煮物って案外、少し贅沢な料理かも
「味が染みた大根は旨いね」
「やっぱりシミシミじゃないとね」
本当にそうだろうか?
それ、出汁を飲んでるのと何が違うんだろう。
私が思うに、大体の煮物は作ったその日、すぐ食べるべきで、翌日に日が跨ごう物なら食えたものではない、とすら言える。
この持論を述べるに、毎度友人知人は「変だ」「変わってるね」と言われる。
が、はたしてオカシイのは俺の方だろうか、ずっと疑問に思っている。
肉じゃがのじゃがいも。
やはり男爵を使って、ねっとり感を味わいたい。
表面の2、3ミリ程度が色づき、中はまだ白い。
味が染み切っていないじゃがいもを口に入れると、皮を剥いてなお土が香る。
ねっとりとしつつ、ほこっとした食感。
表面は甘めの醤油味、中心は芋そのものの味。
このグラデーションが良い。
翌日にもなれば、味が染み、画一化されのっぺりとした味になり、ねっとりとした食感も消え失せる。
男爵を使おうものなら、翌日温め直す頃にはボロボロになってさえいる。
おでんの大根。
これもまた、あまり味が染みてない程度をいただきたい。
適当な大きさに割って口に含めば、じゅわっと大根特有の甘い汁がほとばしる。
これもまた、コトコト煮含めよう物ならおでんの汁の味しかしなくなる。
魚の煮付け。
これはもっと酷い。
味の染みすぎた魚の煮付けほど無惨なものはない。
コトコト煮るなんて以ての外だ。
落し蓋をして強火でグラグラと煮、一気に火をよい程度まで入れてしまうべきだ。
勿論その後、身を取り出して汁を煮詰める。
かなり濃く、とろりとした所で魚にかけてやる。
これをまだ白い、ほこほことした魚を摘んで、良い塩梅になるよう汁につけて食べるのだ。
勿論、全ての煮物がそうであるとは言わない。
俺だって筑前煮を本格的に炊き合わせしろとも言わないし、味の含んだソレも悪いとは言わない。
合う合わないがあるもので、作り置きで美味しい物も沢山ある。
しかし、その一瞬しか美味しくない料理も沢山ある。
その沢山の中に、煮物も含まれていると言うだけだ。
イメージとそぐわないかもしれないが。
あまりにも、味が染みている事が正義である、という考え方が浸透しすぎているように思う。
今一度素材を味わって見て欲しい。
その分、汁を濃いめにして、口に入れた時に丁度よい塩梅にするだけだ。
まぁこのレシピだとその時は美味しくても翌日には濃すぎて大変な事になるんだけど。
だからこそ、煮物はその日食べるだけ、さっと煮付けて美味しくいただく。
そういった少し贅沢な料理、といった考え方も良いと思う訳だ。
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ポテトサラダみたいな水が出る料理も翌日は美味しくないよねぇ。
いくら絞ったり醤油洗いしても限度がある。
そういいつつも少量作るのも難儀で作りすぎちゃう。
翌日味の落ちた煮物をもそもそと食べるのだ…。
どの口で偉そうに言っているのかという話。




