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第39話 学院生活の始まり

21/07/31 一部修正

 アルテナ魔導学院には、何かある。

 学院長が、軍団兵たちと同じく古代から生きるマギアマキナであった。それに加えて、古代エルトリア帝国の後継者たるティナや同族であるマギアマキナの軍団兵たちへの歓迎は上辺だけで、腹によからぬ本心を隠していることが透けて見えた。

 ウルやベリサリウスたちは当初から、リウィアによる天体魔導反射装置の捜索はもとより、ティナには、学院で大いに学んでもらうつもりだった。学院の入学を目の前に、故郷を焼かれ、それどころではなくなってしまったティナへの同情のつもりもあったが、皇帝として軍団の長として、成長してもらうという目的もある。

 だが、単なる教育の場として考えていた魔導学院にもどうやら裏があり、一筋縄ではいきそうもない。

 目覚めたばかりの軍団兵たちは、千年という長い年月が、過去のすべてを奪い去り、赤子のような新世界ができたのだとただ単純に考えていた。しかし、この赤子は、どうやら複雑な成長を遂げ、いまだ古代の残滓を濃厚に残し、容易ならぬ陰謀めいたことが潜伏しているということが、だんだんとわかってきた。

 歴史の真実やティナを狙う勢力の存在というものを知る上でも、ティナが学院に通うことはより大きな意味を持ち始めている。

 その中心にいると思われる当の本人は、陰謀などはつゆ知らず、明らかに浮足立っていた。


「わあ、見てよ、ルチア。廊下がずーっと続いてる。教室もたくさんあるよ。学生も一杯だ!」


 ティナは目をキラキラと輝かせながら、小走りしては、立ち止まり学院の学舎を見ていた。


「はいはい。別に言われなくても私だってちゃーんと見ているわよ」


 最初はティナの様子をほほえましく思っていたルチアも隣でいちいち言われていては面倒になってくる。

 千年以上に前に建てられたとは思えないほどにきれいに整備されており、教室からは、多くの生徒たちが、ティナたちの様子をうかがうっている。この学院がいまなお生きている。

 もっとも、学院にはいつも以上の活気があった。

 突如として現れた編入生の集団。それに闘技場で実技試験を見物していた学生によると美少女、美少年ばかりであるらしい。それに加えて、実力者揃いの生徒会を打倒したという。

 当然、大きく話題となり、生徒たちは色めき立った。


「では、ティナ様。私たちは、ここで失礼いたします」


 若草色の制服に身を包んだリウィアが頭を下げる。続けて、同じ色の制服の軍団兵の何人かが頭を下げる。


「そっか。リウィアやヘレナたちは一年生だもんね。ここでお別れだ」


 ティナは、リウィアの制服の色を見る。さわやかな新緑の色だ。

 制服の色が示す通り、リウィアとヘレナは、一年生として編入した。

制服の色は赤、白、緑とあり、上から三年生、二年生、一年生となっている。この場合、ティナ、ルチア、ルーナ他、大多数の学院編入組の軍団兵は白い制服なので二年生となる。


「本気で、一年生で通すつもり? こんなちびっこじゃ、どう考えても無茶よ。中等部でも、無理があるのに」


 ルチアはリウィアのおでこを人差し指でつつく。

 学院高等部の一年生は、基本的にはみな十五歳程度で、一年生組として選抜された軍団兵も軍団の中では比較的幼い容姿をしているものが、多い。

 特に、リウィアとヘレナは幼女にも見える幼さであり、高等部一年生として入るには、いささか無理がある。


「む、ちびっこじゃありません。それに学力の面では十分であると特例を頂いていますから」


 リウィアはプイっとそっぽを向く。実際、彼女は、ルチアの十倍以上は軽く生きている。


「私たちはテストもばっちりだったから心配ないよっ。それにティナ様とは、なるべく近い方がいいし、ねっ!」


 ヘレナは、はじけるように笑う。

 リウィアは学院内の調査を目的としているから、別に初等部でもよかったのだが、ヘレナの言う通り、万一があるかもしれないので軍団長クラスは、なるべくティナの近くに置くことにしている。


「そうだよ、ルチア。それに同じ高等部なら学院の行事でも一緒になることが多いだろうし。絶対楽しいよ」


 興奮した様子でティナは言う。

 すでに頭の中は、夢にまで見た華々しい学院生活でいっぱいだ。

 落ち着きのないティナにルチアは目を細める。


「ティナ。あんた、ここに来た理由忘れてないでしょうね」

「も、もちろん。ちゃんと勉強もするし、剣術や魔法だって」


 言いよどむティナの肩にルーナが手を回して援護する。


「まーまー、いいじゃん。せっかくの学院生活なんだから、もっと楽しまなきゃ損だって。私も、ティナ様と学院生活ができるなんて、超ラッキーだし。よく劇場でも生徒役を演じていたから憧れだったんだ~」


 軍団長であるはずのルーナも、学院生活を楽しみしている。もっとも彼女の場合は、ティナに楽しんでほしいという思いが強く、根っからのエンターテイナーであるから自分も面白いイベントには目がない。


「だが、ティナ様には立派な皇帝になるべく、勉学鍛錬に勤しんでもらわねば」


 ウルは相変わらず眉間にしわを寄せてくどくどと言い始める。


「またまたそんなこと言っちゃって、素直じゃないんだから」

「な、何を言うか。私は親衛隊を預かりティナ様を守るものとして……」

「はいはい」

「うっ、奇異の目で私を見るな」


 ルーナはウルが、ティナのために、学院行きを勧めたこと、それがティナへの愛情からの行動であることを知っている。しかし、真面目すぎるために、素直に楽しめとウルは言うことができない。

 もちろんそれは親衛隊の面々も知るところであり、ルーナと一緒に厳しい上司をにまにまと眺めている。


「じゃあ、リウィアにヘレナ、それにみんな、僕たちは上の階だから」

「はい、いってらっしゃいませ。放課後にお会いしましょう」

「また、後でねっ!」


 一年生組に別れを告げ、ティナたちは二年生の教室がある上の階へと向かう。


(胸がドキドキする)


 一段一段、階段を上るたびに、ティナは、自分の心臓が高鳴るのを、感じる。


(いけない。僕はここに遊びに来たわけじゃないのに)


 もちろん、魔導学院には、勉学と武術に励むために来た。立派な皇帝となって、平和な国を作ると決めた以上は、軍団兵たちが骨を折って働いている中で、一人、遊んでいるわけにはいかない。

 それでも、ティナにとって学院に入ることは、故郷にいた時からのあこがれであり、夢だった。退屈な故郷で、同年代の友人も少なかったティナからすれば、学院での生活はよほど輝かしいものに見えたに違いない。

 学院に行くといった時、父親がずいぶんと反対したのをティナは覚えている。その時は父親が少しばかり嫌になったが、父親が悲し気な顔をしていたことが印象に残った。今思えば、ティナの願いをかなえてやりたかったが、ティナが特別であることを知っていて、危険な外の世界に行かせたくはなかったのだろう。

 結局、母親も後押ししてくれて、最後には許してくれた。

 ティナにとっては、初めての反抗だった。そうまでして、学院行きを決めたのに、故郷は失われ、冒険者として食いつないでいくことになってしまった。


(でも、僕はここに来ることができたんだ)


 もう一生縁がないだろうとあきらめていたところに、今回の話が来た。ティナに浮足立つなという方が無理であろう。

 それでも、幸せになればなろうとするほど、あの時の悲惨な記憶がよぎる。ティナに絡みついた呪縛は、厳しく彼女を自戒させた。


(お父さま、お母さま、村のみんな、ごめんなさい。きっと、ヴァレンタインを倒すくらい強くなって、平和な国を、千年の願いをかなえるから)


 ティナは肌身離さず持ち歩いている金獅子と銀狼の紋章が入ったペンダントを握りしめる。すると何か音がしたような気がして後ろを振り向く。


「どうしたの。ティナ?」


 ルチアが小首をかしげる。


「ううん、なんでもない」


 ティナには、母親の声が聞こえた気がした。


「あ、ティナ様。私たちはこっちだから」


 ルーナは軽く手を振ると、何人かを伴って別の教室に向かう。

 魔導学院は一学年二千人を超えるだけあって、クラスの数も多い。ルーナたち二年生組は数が多いが、それなりにバラけた。


「ウル様はこちらですよ」

「なぜだ!」

「ウル様は三年生だからです」

「いや、私はティナ様のおそばに! ティナ様! ティナ様~!」


 赤い制服のウルはティナたちの一つ上、三年生として編入した。何食わぬ顔で、ティナにくっついていこうとしたウルだが、むなしくも、他の軍団兵に両脇を拘束されて、引きずられていくように、上の階へと連れ去られてしまう。


「あはは、ウル、大丈夫かな」

「大丈夫よ。むしろ、離れたほうが安全かも」


 ルチアは、苦笑いするティナに、きっぱりと言った。

 ウルがティナの学院行きの夢を叶えるために粉骨砕身したことは美談だが、ルチアはウルの行き過ぎた忠誠心と歪んだ愛情が変態的行動にウルを駆り立てたことを知っている。

 ルチアは、ティナがスカートからのぞかせる細い足を、ウルが険しい表情で凝視していたこと冷ややかな目で見ていただけに、学院生活でウルが欲望にあらがえず、犯行に及ぶ光景がよぎった。少しほっとしている。


「マギアマキナって、もっと簡単なものだと思っていたけど、人間よりめんどくさい連中かもね」


 これが機械人形であるはずのマギアマキナの話なのだからいよいよ理解に苦しむ。彼ら彼女らは機械というにはあまりにも個性的である。マギアマキナは役割を与えられて作られただけに、それに伴って性格もとがってしまったのかもしれない。


「やった! 僕とルチアは同じクラスみたいだよ。フローラやアウローラたちも一緒だ」


 ティナは配属先のクラスの名簿を見て喜ぶ。

 軍団長たちは離れてしまったが、いぜんとしてティナと同じクラスになった軍団兵は多い。


「はい、ティナ様。私たちもお供させていただきます」


 二人の軍団兵が恭しくティナを拝した。

 フローラ、アウローラと呼ばれたのは、いつも、ティナの身の回りの世話をしている親衛隊所属のメイドマギアマキナで、生産後、すぐに眠りについたためか、名前もなかったのだが、ティナに名付けられた。淡い緑色の髪の方がフローラで、淡い青色の髪がアウローラだ。よほど気にいっているのか、感情はまだ乏しいが、呼ばれるたびに嬉しそうにする。

 二人とも、いつものメイド服を脱ぎ、ティナたちと同じ白い制服を着ている。


「ま、こうなるとは思っていたけどね」

「もっと嬉しそうにしてもいいのに」


 全部知っていましたと言わんばかりのルチアの淡白な反応にティナはぶすくれる。

 ティナに付き従って、学院に編入した軍団兵は、五十人を超えるとはいえ、このマンモス校で、ティナと同じクラスになった軍団兵は五人ほどいる。明らかに作為的な力が働いているとルチアは見た。

 実際、ベリサリウスとエルの事前の工作によって、クラス分けは、意図的になされたものだ。ティナと軍団長が離れ離れにされたことにも意味がある。今回、ティナと同じクラスになったのは、護衛に必要とされた最低限の人数だけだ。


「ちょっと、そこのあなたたち、お待ちなさい」


 意気揚々と教室に向かうティナを美しくも力強い声が呼び止める。

 振り向くとそこには、黒い髪の少女が立っていた。


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