第八話 告白の条件がヨクワカラナイヨ
「千刺桜の花びら? 知らねえよ。まんまじゃないの?」
休み時間、僕は数少ない友人たちに、あの「千刺桜の花びらを持ってこい」という話の意味について聞いていた。
「え、なんか噂とか知らないの? 皆川知らない?」
スマホで音ゲーをシャンシャンと叩いている皆川が、画面から目を離さずに答えた。
「俺らみたいな非モテの陰キャが知ってるわけねえだろ。な?」
「そうだぞ。もっと詳しい奴に聞けよ」
隣で冷たく言い放ったのは、英単語帳をめくっているガリ勉タイプの伊藤だ。
「東方は」
「聞くなバカボケナス」
質問を言い切る前にバッサリと両断された。冷たいよ、お前ら……。
「それにしてもお前、本当すごいよな」
皆川が呆れたように言った。
「何が?」
「何がって、あの四人の中にお前が混じってることだよ。よくあの面々を相手に対抗する気になったな。俺だったらその場で辞退だ」
「どういうことだ?」
僕が尋ねると、伊藤が代わりに答えた。
「お前、もしかして自分がどんな相手に喧嘩を売ったか、ご存知でない?」
「名前くらいは知ってるけど……そんなにヤバイ奴らなの? 学校の有名人って言っても、大したことないだろうとか思ってるんだけど」
「はぁ……」
東方は大きく溜息をついて喋り始めた。
「いいか、まず生徒会長の金園。あいつは『アニメの生徒会長が持つ絶対的な権力に憧れて生徒会に入った』っていう、変な経歴の持ち主だ。
だが、その実力は確かだよ。生徒会長の肩書きに見合うだけの運動神経、学習能力、コミュ力、リーダーシップ。……どれを取っても一級品だ。いわゆるエリート街道を進むような奴だな。
ちなみに、金園の目の下には鬼のような隈取りをしていることから『青クマの金園』なんて呼ばれてる」
「それシンプルに寝不足でクマできてるだけだろ。なんならバカにされてるだろそのあだ名」
僕の言葉を無視して、東方は続ける。
「次に神田。まあ、こいつは言わずもがな、俺ら一年の中の有名人だな。
究極のコミュ力お化けにして究極の情報通。アイツに友達になれない奴なんていない。そして、アイツに知り得ない情報はない。
噂ではアイツはいろんな情報を知りすぎて、どの銘柄買ってもインサイダー扱いで捕まるから、株ができないらしい」
……なんか嘘くさいな。
「ちなみに、入学当初の一週間は謎に関西弁キャラだったらしいぞ」
……謎のある吊り目関西弁キャラに憧れてたのだろうか?
東方の解説は続く。
「そしてプログラミング部の金田。あの人も2年じゃ有名だ。
全国模試で満点に近い成績を取っているし、プログラミングの才能はピカイチ。
ハッキングをして教師のPCに入り込んでやりたい放題らしい。本来は知り得ない学校関係者のメールアドレスを抜き出したり、気に入らない奴の成績を改ざんしたりなんて噂もある。ちなみに、学級通信を自分の趣味の内容に書き換えたって噂はマジらしいぞ。
ま、輪をかけた変人にして、圧倒的な天才だな」
なんか教えた覚えもないのに、あの時勝手にメールが送られてきたのも、僕のメールアドレスが抜き取られてたからか……普通に犯罪では?
「あとなぜか喋らないんだよな、あの人。友達に話しかけられても、大体の場面をメールか、自動音声で答えてるんだと。
授業で指名された時も合成音声で答えてるらしい」
「変な人だな……」
「最後に3年の近藤。いわゆる不良だが、あらゆるスポーツをそつなくこなす運動神経とタフネス、恵まれた体格の持ち主で喧嘩がめちゃくちゃ強い。なんかのスポーツを本気で一年もやりゃ、あっという間にプロ入りできるって言われてる。
あとなぜか無口で、常にプラカードで喋ってる」
「無口キャラ被ってんじゃん」
ガタン、とその時廊下から音がした。
「?」
廊下の方を振り返るがそこには誰もいない。気のせいか?
「なぁ、今誰かいなかった?」
「さぁ?」
他の奴らは気づいていないようだった。
音ゲーで一曲終わらせた皆川が、次の曲に入る前のロード画面を映しながら、僕に話しかける。
「とにかく、どいつもこいつもこの学校随一、いや下手したら全国レベルの奴らと引けを取らないような才能の持ち主なんだよ。……ぶっちゃけお前、勝ち目があると思ってんのか?」
「……わかんないだろ、そんなの」
僕がそう呟くと、伊藤は素っ気なく、
「あそ。まあせいぜい頑張れよ」
と返した。
「フラれたら慰めてやるよ。どこがいい?」「負け戦乙」
皆川と東方も冷たい。
「ひでえ奴らだぜ……で、結局、桜の花びらの話は?」
「だから知らんって」「俺が知るわけないだろ」「もっと恋愛事情に詳しい奴に聞け」「つーか、ネットでググれよ」
……全く、絶交してやろうかな、コイツら。
「はるか先生、知ってます? 千刺桜の話」
「千刺桜……何の話だ?」
部活終わりの時間。僕は片付けの片手間、早乙女先生に例の告白条件について訊いていた。
「いや、告白シーンで千刺桜の花びらを持ってこい、みたいなやつですよ。なんか知りません?」
「え? あ、あぁ〜………………」
早乙女先生は溜息を漏らすようにつぶやくと、顎に人差し指を当てた。
「……いや、知らん。というか、私がそんなこと知ってるわけないだろう」
「いや、そんなのわからないじゃないですか。……っていうか『知ってるわけない』って自分で言うの、悲しくならないんですか?」
早乙女先生が目を鷹のように鋭く尖らせた。
「お前をホルマリン漬けにするぞ」
「すみませんでした」
土下座完了までの時間、約0.34秒。僕の土下座速度を舐めるな。
よろしい、と早乙女先生は目を緩める。
「まあ、でも確かに私が学生の時にもあった気がしなくもないな、そんな話。周りで女子がくっちゃべってるのを聞いたような気がするよ」
と言うことはやはり、深く考えずにそのまま文字通りに取るのが正解なのだろうか?
「……あ、ところでさ」
「何です?」
僕はエサの容器の蓋を閉めながら声を返した。
「最近若者が語尾とかに付けてる、あの『草』って何? あれって何草の話してんの? ナツメグサとか?」
「先生……」
思わずため息が溢れた。
だめだ、この人の情報は信用できないな。
「なんだその目は! ひどいな。私が時代遅れだって言いたいのか」
僕の冷ややかな視線を受けて、早乙女先生はガタッと座っていた椅子から立ち上がる。
「実際そうですし」
「こいつッ……!! まあいいや」
僕はそんな適当な話をしながら、片付けを手短に終わらせた。
「じゃあ片付け終わったんで、もう帰りますね」
早乙女先生は右手をあげて答えた。
「おう、気をつけて帰れよ」
僕は荷物をまとめたカバンをさっさと取る。そして生物室の扉に手をかけた時、
「……あ、そうだ」
と、早乙女先生が僕に話しかけてきた。
「なんです? メロいのメロはメロンパンじゃないですよ?」
「違うって……千刺桜の話って、例の『椎名さんへの告白大会』の話か?」
僕はドアから手を外して、早乙女先生の方に振り返った。
「……なんで知ってるんですか?」
「生徒の恋愛事情に教師が疎いわけがないだろう」
「なんかそれ、嫌ですね」
僕のしかめっ面を見て、早乙女先生がため息混じりに答える。
「仕方ないだろう。耳に入るんだ。女子が恋バナをしてくるし、廊下歩いてりゃ、噂話も入ってくるんだよ」
「なんかこっ恥ずかしいですね……それが、どうかしましたか?」
僕は正面に立ち直り、一呼吸入れた。
「はるか先生も、僕が道化だと思いますか?」
「まさか。バカになんかしてないよ」
いつの間にか力の入っていたのだろう。早乙女先生は、それに呼応するかのように僕の眼をまじまじと見つめてきた。
しばらく僕の目を見ていた早乙女先生は、目線を外してフッと笑った。
早乙女先生は生物室の、ガラスに入ったメダカを見ながら、呟くように語りかけてきた。
「後藤、『シンデレラ』の話は知ってるよな?」
「……実家で虐げられていたシンデレラが、魔法使いの助けを得て舞踏会に行って、王子様と運命的な出会いを果たした後に、惚れた王子様がガラスの靴を頼りにシンデレラを見つけ出して、最終的にはなんやかんやくっつくっていう、あの話ですか?」
「そうそう。あれ、なんで人気だと思う?」
「人気な理由ですか……夢があるからじゃないですか?」
「そう、夢があるからだ。逆に言えば、あれは夢物語でしかない。偶然に偶然が重なって、奇跡的に得られた幸せだ。本来なら成し得ないような、釣り合わない者同士のいわゆる分不相応な恋愛。
シンデレラストーリーなんて言葉ができるくらい、創作や妄想では人気なジャンルだ。よく売れる。昔からな」
「みんなそうありたい、そうなって欲しいって思ってるんでしょうね」
「ああ。つまり逆に言えば、現実はそうはいかない。一般的に庶民は庶民と結婚するし、貴族は貴族と結婚する。
それは今でも変わらん。普通、金持ちのエリートはそれ相応のやつと結婚するし、有り余る美貌で引く手数多のやつはそれ相応の力を持った奴と結婚する。それが現実だ」
ふぅっ、と早乙女先生は溜まった息を吐く。
「……ところが、偶然が重なった結果とはいえ、だ」
僕も早乙女先生につられて、同じメダカの水槽に目を向ける。
「シンデレラは幸運にも、王子様と結ばれた。……なぁ、魔女に出会えた豪運はともかくとして、シンデレラはなぜ王子様を射止められたんだと思う?」
「……美人だったから?」
「そうだ。シンデレラが王子と付き合えたのは、分不相応な恋愛を成就できたのは、彼女がその美貌と謙虚な心という『身分差を補いうる魅力』を持っていたからだ。
もしシンデレラが王子のタイプじゃない顔だったり、他の奴らと同じように傲慢不遜な態度をとっていたりしたら、魔女の力で舞踏会に出席していたところで、王子の目にも止まらなかっただろう」
「……何が言いたいんですか?」
僕はメダカの水槽を呆然と眺めながら、眉を顰めた。
「お前さんは今、告白の場において千刺桜の花びらを手に入れて、椎名さんに告白する権利を得ることに……つまりシンデレラを王宮に連れて行ってくれたような魔女を手に入れて、舞踏会に行くことそのものに必死みたいだが、それだけじゃダメだ」
「どういう事です?」
「舞踏会に行くこと自体を達成できたとしても、シンデレラストーリーの成功には、更に王子を射止められるだけの魅力がなければならない。身分差をひっくり返せるような、な。
……千刺桜の花びらの確保はきっと、君を告白の場へと導き、幸運を掴むことには繋がるだろう。もしかしたら、偶然に偶然が重なって、椎名さんが君に興味を持つようなことがあるかもしれない」
早乙女先生が、水槽に映った僕の顔に、目線を向けた。
「でもな」
その目線は、鋭く、僕の目を、僕の目の奥にある心理を見透かしている気がした。
「君自身に、椎名さんと釣り合い得るような魅力がなければ、その恋は成就しないし、奇跡的に付き合えたとしても、長くは続かない。釣り合わないものは、釣り合わないから無理なんだ」
「僕に、その魅力がないと?」
「それは自分に聞いてみな。お前さんには、その答えは0.1秒ともかからずに脳内で浮かんでいるはずだ。考える間も無く、無意識では既に答えが出ている……違うかい?」
早乙女先生は、頬杖を解き、メダカの水槽から目を離して、僕に顔を向けた。
「お前さんは、椎名さんに釣り合うのか?
もしお前さんが自分を『彼女と釣り合わない』と思っているのなら、お前さんは努力をしないといけない。
必要なのは告白の技術だけじゃない。釣り合うだけのものが……いや、せめて釣り合おうとする『覚悟』は要るぞ……」
そこまで言い切ると、早乙女先生は先程までの鋭い目を閉じる。一度顔を下げ、今度は柔らかい顔を僕に向けた。
「話は終わりだ。さっさと帰りな」
早乙女先生は言いたいことだけ言い切ると、シッシッと手を振って僕の帰宅を促した。
「……ありがとうございます」
僕は早乙女先生に頭を下げ、生物室を後にした。
……あ、結局桜の話は分からずじまいじゃん。忘れてた。




