夏のホラー2019 闇の中で
夏のホラー2019に間に合わなかった作品
闇の中で片目の潰れた、髪の長い女がこっちを見てる。
えっ?
可笑しいって!!
闇の中だぞ!!
何で人がいるって分かるんだよ!!
しかも女って!!
片目潰れているし……長い黒髪だぞ!!
何で闇の中で黒髪が分かるんだよ。
白光キノコみたいに光ってるわけじゃないぞ!!
白い服でもないし。
茶色い生地に黄色い小花が散ったワンピースで。
髪からも服からもポタポタ水が滴っている。
いやいやいやいやいや!!
可笑しいって。
突っ込みどころ満載だよ。
何故ずぶ濡れなんだよ。
うん……知らない女だ。
片目潰れていてもこんな綺麗な人なら忘れるはずない。
アイドルや女優でも可笑しくないほどの美人さんだ。
えっと……
所でここ何処だよ。
女が居るのは分かるけど。
真っ暗で見えない。
水? 水の音がする。
川? 近くに川があるのか?
三途の川か?
えぇ~~~!!
俺死にかけで三途の川を渡る所なのか?
あ……俺……誰だっけ?
名前……は……思い出せない。
待てよ。三途の川には婆さんが居るんだよな。爺さんだっけ?
婆さんの名前は確か奪衣婆だっけ?
爺さんは思い出せないや。
確か死者の着物を脱がして木にかけるんだよな。
爺も婆も居ないし。
木も無い。
やくざの№2みたいな鬼の獄卒もいねーみたいだし。
ほんと女と俺しかいねー。
怖いけど女に声をかけてみようか?
あの女こっちをじっと見てて怖いけど。
俺の事を知っているかも。
『あの……すみません。ここ何処か知りませんか?』
『……』
女の口が動き言葉をこぼす。
『えっと声小さくてよく聞こえないんだけど。俺気が付いたらここに居て。俺名前も分らなくて……もしかして三途の川の手前かな? な訳ないか。水の音するけど。川が見当たらないし……』
『お前さえ……』
『えっ? 何ですか?』
『お前さえ産まれてこなければ……』
女は俺に襲いかかった。
『えっ? ちょっと!!』
物凄い力で首を絞められる。
女の力じゃない。
女は首を絞めながら呪詛を吐く。
『お前さえ産まれなければ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!』
「敦起きたか? 着いたぞ」
爺さんが俺の肩を揺らす。
「あ……爺さん。俺寝てた?」
どうやら俺は車の中で寝ていたらしい。
「寺に着いたぞ。ほらサッサと車から出るんだ」
俺はのろのろと白い車から出る。
何か夢を見ていたような。うん、忘れた。
車は寺の横の駐車場に停められていて。
階段の上に古い寺がある。
ミンミンゼミが五月蠅く鳴いている。
「今日はお前の母さんと婆さんの法事だ。うなされていたな。まだ寝ぼけているのか?」
「大丈夫だよ。ちゃんと目が覚めたよ」
俺は伸びをすると石の階段を登る。
ここの古い寺の住職と爺さんは幼馴染だそうだ。
俺を産むと母親は亡くなった。
爺さんと婆さんは俺を連れてこの村を出ていった。
俺の父親が誰なのか分からない。
母は東京の音大に入って1年した頃に行方不明になり。
半年後東北の山の中で発見された。
川に落ちたらしくあちこち岩にぶつけて傷だらけだったと言う。
母はその時俺を身ごもっていて。
俺を産むと亡くなった。
爺さんと婆さんは俺を連れてこの村を出ていった。
この村に来るのは母親と婆ちゃんの法事の時だけだ。
母親が行方不明になった時。日本各地で美しい女性が行方不明になった。
俺の母親もその中の一人らしい。
らしいと言うのは発見された母親は意識不明のまま俺を産み亡くなったからだ。
新聞やマスコミは犯人を美人を集めるコレクターと呼んだ。
映画の誘拐犯人になぞったのだ。
行方不明になった女性がどうなったのか?
犯人は誰なのか?
分からないまま20年たった。
住職と爺さんと俺だけの法事は終わり。
寺の裏側にある先祖代々の墓に花を添え手を合わせた。
「迷宮入りかな……」
爺さんがポツリと呟く。
何度か家に刑事が来たが。
爺さんは決まって俺を刑事たちに合わせようとはしなかった。
会わせても意味はないしな。
俺は母親の腹の中にいたし。
攫われた時から計算して俺は誘拐犯の子供ではないらしい。
最も母の通う音大は有名大学や三流大学なんかもある学生の街でその中に犯人が居たのかも知れない。
憶測ばかりだな。攫われた6人のうち3人が母の大学の近くに住んでいたとのこと。
俺は母親似で……だから……爺さんも婆さんも俺を育ててくれたんだろう。
寺の石段を下りながら俺は爺さんに尋ねた。
「なあ爺さん……母さんは俺が産まれなければ長生きできたかな?」
「どうじゃろう。体の弱い子だったからな」
「母さんは俺を怨んでいるのかな?」
「お前に罪は無いよ」
爺さんはスタスタと階段を下りた。
爺さんは愛想は悪いけど優しい人だ。
婆さんも優しい人で体の弱かった俺に女の子の格好を小学校に上がるまでにさせていた。
昔の風習で体の弱い男の子に女の子の格好をさせると丈夫に育つとか。
うん。どこかのコミケみたいに可愛い男子を見つけたら化粧をする、おかしな女じゃないよな。
多分。
「早く来んか」
当分は死にそうにない爺さんに、俺はホッとする。
「廃墟巡り?」
東京の大学に通う俺はクラスメイト4人と、夏休みにスケッチ旅行を計画していた。
「そう山の風景をスケッチするついでに廃嘘巡りなんかどうよ」
石田誠人がノリノリで言う。
奴は趣味でホラーゲームを作っていて廃墟の病院なんかのスケッチもしたいらしい。
「ん~~これなんかどう?」
前川真子が携帯電話で東北の廃墟を検索して画像を見せる。
新しい物から古い物まで画像が上がる。
彼女の口癖は『廃墟は美しい』である。
「ああ。ここの廃墟の近くに滝がある。ここでキャンプしてバーベキューするのもいいわね」
マッチィーの携帯を覗き込み秋里茜がバーベキューの材料をあげる。
「河原でキャンプする方が旅館に泊まるより安上がりよ。ここらの風景はスケッチするのもいいし。卒業作品のスケッチ旅行もいいかも。あら? この近くにキャンプ場があるじゃない」
「それに女装したあっ君をこの買ったばかりのカメラに収めるのも凄くいい~~~!!」
カメラのレンズを磨きながら吉本春奈の妄想が炸裂する。
俺は聞かなかったことにする。
女装なんてしないよ。
女三人がニンマリ笑うのを見なかった事にする。
「車はどうするんだ? レンタルするのか?」
「あ~兄貴の車借りるよ」
石やんが答える。
「叔父さんとこ農家だから軽トラ借りてキャンプのテントや画材を積むわ。そうだ! ドローンも持って行こう。空から写真を撮るのよ♡」
ハルちゃんがのんびりと答えた。
ドローンだと!! この金持ちめ!!
とんとん拍子に話はまとまり俺達は旅に出た。
寂れたキャンプ場に車と軽トラを止めると。
早速テントを二つ張り。
シチューとサラダとフランスパンの準備をする。
パチパチと焚き火が爆ぜ。
焚き火でフランスパンを炙る。
とろけるチーズとベーコンをパンの上に乗っけているからいいにおいがする。
ここのキャンプ場は俺達だけの様だ。
50代ぐらいの管理人は俺達を見ている。
若い頃はハンサムだったんだろう、その顔は不機嫌そうに歪んでいた。
右手の甲に酷い傷があり少しびっこを引いて居る。
コンテナを改造して小さな事務所にしている。
かすれな文字で『神無キャンプショップ』と看板に書かれている。
奥に小部屋がありそこで寝泊まりしているようだ。
『神無キャンプショップ』はジュースや薪やら貸し出しテントなんかも置いてある。
昭和の雑貨屋を思い出す。
「あの山の廃病院に行ってはいけない。去年肝試しに行った若いのが床を踏み外して大けがをしたんだ。今年中に病院は取り壊す」
どうやらあの山もここの管理人の物らしい。
若い(ばか)のお陰で今年はキャンプの客が少ないとブツブツ言っている。
キャンプ場に着くなり釘を刺された。
俺はホッとして、後の連中は舌打ちをした。
俺は肝試しは潰れたとホクホクしながら料理を作っていたがある事に気が付く。
「ちょっと待て!!」
俺は大声を上げる。
「俺だけが食事の準備してないか?」
「えっ? 私達テントを張ったよ」
茜と春奈が答える。
「私は椅子とテーブルをトラックから運んだよ」
マッチィーはドヤ顔する。
「俺は敦の作った料理を食べてヒンナヒンナする係だ」
何処のアイヌの民だ。自分の食い扶持分はちゃんと働け。
俺は石やんをどついた。
「美味しい~~♡」
茜が俺達をほっといて食い始める。
「あっ君はいいお嫁さんになるよ~」
マッチィーはスープをすすりながら幸せそうにわらう。
「本当に美味しい~~~♡」
茜もパンをアチアチ言いながら食べる。
のんびり屋の茜。こいつ着物の着付けができるんだ。
しかも舞妓さんの帯結びも出来るんだぜ。
舞妓さんの帯を結ぶのは力が居るので男が多いらしいが、こいつ怪力女なんだ。
前に日本画のモデルを着付けをしたのはこいつで、化粧をしたのはマッチィーだ。
「私のところに嫁に来るがよい」
ワインを飲みながら春奈はのたまう。
ワインやらビールやらを持ち込んでいる。
こいつ酒に弱いくせに酒好きだ。
しかもすぐ人に絡むんだぜ。
絡み酒は人に嫌われるからよい子のみんなは絡まないようにしましょう。
こいつ財閥のご令嬢なんだが。こいつの叔父さんは趣味で農業をやっている。
解せぬ。
石やんと俺は一般人だ。
何でこんな変人グループに属しているのか自分でもわからない。
まあ、芸術家って変人が多いからな。
あっ? 俺も芸術家か?
俺はこんな変人じゃないぞ。
美味い美味いと言いながらみんなで飲み食いして、楽しく夜が更けていく。
空には月が浮かんでいる。
淡い光にふと下を見ると。
山の中にポツンと白い建物。
俺の体は白い建物の近くに降りる。
白い建物は廃病院だった。
辺りは草が生い茂り。
人の気配がない。
俺は廃病院に向かう。
ガラスも割れ、ドアも無い。
かなり昔の病院で。
中は何もなくがらんとしている。
俺は地下室に下りた。
霊安室の奥に隠しドアがあり更に地下があるようだ。
俺は更に地下に下りた。
暗い……ここは何処だ?
手に触れるのは冷たい鉄格子?
薄暗い地下室。他の場所で人の気配がする。
中を覗く。
湿った土の匂い。漆喰は剥がれ煉瓦が顔を出している。
母さんが居た。
母さんはベットの陰に隠れたところをガリガリとスプーンで削り。
煉瓦を一つ取り出し目立たぬ様に毛布をかぶせる。
「うっ……うっうう~」
誰かがすすり泣いている。
「嫌だ。やめて。お願い許して……」
男の荒い呼吸。
ぎしぎしとベッドがきしむ音。
「あはははははは……」
誰かが笑っている。
若い女の声だ。狂気を含んでいる。
いや、もう可笑しくなって居るのかも知れない。
「これは夢。これは夢。これは夢。大丈夫。大丈夫。目覚めれば私の部屋の布団の中」
よく聞き取れない小さい声で呟く女の声。
「何で私がこんな目に遭わなくちゃならないのよ!」
怒り狂う女の声。
「助けて誰か……助けて……」
助けを呼ぶ声は母親の声だ。
不思議だ。何故その声が母親の声だと分かるんだろ?
「この子だけでも助けなければ……」
母さんは大きくなったお腹をさする。
「あの人と私の大切な赤ちゃん」
地下牢のような所に若い女達が閉じ込められている。
皆若くて綺麗な女達だ。
水の音がする。
滝か?
母さんはベッドに入り毛布をかぶり煉瓦を隠す。
ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
テントの中で目が覚めた。
また夢を見たが忘れた。
伸びをして隣に寝ている石やんを見る。
よく眠っている。
石やんを起こさないようにテントから出る。
「ん~~ん」
伸びをする。ポキポキと骨が鳴る。
歯を磨き顔を洗う。
皆まだ眠っている。
薪に火を点け燃え上がるのを見て。
鍋に水を入れて、薪の上に置く。
豆腐とネギを切り味噌汁を作る。
鮭は焼いて、昨夜洗っておいた米を炊く。
出し巻き卵を焼き、まな板の上で切る。
日本人の朝はやっぱりみそ汁と卵焼きだよな~~~。
海苔も買ってきている、ぬかりはない。
「はあぁぁぁぁ~~いい匂いだ~~~~」
茜がクンクンと匂いを嗅いでいる。
何時の間に来たんだよ。
この食いしん坊め。
皆もゾンビのように起き出して挨拶をする。
「今日は何する?」
女共は浴衣と鬘と化粧箱を出してにっこり微笑む。
石やんはパクパクとご飯を食べている。
石やんは役立たずだ。
俺は己の無力を呪った。
「……」
ハルはパシャパシャと写真を取り、他のメンバーはスケッチをしている。
「いいね~いいね~今度は滝の所に行ってみようか」
「病院には行くなと言われてないか?」
俺は諦念の眼差しを春に向ける。
「近くだけど廃病院には行かないよ」
春はニンマリ笑う。
「滝は廃病院より下にあるよ」
俺達は滝に向かって歩き出す。
管理人のおっさんがギョッとしている。
うう~~~恥ずかしい。
あんまり見るなよ。
ほんとマッチィ―の化粧は整形化粧だとか詐欺化粧だとか言われるぐらい凄い。
本人はナチュラルメイクで素顔と変わらない。
童顔だからあまり濃い目の化粧は似合わないのだろう。
「敦……お前本当に美人だな」
石やんが笑って写メを撮る。
お前覚えていろよ。
俺達は滝の所に来た。案外と道は舗装されている。
滝は近くで見るとでかかった。
「うひゃ~~~でかい」
「涼しい~~~」
「この滝いいね。スケッチには最高だよ」
「この滝つぼに落ちたら助からないな」
「思ったより川も滝つぼもでかい」
俺達は口々に好き勝手なことを喋った。
昼までそこで写真を取ったり、スケッチしたり。
色々満喫したが俺はいい加減熱くなってきた。
冬ならよかったが夏なんで暑い。
特に鬘が拷問かってぐらい暑い。
俺は皆より先に帰り浴衣を脱ごうとテントに入った。
物音がして振り返ろうとしたら後頭部に衝撃が走る。
俺は声を上げることも出来ず倒れた。
水の流れる音がする。
ここは何処だ?
湿けった土の匂い。
またあの夢か?
ずきっ。
頭が痛い。これは夢じゃない。
後頭部を抑えながらゆっくりと起き上がる。
パイプベッドに寝かされていた。
薄汚れた白い部屋にポツンと裸電球。
夢で見た部屋に似ている。
漆喰が所々剝がれて赤茶けた煉瓦が見える。
何処からか水の音がする。
滝?
あの滝の近くなのか?
鉄格子から見えるのは似たような部屋だった。
荒くえぐられた通路の壁はここが地下だと告げている。
チャラ……
俺は片足に鎖で繋がれていることに気が付く。
マジか~~~!!
鎖は丈夫な輪っかに繋げられ壁に埋め込められている。
試しに引っ張ってみる。
びくともしない。
無理。
俺の力じゃ外せない。
俺はそうそうに諦め、他力本願することにした。
「おおぉおぉぉぉ~~~~い。誰かいないか? 石や~~~ん!! マッチィ~~~~!! 春~~~~!! 茜~~~~!!」
大声で呼んでも答えてくれる人はいない。
どうしたものかと考えて、ふと気づく。
ここが夢の中に出てきたあの場所だと。
ゾッとした。
産まれる前の事だ。
知っているはずの無い記憶だ。
でも………俺は知っている。
ここはあの人たちが閉じ込められていたあの場所だ。
20年前の連続誘拐事件。
犯人が誰なのかも、攫われた女性がどうなったのかも分からない。
ただ一人帰ってきた俺の母親は俺を産むと意識不明のまま亡くなった。
ガチャリ
ドアが開き男が一人入ってきた。
青いつなぎを着てぼさぼさの髪。
びっこを引いている。
手には酷い傷があって。
その男はキャンプ場の管理人だった。
「お前が20年前の連続誘拐犯か?」
男はニンマリ笑う。
「お前はここから逃げ出したあの女の娘か? 因果な事だな。ここから逃げ出せたのにまたここに帰って来るなんて、神様の粋な計らいか?」
男はげたげたと嗤う。
「攫った人達を何処にやったんだ?」
押し殺した声で誘拐犯に尋ねる。
おおよその検討はついているが……
「彼女たちの死は、お前の母親のせいだ」
男は俺の腹を蹴る。
俺は呻き地面に蹲る。
「お前の母親が逃げ出したから、この場所を知られる訳にはいかなかったからな」
殺したよ。
と男は虫でも殺したように何でもない事のよに喋る。
「あの女隠し持っていた煉瓦で私を殴って逃げ出しやがった」
男は蹲る俺の背中を蹴りまくる。
「これを見ろ」
男は傷のある手を突きつけた。
「これがお前の母親が付けた傷だ!!」
唾を飛ばし、目は血走り。
激情の為かブルブルと手が震えている。
薬でもやっているのか? それとも怒りの為か?
「これでも私はピアニストでね。逃げ出したお前の母親を車で追いかけたら事故に遭い。足を折った上に指も上手く動かなくなった!! お前に分かるか? お前の母親のせいで至高の才能が失われたんだぞ!!」
男はぶつぶつ独り言を言い始めた。
「お前の母親のせいで俺の人生滅茶苦茶だ!! くそ!! あのアバズレめ!! の両親は金持ちでね。私が事故に遭い入院している間にここに来て私が世間を騒がしている誘拐犯と気付いてね。私を精神病院に閉じ込めた。15年間だ。両親が事故で死ぬまで閉じ込められていた‼ やっと外に出られたと思ったら没落してて、この土地しか残っていなかった」
男はまた俺の背中を蹴る。
「何故……女の人を攫ったんだ?」
呻きながら俺は訊ねた。
「女神の霊感を受けるためさ。医者は私をサイコパスだと言った。感情の一部が欠落していると。だから彼女たちを攫って観察した。恐怖、怒り、悲しみ、絶望、諦め、希望、愛そして死。私のピアノは彼女たちから霊感を得て昇華した」
「……け……る……な」
「なんだ?」
「ふざけるな!! 何がピアニストだ!! 何が至高の才能だ!! お前はただの犯罪者だ!! 誰が血に汚れた手で引くピアノに感動するものか!!」
怒りのあまり俺は叫ぶ。
そんなくだらない事で母さんや他の犠牲者達は誘拐され穢され殺されたのか?
「あの女達は私の音楽の女神を目覚めさせる為に連れて来た生贄だ。名誉なことだ。お前も我が神の贄となれ。光栄に思うがいい」
男は持ってきたをハンマー振り上げた。
パリーン
いきなり裸電球が割れた。
「な……なんだ?」
辺りは闇に包まれたはずだが……
何故か俺と誘拐犯の姿が闇の中に浮かび上がる。
いや。
ぼうっと俺の体が蛍の光の様に淡く光っているんだ。
びしゃり!!
俺の影の中から、女の手が出てきた。
びしゃり!!
影の中からぬうっと長い黒髪の頭が出てくる。
片目の潰れた女が現れる。
びしゃり!!
反対の影から別の女の手が出てくる。
赤いマニキュアをした女の手だ。
軽く巻いたパーマの頭が次に出てきた。
「ひっ!! お……お前たちは……」
男は腰を抜かした。
男の股間からアンモニアの匂いがする。
次々と影から女達が現れる。
五人の女達は皆頭部を破損され手足も可笑しな方向に曲がっていた。
歪に歪んだ体。
ギクシャクとゾンビのように動く。
口々に何かを言っている。
『なぜなぜ……私は殺されたの?』
『痛い苦しい……お家に帰りたい……』
『寒い……寒い……』
『水の中はいや……息が出来ない……』
『やめてって言ったのに……酷いことしないでって言ったのに……なのにお前は私を犯し殺した……お前のせいだ……憎い憎い』
『『『『『 そうだ!! 私達はお前に殺された!! 』』』』』
地面をはいずりながら男の元に向かう死人達。
「ひぃひぃ助けてくれ!! くそ!! 来るな!! この化け物!!」
男は這いずりながら逃げる。
ゴウゴウと滝の音がする。
男は地下道から滝の裏の小道を這いずる。
でも女達はそれを許さない。
『許さない。許さない』
女達は男の体にしがみ付くと右手をへし折った。
「ぎゃぁぁぁぁ~~~~!! 痛い!! 痛い!!」
『ふ~~ん。痛いんだ? 私はお前に左目を潰されもっと痛かったよ』
片目の潰れた女が言う。
俺の夢に出てきた女だ。
『私は家族の元に帰りたかった……』
別の女が男の左足をへし折った。
男は再び悲鳴を上げる。
「許してください……許して……」
男は泣きながら許しを請う。
『私が止めてって頼んでもお前は止めてくれなかった……』
赤い爪の女がそう言って男の腹から腸を引きずり出す。
『悪夢が終わらないの……お前を殺せば悪夢が終わるかな?』
ぶちぶちと男の頭の皮を剥ぐ。高校生ぐらいの女の子だ。
『あはははははは……やっとの思いで大学に入ってこれからって時に誘拐されて……私の夢……医者になるはずだったのに……』
男は女達に滝の中に引きずり込まれていく。
「た……助けてくれ……」
男は俺に助けを求め手を伸ばす。
俺は思わずその手をつかむが、するりと俺の手が素通りする。
俺は自分の手を見る。
向こう側が透けて見える。
「おお~~~い。敦居るのか?」
石やんの声がした。
「ほんまにびっくりしたで」
石やんは俺が剝いた梨をシャリシャリと食べる。
おい!! 可笑しくないか?
普通梨を持ってきた奴が剥くだろう。
皆も梨を食べる。
それ……俺のお見舞いだよな。
「あの後私らもキャンプ場に帰ったのよ」
「そしたらあっ君居ないんだもん」
「着替えた様子も無いし。管理人も居なくなってるし」
「取り敢えずドローンを飛ばしたんだ。もしかしたら廃病院に居るのかなって思って」
「そう言えば穴が開いてて落ちて怪我した奴がいたって管理人が言ってたでしょう」
「それでネットを検索してあの廃病院は戦前軍の病院施設だったらしくて、老朽化の為と不便な場所に立っていたから街に移って破棄されたんだって」
「ドローンに懐中電灯を括り付け病院の穴に入り込ませたんだ」
「そうしたらお前が鎖に繋がれ倒れているじゃないか」
「うん怪我をしていたから慌てて救急車を呼んだよ」
「なんかエロっぽかったんで思わず写メを取っちまったよ」
「消せ!!」
俺は石やんから携帯を取り上げると俺の写真を消した。
「神崎さんいいですか?」
看護師が入ってきた。
「刑事さんがお話を聞きたいそうなんだけど……」
「あ、はい。いいですよ」
「じゃ、俺らは帰るよ」
石やんは椅子から立ち上がった。
「学校で会おうね」
マッチィーも鞄を持って立ち上がる。
「また見舞いに来るよ。今度はリンゴを剥いてね」
茜が笑う。また人に剥かせるのか? 俺怪我人だぞ。
「写真を焼き増しして持ってくるよ」
ハルはウインクをする。
皆は看護師に挨拶しながら出て行った。
皆が出て行くと2人の刑事が入ってきた。
2人は長谷川と森と名乗った。
「君が言ったように遺体が見つかったよ」
あの男の遺体が滝つぼから見つかったと告げられた。
それと誘拐された女性たちの遺体も滝つぼで見つかったと。
「滝の水の温度が低いせいか遺体はほとんど腐って居なくてね。奇跡だよ」
誘拐犯人の体に纏わりついていたと刑事は答えた。
「まるであの男を滝つぼに引きずり込んだ様だ」
少し小太りの長谷川刑事が汗を拭きながら答える。
まるで自分たちを殺した男に復讐するために滝つぼの中に引きづり込んだ様に見えたと長谷川刑事は語った。
「あり得ない事だがね」
森刑事はオカルト好きではないようだ。
「それと……君に会いたがっている人が居るんだ。君の母親の恋人で君の父親だ」
なんでも彼は俺に接触したがったが、祖父母は犯人かも知れないと頑として俺への接触を拒んできたそうだ。祖父母を責めることは出来ない。祖父母は疑心暗鬼になって居たのだろう。
赤ん坊の時、犯人の子供かも知れないと俺のDNAは調べられていたんだとか。
でその人のDNAと俺は親子であると言う結果が出たとか。
俺達は滝の前で白い花束を捧げた。
俺と俺の父親だ。
母さんと彼は大学で知り合い恋に落ちて、結婚の約束をして指輪を買いに行く、その日に母さんは攫われたそうだ。
ぽつりぽつりとその人が語る。母さんとの恋物語。
彼は今だに母さんの事が忘れられなくて独身だそうだ。
時々会って居酒屋で酒を飲む様になった。
いろんなことを話した。運動会の思い出や、高校入試に雪が降って遅刻しそうになった事や失恋したことや、たわいのない事まで夜が更けるまで語り合った。
不器用に俺達は19年の時を埋めていく。
___ 拝啓天国の母さん俺は地上で何とか頑張って生きています。今度父さんとお墓参りに行きます。母さんの大好きな栗羊羹を持っていくから楽しみにしてください ___
~ 完 ~
~ 登場人物紹介 ~
★ 神崎敦 19歳 男
東京在住の美大生。母が誘拐事件に巻き込まれ意識不明のうちに敦を出産し亡くなる。
祖父母に育てられる。子供の内は体が弱く祖母に女装させられる。
体の弱い男の子は女の子の格好をさせると丈夫に育つという風習があった。
生い立ちのわりに普通に育つ。皆にあっ君と呼ばれる。
★ 神崎真理 享年20歳 女
敦の母。東京の美大学だったが誘拐され半年後山の中で発見される。
意識が戻らぬうち敦を出産して亡くなる。
敦の父親が誰だかわからない。
★ 神崎和信・綾子
敦の祖父母。娘が誘拐され意識不明のまま敦を産み亡くなる。
村を出て転々としながら敦を育てる。
★ 石田星斗 21歳 男
皆に石やんと呼ばれる。美大生。喋らなければ美形。
ホラーゲームを作るのが趣味。廃病院のスケッチがしたくて皆を誘いキャンプに出かける。
兄貴の車をよく持ち出す。
料理は下手、力もない、生活力も無い。三重苦の男である。
であるが彼が作った趣味のホラーゲームがヒットしてゲーム会社を設立する。
敦たちはこれからも石やんに振り回される事になる。
★ 前川真子 19歳 女
敦と同じ美大生。オカルト好き。詐欺化粧の腕を持つ。
あだ名はマッチィー。
★ 秋里茜 20歳 女
食いしん坊。着物の着付けが出来る。怪力女。
★ 吉本春奈 21歳 女
カメラ好き。財閥の令嬢。叔父は趣味で農家をしている。
北海道に牧場を持っている。
敦を女装させて愛でるのが好き。
皆にハルと呼ばれる。
★ 誘拐犯人
20年ほど前に若い娘が攫われる事件が起きた。
某映画の犯人の様に美人を集めているから『コレクター』と新聞や雑誌で呼ばれる。
敦の母親が見つかったが、他の女性は行方不明のまま。
親に誘拐犯だとばれ、精神病院に放り込まれた。
15年間病院に監禁される。両親が交通事故で亡くなり、家が没落して入院費が払えなくなったから病院から出される。犯行の会った廃病院周辺の土地だけが彼に残される。
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2019/9/1 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。