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永禄5年(1562年)・室町御所
京都の蒸し暑い夏も終わろうとする晩夏の夜、将軍・足利義輝は長い夢を見た。
将軍の権力復活を夢見て調停に奔走し、三好三人衆との抗争に明け暮れ、最後には朝の二条御所を三好・松永の軍に包囲されて刀を持って奮戦した末に敗れて命を落とす姿であった。
そして流れるように見せられたのは世俗に戻った弟が将軍を継ぐも織田信長という天才に追いやられる姿、百姓上がりの男が将軍となって朝鮮に侵攻する姿、徳川家が生み出した200年の平穏を生きる庶民の姿、強大な異国に追いつけ追い越せと戦った末に敗れた庶民の姿。
そして、目が覚めてから気付いた。
「……そうか、私がいてもいなくても足利将軍家は滅びるのか」
夢で己が見たのは未来であった、ということに。
元々敵対していたのだから三好の者に殺されるのも納得が行くし、きっとここままならば自分はあのように死んでいくのだろうと思えば腑に落ちた。
晩夏の朝、つい先日彼岸に渡った息子・輝若丸を供養する声が聞こえる。
人はいずれ皆死んでゆき、己が在ろうと無かろうと時代は無慈悲に進んでいく。家を継ぐはずの子もわずか三月でこの世を去った。
そうしてぼうっと晩夏の空を見ていると、師匠の事を思い出す。
師・塚原卜伝は時折、旅の空で見聞きしたことを幾つか教わった。
郷里・鹿島にある不思議な伝説、旅先で出会った美しい風景、出会った人々との交流。
このままであればあのような非業の死を迎えるのだ、どうせならば己もそんな風に生きてみたい。そう思ってしまった。
「大樹様、お早いお目覚めですね」
「決めた」
「へ?」
「私は将軍を辞め、剣術に生きる!」
その唐突な宣言が日本史を大きく捻じ曲げることを、まだ誰も知らない。




