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コンティニューしますか?

「ぜっ、、!はっ、、ぁっ!」


 息を吸う間も無いほどに体を酷使し、足元も視認しきれない暗闇を駆け抜ける。


おそらくはこれが全力疾走というものなのだろう。人間、死ぬ気になれば自分でも信じられないほどのスピードが出るものなんだな。


「はぁはぁっ、、、!」

「はっふぅっ、ぜひゅっ、、、!」


 手を引き一緒に走る少女の口元からも、尋常じゃないほど苦し気な呼吸が聞こえる。

 

 それでも足は止まらない。いや、止まれない。「死」というものをリアルに目の前にすると、5分後の健康よりも1秒先の生に縋る。それが生物ということなのだろう。


「きゃっ!」

「うあわっ!?」


 何かに躓いたのか、単純に限界だったのか。少女を支えることもできず、二人とも地面へと倒れこんだ。

 鼻いっぱいに広がる湿った土や草の匂い。・・・あんまし心地のいいもんじゃねえな。


「ぜっ、ぜぇっ、、、!だ、大丈夫か!?」

「はぁっはぁっ、、、けがは、してないけど、、、。でも、、げほっ、、、もう走れない、、、。」


 体感にしておよそ五分。短距離走でも新記録樹立できるペースで走り続けた。正直おれだって、問いかける声を絞り出すので精一杯だ。


「それでも、、走らねえと、、!」


 うまく力が入らない足に喝を入れ、震える腕で少女を引っ張り起こす。なぜこんなことになっているのか。・・・それはおれが聞きたい。それでも逃げなきゃならない。それだけは、現代日本で平和ボケしたおれの頭でもよくわかる。


 それくらい、明確な「死」というやつが追いかけてきている。

死にたくない。それに、何よりも――


「もう鬼ごっこはおしまいかな?うん。よく頑張った。あんなに走れるなんておばさん驚いたよ!」


 木々の隙間から差し込む朧げな月明かりの中、快活に称賛する声と拍手がなんとも場違いに響き渡る。

 まるで運動会で一着を取った我が子を褒めるような。純粋な賞賛と労い。


 耳元ほどで切り揃えられた絹のような金色の髪と、真っ黒の外套を風になびかせながらその女は暗がりでも視認できるまでの距離に現れた。

 

「・・・息一つ、切れてねえのかよ・・・こんなキレイな姉ちゃんに追いかけられるなんてそうそうあることじゃねんだけどな、、、。余計なこと言うんじゃねえよ、()()()()()()()、、、。」

「おお~。お世辞上手だね少年、このこのー!こんなおばさんおだてたってなにも出やしないぞ?」


 精悍な顔立ちをほころばせ、照れたように頭を搔く仕草をする女性。

おばさんと自称しているが、見た目はどう見ても20代半ばがいいところ。170後半はありそうなモデル顔負けのスタイル。

しかし華奢という印象は全く浮かばない、外套の上からでもわかる均整の取れた体。

 携えた剣と相まって、まさに「騎士」といった感じだ。


 淡い新緑のような瞳、金色の髪。端的に言って、超イケメンのド級美人。だが、先ほどのふにゃっとした笑顔からは愛らしい女性らしさも感じられ、それがなんともギャップ萌えだ。


「・・・っんとに、こんな状況じゃなけりゃ、なぁ・・・」


そんな目の前の美人は、間違いなく、おれ達を殺す。


 それが10分後なのか、それとも1秒後か。彼女がその意思をもって腰元の剣を振れば、それで終わり。


 なんでこんなことになったのか。ここはどこで、なぜ殺されるのか。おれが手を握る少女は、いったい誰なのか。


 ・・・今のおれには全く分からない。


「・・・逃げて。少しだけ。ほんの少しだけど、時間は稼ぐから。」


 立ち上がった少女は、満月のような瞳でおれを見つめてそう言った。


 繋いだ手は汗ばみ、震えている。その瞳の奥には、取り繕っても溢れてしまう恐怖が覗いている。


 それでも彼女は確かに言った。「逃げて。」と。


 今にも泣きだしそうなのを必死で押し殺しながら、気丈にもそう言い放った。


「・・・はっ!そりゃこっちのセリフだ。おれはな、人助けが趣味の善人じゃねえさ。それでも、女の子一人置いて逃げられるほど、腐っちゃいねえつもりなんだわ!」

「な、何してるの!?いいから早く逃げ・・・」

「おう、その通りだ。いいから早く逃げろって。」


 足元の太めの木の棒を拾い上げ、少女と女の間に割って入る。


 こんなもの、何の役にも立ちはしない。村人Aがヒノキの棒を装備したところで、所詮は村人。スライムだって倒せやしない。


「お、さっすが男の子!そういう子、おばさんは好きだなぁ~。」

「ははっ。冥土の土産ってやつか?あんたみてえな美人に「好き」だなんて言ってもらえる日が来るとはね!」


 ならなぜこんな無駄な抵抗をするのか。死にたくないから?奇跡が起きると思っているから?

 もちろん死にたくは無いし、ほんのすこーしだけ期待してもいる。


 けれど、世界はそんなに甘くないことくらいは知っているつもりだ。


 目の前の「女騎士」を見るおれの瞳をまっすぐに見つめ返し、女は一人頷いた。


「・・・うん。君は本当にいい子だ、少年。あと20年若ければ、惚れちゃってたかも。」

「、、、お世辞上手だな。こんなフリーターおだてたってなにも出やしねえぞ?」

「どうして――」

「走れ!!」


 少女の言葉を遮り叫ぶ。同時に騎士女へと走り出し、木の棒を振りかぶり――

「覚悟決めた者の、いい目だ。――さようなら、少年。そして、神の妄執よ。」


 振り下ろす間も無く、決着はついた。


 おそらくは振り抜かれたであろう女騎士の剣。その刀身をこの目に見ることすら叶わず、彼女の剣は、その長さから遥かに逸脱した距離を横一文字に薙ぎ払った。


 木を、岩を、風を、おれを。そして――後ろにいたはずの少女さえも、両断していた。


「がっは、、、!???」

「うん。うまくいったみたいね。カッコよかったご褒美に、彼女とのお別れの時間くらいはあげるから。まあ、あの子は死んでいると思うけど。」


 どんな手加減をすれば一番前のおれの胴体を繋げたまま、後ろの少女を両断できるのか。

 そんな超絶技巧を披露した騎士がおれに向けるのは、後悔と失念が入り混じったどうしようもなく悲しい瞳。


「く、、っそ、が、、、!」


 かろうじて動く手足で這いずり、少女の方へと向かう。向かったところで、真っ二つになった人間が生きていられるはずが無い。それでも、止まらないのだ。


「はっ、、、げほっ、、!ひゅっ、、、。」


 うまく息ができない。切られた腹からはみ出た、腸やら名も知らぬ臓器たち。こんな量のもんをよく収納していたもんだ。


「・・・苦しめてしまっただけだったね。ごめんね。」


 背後に歩みより、女騎士は剣を振りかざす。その懺悔は、まるで目の前にはいない誰かへ宛てたように虚ろで、それでも心の底から溢れ出たものだった。


「ちく、、しょう、、、。」

「ブ、、リ、、ツェン、!!」


 呟いたのは眼前の少女。その手から放たれた小さな光は女騎士に直撃し、その体を後方へと弾き飛ばした。


「・・・生き、てんのか、、、?」

「げほっ、、。にげ、、て、、。おねが、い、、、だから、、、。」


 ふり絞った力で這いより少女を覗き込む。その眼にはすでに光は無く、呼吸もままならない。――結末はなにも、変わらない。


「おい、おい、、!こっち見ろ、、!」


 喋るたびに血が口の中いっぱいに溢れ零れ落ちる。力の入らない腕で少女を抱えようと力むと、残り少ない臓物がまた腹からはみ出たのを感じる。


「ああ、わりい、、。服、汚しちまった、、。」

「、、、どうして、逃げてくれないの、、?」

「さあな。自分でも、わかんねえけど、、、。まあ、お互い生きててよかった、、!」


 何を言ってるんだと言わんばかりの笑みが少女に浮かぶ。それでも、どこかうれしそうな表情。

 そんな少女の顔が、やるせなくて、悔しかった。


「あ、はは、、。っげほ、、。それ、今言うこと、、なの??」

「もとから頭も足りてねえのに、腹の中までまき散らして、落としちまったからな、、、。」


 嬉しさ、悔しさ、悲しさ・・・いろいろな感情が自分の中でグルグル回っている。

出所もわからず、行く宛の無い感情。頭が正常に回っていれば気が触れていたかもしれない。


「、、、ねえ?」

「どうした?」

「ありがとう。手を、、離さないで、、、いてくれて。」

「ははは。触って怒られることはあっても、礼を言われたのは初めてだな。」


 ほほ笑みながらおれを見上げる少女の顔は――見たことが無いほどに、美しいものだった。

「・・・ああ。だからおれは・・・」

「、、、しえて、、?」

「へ?」


 時間切れが近いのだろう。これほど近くにいながら、少女の声は聞き取れないほどに小さく、か細い。


「な、、まえ、、。あな、た、の、、、。」


 おれの頬へと伸びるその手は血で真っ赤に染まり元の白い肌は見る影もない。

冷たくなり、血の気の通っていない手を、おれは、入る限りの力で握りしめた。


「な、何だよ改まって、、、。それくらい、、いくらでも教えてやるよ、、!ごほっ、、。いいか、よく聞けよ?おれの名は神代 太陽(カミシロ タイヨウ)。一騎当千のフリーターだ!ごほっ、、!」


 返事は、無かった。聞き終えてから逝ったのか。無駄な前フリに飽き飽きして愛想を尽かされたのかは分からない。それでも、こんな死に方だというのに。少女の顔は幸せそうに見えた。


「・・・人に名乗らしといて、自分は挨拶も無しかよ・・・つれねえなあ、、、。げほっぐっごほぉっ、、!」


 どうにか保っていた空元気も尽き、どうやら今度はおれの番らしい。


「・・・終わったかい?」

「、、、やっぱ、、、生きてたか、、。」


 あおむけに倒れこみ頭上の女騎士を見上げる。


「・・・何か言い残すことはあるかい?」

「特に、うかば――ああ。じゃあ、、、一つだけ、、、。」


 鈍く光る刀身を空へとかざしながら、女騎士はおれの言葉を待つように一呼吸。


「・・・そのツラだきゃあ、忘れねえからな、、。」

「・・・そうか。うん。その方が、私も救われるよ。」

ニッコリと。初めて見せた何の感情も無い笑顔で女騎士は剣を振り下ろす。


おれの意識は、その剣閃の行く末を見届けることもできずに闇へと落ちた。



























               ―――コンティニューしますか?―――

                    →はい/いいえ


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