二人も幼なじみ何だなと言う風に思えたのだった。
「……それで何を話そうって言うんだ?」
冬子お姉ちゃんが自動販売機で買ってきた缶コーヒーを一口飲んでから言った。 もちろん自分の分だけじゃなくて千秋はリンゴのジュースを貰ったし、春香ちゃんと千秋ちゃんも紅茶を手に持ってるよ。
「……いつ言い出そうか迷ってたんですけど……」
「機会がないって言っていつまでも言わないままもダメだしね……」
春香ちゃんと立夏ちゃんは顔を見合わせた後で春香ちゃんの方が口を開いた。
「……わたしと立夏ちゃんは晴夜君が好きなんです、もちろん一人の男の子としてですよ?」
思わず立夏ちゃんを見ると黙って頷いた。
「……そうか」
冬子お姉ちゃんは落ち着いた様子で言う、千秋ももちろん驚いたりはしない。
「しかし、二人共か……」
「大丈夫ですよ冬子さん、それで立夏ちゃんと喧嘩なんてしませんから」
「それは信じているさ。 問題なのはな、あいつは……晴夜の心には四季がまだいるという事だ」
「分かってるよ冬子姉ぇ、ボクも春香ちゃんもね?」
「でも好きになっちゃたんですからね、仕方ないです」
四季ちゃん……晴夜兄ぃの”婚約者”だった千秋の好きなお姉ちゃんの一人だった女の子……。”婚約者”という言葉を聞いた時にはその意味をちゃんと分かっていなかったけど、今はちゃんと分かっている。
「成程な……そういう事なら応援しよう……とも言い辛いな?」
「……?」
良く分からなくて千秋は首を傾げる。
「どっちかが晴夜と結ばれるという事はな、もう一人は結ばれないという事だよ。 お前だって春香と立夏のどっちが晴夜の彼女になってほしいかなんて決められないだろう?」
「あ……そっかぁ……」
考えてみたら当たり前の事だよね、晴夜兄ぃが両方と付き合うわけにはいかないんだもんね。
「……しかし、どこかでそうだろうとは分かっていたつもりだった……どころか願ってさえいたはずが、いざその時になると恐ろしいものだよ……」
「恐ろしいって……?」
意味が分からくてお姉ちゃんの顔を見上げると、「うむ……どう説明したものかな?」といい困ったような表情を返してきた。
「一言で言えば、もう四季の時のような事になるのが怖いのだよ……」
千秋達は幼なじみだけど、それは他の人達より少し仲良しのお友達……そして、みんながお友達という関係だからこそ今でも仲良く出来ているんだってお姉ちゃんは言う。
だけど、晴夜兄ぃと四季ちゃんだけがその中で特別になろうとしてバランスが崩れた結果に起こったのが四季ちゃんの悲劇なんじゃないかって思っているみたいなんだ。
「……そうですね」
少し悲し気に笑う春香ちゃん。
「……とは言えだ、四季には悪いが晴夜もいつまでも死んだ人間に取り付かれていていいはずもない……」
そのためには晴夜兄ぃが四季ちゃん以外の誰かを好きになる事が一番で、それに一番相応しいのは春香ちゃんだろうって思ってたんだって。
でも、言い終わってから「……あ、いや、その……」って慌てた様子で立夏ちゃんを見た。
「大丈夫分かってるから、冬子姉ぇだってボクが帰って来るなんて分かるはずもないもんね。 それにずっとせーやの隣にいた春香ちゃんが一番相応しいってボクも思うもの」
春香ちゃんが「また、そういう言い方をして……」って溜息を吐く、千秋も考えてみるけど春香ちゃんと立夏ちゃんのどっちが晴夜兄ぃの恋人にふさわしいなんて分からなかった。
「……まあ、それはいいとして問題はここからです」
「何だ?」
「わたし達の気持ちだけじゃなく冬子さんと千秋ちゃん……二人の気持ちも確認したいんです」
春香ちゃんの言葉の意味はすぐには分からなかったけど、それが分かった時には思わず「……えっ!?」と声を上げちゃった。
「……私と千秋の気持ちとはな……」
「四季ちゃんを責める気はないんだけど……ボクも春香ちゃんもフェアにいきたいんだ」
四季ちゃんを責める気がないってどういう事なんだろう……四季ちゃんって何か悪い事をしたのかなって考えてみたんだけど思いつかない。
その事を聞いてみようと冬子お姉ちゃんを見上げると、千秋の頭にお姉ちゃんの掌が触れた。
「……千秋もだが私もすぐには答えられないな……」
「うん、それは分かっているよ。 ボクも春香ちゃんも急ぐつもりもないしね?」
春香ちゃんが頷いた後に千秋のを見て微笑んだ。
「大丈夫、全然難しい話しじゃないよ。 千秋ちゃんにとって晴夜君はどういう存在なのか……ううん、千秋ちゃんは晴夜君の恋人になりたいのかどうかだよ?」
「……こ、恋人!? 千秋が……?」
すごく驚いて大声を出しちゃった千秋に、春香ちゃんは「そう、恋人よ?」と優しい笑顔を浮かべていた……。




