第十五話 ボコボコになった僕の目の前に来た人
四人に囲まれ、ボロボロになった僕。地面に這いつくばった僕は、もはや立ち上がることすらままならなくなっていた。
立て、立てよ、たて……僕!!
……なんだって僕は、告白の場に行けず、それどころか友達すら守れずにこうやって敷かれているのか。
さっさとコイツらを倒して、椎名さんのところに行かなきゃいけないのに。
出る杭は打たれるというが、踏みつけやすいアリもまた、いとも簡単に踏みつけられる。
僕は土を噛み締めるしかできない。顔の下の地面に落ちる、いろんな雫の数を増やすだけしかできない。
「そろそろ近藤さんが告白、バッチリ決めた頃かな」
「だろうな」
ザッザッザッ、と一人の足音。
「あ、近藤さんじゃね?」
足音を聞いた土見たちは、曲がり角に駆け寄る。
「近藤さん、お疲れ様です! どうでした結果?」
しかし、彼らが近藤と思っていた足音の主は、
「し、椎名……?」
「なんで、椎名さんがこんなところに?」
椎名さんは、奥に転がっている僕の方にチラリと視線を向けた。彼女は、一瞬で視線を戻した。
そして、大きな息を吐く。目を閉じる。
それをカッと開いて、腹の底から、揺れた声で、
「どけ。有象無象」
と言い放つ────その時に、既にフルルンと呼ばれている男の鳩尾に、椎名さんの右拳がめり込んでいた。
「なっ……!?」
フルルンは、突如発生した痛みに動揺していた。驚きと苦悶の横顔が見えた。
椎名さんはフルルンを掴むと、思い切り背負い投げで地面に叩きつけた。
バン、と重く大きい音が響く。フルルンは白目を剥いてそのまま起き上がらなくなる。
「てめえ、何してくれてんだよ!」
怒鳴るリュー。
「うるさい」
いつの間にか、流れるような動きでリューの背後に回っていた。振り向く間も無く首筋に強烈な手刀を浴びせる。
リューは、膝から崩れ落ちた。
「邪魔だと言っているのが聞こえないの?」
「……近藤さんの想い人だからって、手を出さないでいたが……」
「あら、遠慮いらないわよ。あなたたちを病院送りにするだけだから」
そういうと、残りのギュータ、土見は堪忍袋の緒が完全に切れたのか、椎名さんに怒号と共に左右から襲いかかった。
ギュータが、椎名さんの頭部へ向けて右フックを放つ。椎名さんは屈んで容易く避ける。
しかし、土見はそれを見越していたようだ。屈んだ彼女の顔に直撃するように、左脚の蹴りを叩き込んだ。
だが、彼女はすり抜けた。ギュータの右拳と土見の左蹴りの間にできた僅かな隙間を、走り高跳びの背面跳びのように。体を捻り、しゃがみ姿勢からの跳躍。高すぎず、低すぎず、かつ脚を折りたたみ横幅を広げすぎず、という超人的な動きが可能にした荒技だ。
同時に、背面跳びで得た勢いのまま、空中でギュータの肩に回し蹴りを食らわす。
「がっ!!」
ギュータは前に倒れ込んだ。
「ギュータっ!!」
一方、転がり受け身をとり、態勢を整える椎名さん。
その隙を逃さず椎名さんの顔面に蹴りを入れる土見。椎名さんは、それを両腕のクロスでガードした。
転がりながら椎名さんは衝撃を逃し、そのまま左手をついてシームレスに立ち上がった。
「椎名ぁっ!!」
土見が殴りかかった。椎名さんはひらりとそれを躱し、土見の後ろに駆けて行く。その先には、回し蹴りのダメージから立ち直れていないギュータ。
「────っ!?」
ギュータが接近に気づいた時には、彼女の飛び膝蹴りを顔面に喰らっていた。
間髪入れず、ギュータの喉笛に、右肘のエルボーを突き刺す。
「ごっ!?」
ギュータに対応させる間も無く、左手でガッとギュータの頭を掴み、校舎の壁面にめり込ませた。
ギュータはズルズルとそのまま壁面に沿うように倒れ込んだ。
「シッ!!」
土見の背後からの拳に、しかし椎名さんは驚きもせず、ヒョイと首を傾げて避ける。そしてそのままガラ空きの顎に裏拳を喰らわせた。
「うごっ!!」
椎名さんは振り返り、仰け反った土見の顔をひっ掴んで地面へゴンと叩きつける。そして、呻き声をあげて倒れ込んでいる土見の腕を、椎名さんは強引に持ち上げ、土見を右隣にあったフェンスへと叩きつけた。叩きつけた土見の腹に、椎名さんは止めの正拳突きを喰らわせた。
「が……っ」
断末魔を上げて土見は、地面に転がった。
フゥッ、と息を漏らす椎名さん。その横顔は凛々しく、美しかった。
「全く、くだらないことしないで」
ボソッとそう呟いた。
つ、強い……そう言えば、護身術とかも家で習ってるって言ってたな……。
椎名さんは僕の方へと近づいてきた。
「こんにちは、後藤くん」
「……こんにちは、椎名さん」
僕は咄嗟にそう答えた。
「すみません……告白の場所に行けなくて」
椎名さんはそれに何も答えない。僕を抱き起こして、壁に横たわらせた。
そして、椎名さんは僕のそばに転がった棒を見た。土見たちに殴られても必死に守り抜いた、千刺桜の花びらが挟まった木の棒だ。
「その棒に挟まっているのが、千刺桜の花びらです……でも、渡しに行けなくて」
「……私、あなたに聞きたいことがあったの」
椎名さんは、僕の目をまっすぐに見て、尋ねてきた。
「あなたは、私の勝手な言葉で血の滲む努力をさせられても……私のせいでこんなにボロボロになっても……それでもまだ、私が好きって言えるの?」
「はい」
だから、僕も彼女をまっすぐに見つめて答えた。
「……なんで?」
彼女は呟くように尋ねた。
「好きだからです」
「私のどこを好きになったの? なんで好きになったの?」
「教室で見かけた、笑った笑顔が好きだったから……いや、でもこの理由は後付けだな……よく分からないけど、多分、いつの間にか好きになってたんじゃないかなって、思ってます」
正直、告白のセリフを考える時に何度も思い出してみたが、好きになった瞬間は、どうしても分からなかった。
「なにそれ。ずいぶんとピュアだね、小学生みたい」
「……それ、褒めてます?」
椎名さんは「私の中ではね」と笑う。
そして、
「後藤くん、私はね……」
そこで、セリフが止まった。
椎名さんは改めて、何度も息を吸って吐くを繰り返す。
「私は、いつの間にか君を追っているうちに……」
彼女はチラリと千刺桜を見る。丁度、一つの蕾が咲こうとしていた。
パン、と弾けた千刺桜の花びら。弾丸のような凄まじい勢いの花びらを避け、彼女は華麗に一枚の花びらを素手でキャッチして見せた。
……素手で? 銃弾並みの花びらを?
そしてその千刺桜の花びらを持ってしゃがみ、華麗な動きに動揺している僕の目の前に差し出す。
「いつの間にか君を目で追っているうちに、私の方が好きになっちゃったみたい」
「……え?」




