第40話 龍眼の少女
21/07/31 一部修正
艶やかな漆黒のツインテールに、粉雪のようにきめ細やかな白い肌。背は割合高く、起伏に富んだ豊満な肢体だ。非常な美少女である。
一番印象的なのはその目だ。眼光鋭く、宝石のように真っ赤に染まり、ぎらぎらと力のある輝きを帯びている。
「君は?」
とティナが尋ねようとする前に、漆黒の髪の少女は、矢継ぎ早に話始める。
「私は、あなたたちの学院編入を認めないわ!」
漆黒の髪の少女は、仁王立ちし、ティナたちを指さして、迫力のある声で、叫ぶ。
「はあ? あんたになんの権限があるのよ。もしかして、これが新人への洗礼ってやつ?」
ルチアはあきれて怒りもわいてこない。なぜ、編入試験においては、正式な手続きを踏んだのにもかかわらず多くの生徒たちの面前で痛罵されなければならないのだろうか。
(まあ、あの女が、どんな人間かは大体想像つくけど)
盗賊として諸国を流浪してきたルチアは、漆黒の髪の少女の正体を看破している。
(黒地に朱色の制服。学院の紋章と同じ白のブローチをしているから同じ二年生ね。いかにも、ドラドニアの出身って感じ。それにあの黒い髪と赤い目、高圧的で傲慢な態度、ドラドニア王家の人間ね。家来もいるみたいだし、間違いない)
アルテナの魔導学院の制服は一応規定通りの物がアルテナで売っているが、いくつかのルールさえ守っていれば、どんな制服でも構わない。諸国からの留学生も多く、制服は、自分の故郷で揃えてくるというパターンが多い。そのため、その土地の特色が顕著に出る。
アルテナのある自由都市同盟の北、ドラドニア王国は、黒を神聖な色とし、漆黒の国旗を用い、兵士たちも黒い軍装を身にまとうことで有名だ。
あの制服はそのドラドニアの軍装と酷似している。だから、ルチアはドラドニア王国出身の生徒と見抜いた。ティナたち二年生は白い制服を着ていることが多いのだが、そこは白い天球儀のブローチを胸元に着けているのでそれでいいということになっているのだろう。
ちなみに、ティナたちの制服は、アルテナで売っているものと似通っている。これは、ヴァレリアがかつて使っていた制服を参考に、ファビウスが縫製したためだ。ルーナなどは、自分色にかなり改造を加えているので、その限りではないが。
「行こう、ティナ。ああいうのは相手にすると図に乗るんだから」
ルチアは漆黒の髪の少女を一瞥すると、ほとんど無視するように、すたすたと抜き去ろうとする。
「ティナ様、こちらへ」
「う、うん」
メイドマギアマキナのフローラとアウローラも、動揺するティナを守りながら、漆黒の髪の少女をにらみつける。
一方で、この一触即発の緊張感は、野次馬の生徒たちの好奇心を駆り立てた。
「私の話を無視する気? 待ちなさい!」
漆黒の髪の少女が、呼び止めるもルチアは無視する。
その態度に、漆黒の髪の少女の怒りは頂点に達する。
「姫様、いけません」
少女の隣にいた執事風の男子生徒が、静かに止めるが、漆黒の髪の少女は、目をクワっと見開いて、もう一度言った。
「待ちなさい」
ルチアは、素直に動きを止めた。
(な、なにこれ、動けない!)
ルチアたちは言われたとおりに足を止めてしまう。
少女に、はい、そうですかと、歩みを止めたのではない。体が突然、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまったのだ。足は鉛のように重く、口は縫われてしまったかのように開かない。少女から放たれるプレッシャーに体が押しつぶされそうになる。
(あの目……)
なんとか目だけ動かし、ルチアは少女を見る。その真紅の瞳は、人間のモノではない。さっきまでとは違う。瞳孔が、大地の裂け目のように縦長になっている。言うなればそう、ドラゴンの目だ。
(間違いない。ティナと同じ魔眼)
魔術的な力を持った瞳、魔眼。ごくまれに特別な力を宿した目を持って生まれてくるものがいる。ティナの持つ、黄金瞳、帝眼と同じく、あの真紅の龍の瞳もそうなのだろう。
少女の魔眼は、その眼光で相手を威圧し、ちょうどドラゴンが獲物を眼力だけでおびえさせるように、自由に動けなくさせる力を持っている。
「くっ、かっ」
軍団の中でも特に高性能なマギアマキナであるフローラとアウローラですら、微動だにできず、声を出すこともできない。
魔眼は通常の魔法よりも強力で、神器でもなければ対抗できない。ゆえに一級の魔法の使い手でもあるフローラとアウローラも、神器を所持していないために、対抗する術がない。
「姫様、やりすぎです。あれほど、龍眼の力をみだりに使ってはいけないと……」
執事風の男子生徒が苦々しい顔をする。
「もう、うるさい。でも、これで私の話を聞く気になったでしょう」
漆黒の髪の少女は、勝ち誇ったように、動けなくなったルチアたちを眺める。が、少女にとって予想外の事態が起こっていた。
動けない者が、苦悶の表情を浮かべる中、黄金の髪の少女、ティナは、平然としている。
「……どうして、龍眼の力が効かない?」
驚いた漆黒の髪の少女は、ティナを見る。その瞳は、強い黄金の輝きを放っている。その瞳の光は、冷徹な少女の龍眼とは違い温かみがあってみていると魅入られてしまいそうになる。
帝眼の力は、ティナ自身にもよくわかっていないが、どうやら、龍眼の力を打ち消しているようだ。
「もしかして、あなたも魔眼……ってちょっと……」
少女が尋ねようとすると、ティナの瞳から涙がはらりと落ちたのが分かった。
「僕たちって……迷惑なのかな……ごめんね」
ティナは、くりくりとした瞳を潤ませ、貯めきれなくなった涙をぽろぽ
ろと落としている。
元来、ティナは泣き虫である。ルチアとの盗賊家業で、ずいぶんと改善したと思っていたが、楽しみにしていた学院生活を前に、明確に拒絶され、こみあげてくる悲しみを抑えることができなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと、なぜ泣いているの」
予想外の事態に、漆黒の髪の少女は慌てる。
「姫様……泣かせましたね」
執事風の男子生徒が目を細める。
「いや、わ、私は別に泣かせようと思ったわけじゃ」
漆黒の髪の少女は、周りの非難の視線が自分に集まっていることに気付いた。はたから見れば、威圧的な在学生が、編入生に対して高圧的な態度でいじめているようにしか見えない。少女は比較的背が高く目つきもきつい、それに、ティナが小柄ではかなげな少女なだけに余計に印象は悪い。
生徒たちの非難の目は、魔眼よりも強力な効果を発揮した。
「もう、わかったわ。ほら、これで拭いてあげるから、もう泣くのはやめなさい」
漆黒の髪の少女は、ぎこちなく、ティナの目元をハンカチで拭いていく。
「あなたたちが、筆記や実技で素晴らしい成績を残したことは知っているわ。ただ副会長として、怪しい生徒は見過ごせないというか、だから」
漆黒の髪の少女は、正直に話し少し赤面する。
「えへへ、そうだったんだ。僕の早とちりだったね。ありがとう。もう大丈夫」
ティナは、少女が彼女なりの正義感で行動していたことに安心して、微笑を浮かべる。
その笑顔に漆黒の髪の少女は、どぎまぎしてしまう。
だが、少なくとも、この少女は、悪意を持って学院に入ったわけではないらしいということは理解したようだ。
「僕はティナ。君の名前は?」
「わ、私はその」
勢いをくじかれて、急に恥ずかしなってしまった少女に代わって執事風の男子生徒が言う。
「このお方は、ドラドニア王国、第三王女にして、アルテナ魔導学院、二年生。生徒会副会長を務めるリントヴルム・ドラクール・ドラドニア様でございます」
「違う! 私のことはリントと呼びなさいと言っているでしょう!」
漆黒の髪の少女、リントは、両手を振って抗議する。
「リント。リントヴルム。かっこいい名前だね。これからよろしく、リント」
ティナは、リントの手をつかんで握手する。
「ええ、よろしく。私のことはリントと呼びなさい。って、私はまだあなたたちを認めたわけでは、ん? そのペンダント……」
リントはティナの胸元のペンダントに気がつく。
「ん? これのこと」
ティナは、服の下から母の形見のペンダント、帝国宝珠を引っ張り出す。
「す、少し見せてもらってもいいかしら?」
「いいよ」
ティナがてのひらの上に帝国宝珠を乗っけるとリントは、手を触れずに、まじまじと見る。
「金獅子に銀狼。これは、古代エルトリアの、それにあなたのその髪と瞳……」
リントは何かを深く考え込む。かと思えば、
「行くわよ。イオン。授業が始まるわ」
と、くるりとティナに背を向け、足早に教室に去ってしまった。
「あれれ、また、嫌われちゃったのかな?」
仲良くなれそうだと思った矢先、突然、リントの態度が硬化してしまったことにティナは不安になる。
「わかりませんが、どうやらエルトリア帝国の紋章には気づいていた様子」
「あの少女には注意したほうがよろしいかと」
動けるようになったフローラとアウローラは、リントがドラドニア王国の姫君ということもあって、何かヴァレンタインやそれに類するティナを狙う勢力とつながりがあるのではないかと警戒する。
「そんなに悪い子ではなさそうだけど」
リントの高圧的で、きつい物言いにティナは戸惑ったが、リントは自分の地位や権力を笠に着ることはなく、話してみれば素直に思えた。
「ちょ、ちょっと、私のも解いていきなさいよ」
ようやく口だけは動かせるようになったルチアは、リントを呪った。
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