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霧山城の一角に、剣術指南のための広い道場がある。
そこが足利義輝改め足原菊堂と北畠具教の手合わせの舞台となった。
足原菊堂は借り物の木刀を手にすると軽く振って体に馴染ませていく。この時代にまだ竹刀はないので練習で使うのは木刀だ。
菊堂も北畠具教も大した防具もなく、同席する滝川一益と常松、そして北畠の家臣団は怪我をした時に備えて薬などをこっそり備えていた。
「では、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします、兄弟子殿」
道場がしんと静まり帰り、木刀の先がかつんと当たる。
菊堂はこの二回りは上の兄弟子の立ち姿の隙の無さに、1人の武人として積み重ねた研鑽を見た。
北畠具教もまた、この若武者の立ち姿に師・塚原卜伝の教えを一滴余さず吸収しきったその愚直さを感じた。
先手を出したのは菊堂だった。
きゅっと道場の床を足で掴んで相手の懐へ一歩踏み込もうとすると、北畠具教がくるりと反転して背後を狙う。
菊堂は軸足を半回転させると木刀の切っ先を首へと差し向ける。
カン!と木刀同士の高い音が響く。北畠具教が菊堂の切っ先を自分の刀で受け止めたのだ。
しばらく木刀をこすり合わせての力での押し合いを続けていると、菊堂が一瞬木刀を引くいた。
瞬間、菊堂の木刀の切っ先の方向が急に切り替わる。
突然の方向転換に北畠具教の身体は動かず、その切っ先は眉間へと当てられた。
「……勝負あり、かな」
そう呟いたのは立ち会っていた滝川一益だった。
北畠の家臣団も己の主君が名前も売れてないまだ若い剣術家に一本取られた、という事実に絶句する。
なによりこの足原菊堂という剣術家はまだ《《一の太刀を受けていない》》のだ。
「一瞬の不意を突かれてしまったな、こちらの負けだ」
北畠具教がそう口にすると、菊堂の木刀の切っ先が離れて「ありがとうございました」と頭を下げる。
「いえ、自分の修行不足も感じました。次は負けてしまうやもしれません」
「ははは、こちらも半世紀近く修行してるからな。若いもんには負けてられんさ」
近くにいた従者に二人分の水を持ってこさせると、菊堂にしか聞こえないほどの小声でこう告げた。
「北朝と南朝の棟梁として会う状況でなくて良かったな」
菊堂はその言葉に目を見開いて北畠具教を見るが、当の本人はかいた汗の分を補うように水を飲み始めてしまった。
どうやら自分が名前をごまかした意味はあまりないようだった。
「足原菊堂殿、この地で好きなように研鑽を積むが良い」
「ではしばらく」
しかしこの兄弟子と剣を交えればもっと上に行ける、そんな確信が沸き上がる。
剣豪将軍からただの剣豪になるための旅は、まだ始まったばかりだ。
--いったんおわり--




