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第31話 同盟と饗宴

「まるで別世界だな」


 現れたのは巨大な都市だ。千年の時を経て、廃墟となってなお、美しく壮大で、ディエルナよりはるかなに巨大な都市がここにあったことがうかがえる。


「この魔導艦の上で人々は暮らしていたのか」


 ようやく呼吸をおもいだしたヴァレリアが言う。


「ああ、ここは新帝都。もともとは百万人くらい住まわせるつもりだったらしいけど、今はこのありさま。もう本当だったかもわかんない」


 ルーナは興味なさそうに歩を進める。

 クラッシス・アウレアの甲板に築かれた都市は、新たな都となる予定だったらしい。らしいというのは、結局半分も完成しないうちに放置されてしまったためだ。

 さらに進んでいくと、ティナやルチアも初めて見た時には驚いていた巨大な円形闘技場やルーナたち軍団長が眠りについていた万神殿パンテオン大浴場テルマエなども姿を見せる。

 ヴァレリア一行はいちいち驚き感嘆の声を上げる。


「どれも神話や伝説の物語で読んだ古代エルトリア帝国そのままだ」

「半信半疑、いえ、ほとんど信じられませんでしたが、どうやら彼らが、

古代帝国の生き残りというのは、本当のようですね」


 ヴァレリアとパオロは、事前にティナたちから、ティナが古代帝国の継承者であり、ベリサリウスたちが古代帝国の残した軍団レギオンだということも聞いていたが、どうにも話で聞くだけではにわかには信じがたかった。

 パオロなどはベリサリウスとの話し合いを通じて自分を納得させていたが、他の参加者たちはついぞ信じようとせず、無理やり連れてきた。

 ようやく、クラッシス・アウレアという、あまりにも巨大で異様な建造物を目で見て、実感がわいてきた。これを見せられては、ベリサリウスたちの言っていることを信じることでしか、目の前の光景に納得できない。


「最初から勝ち目はなかったな」


 これほどの技術力と軍事力を持つ軍団と戦っていたかと思うとヴァレリアはぞっとする。もしあの時、前市長のバートリがこのことを知っていれば、ティナの誘拐という無謀な挑戦をすることもなかっただろう。

 ここが船の上であるということを忘れてしまうほど、歩くとクラッシス・アウレアのなかでもひときわ豪華な建造物にたどり着く。

 神の居城と呼ぶにふさわしい黄金で装飾された白亜の宮殿だ。


「ほら、早く、ティナ様が中でお待ちかね」


 ルーナはまた小一時間ほど、眺めていそうな勢いのヴァレリアたちを引っ張り、黄金宮殿の中に連れていく。

 大広間に通されると礼装に身を包んだ大勢のマギアマキナが整列している。

 マギアマキナたちは右から左まで、美男美女ばかりだが、その真ん中に、ひときわ神々し輝きを放つ少女がいる。


「ようこそ。ヴァレリアさん、ミリナさん、それにバルガスさんやみんなも。ここが僕たちの家、クラッシス・アウレアだよ」

 

 少し時が戻る。

 目覚めてからというもの、昼夜を問わず稼働し続け、忙しく働いていた軍団兵たちだが、ここ最近はマギアマキナでも疲労を感じるほどに忙しい。

 ディエルナを制圧してからといもの、ディエルナからの資材の供給が増え、滞っていたクラッシス・アウレアの修理が続々と進み始めたのだ。それに加えて、ヴァレリアの新政権に移行するまでの間、ディエルナの行政も管理していたためにとにかく手が足りない。

 一応、ファビウスたち工兵軍団の手によって、起動しなくなっていたマギアマキナたちが続々と修理され戦列に加わっているが、まるで間に合っていない。騎兵軍団の長であるガイウスまでもが、資材を両肩に担いで、東奔西走している。

 もっとも、人間とは違い、マギアマキナである彼らはどんな仕事でも与えられた任務には忠実だ。

 そして今日は特に大事なディエルナ使節団とのパーティがあり、ティナも先頭に立って、準備をしていた。


「ごはんの準備はヘレナちゃんがばっちりやってくれてるし、準備万端だね」


 ティナはチェックリストの書かれた紙と羽ペンを手に、会場をチェックして回る。


「ティナ様。そろそろご準備の方を」


 ウルが促すが、


「待って、もうすぐ終わるから」


 とパーティ会場を歩き回る。


「ティナ様。今日の目的はパーティだけではありませんよ。それをお忘れ

なきよう」


 見かねたべリサリウスが忠告する。

 パーティはあくまでも余興で、ディエルナの使節団がわざわざ大挙して森の奥にあるクラッシス・アウレアまで来るのには理由がある。


「いいじゃない。今日ぐらい大目に見てやったら。どうせ、あんたらが全部裏で手を回しているんでしょう」


 ルチアはティナをかばうがベリサリウスは頑として譲らない。


「いえ、ティナ様には皇帝らしく振舞ってい頂かないと困ります。ティナ様のためにも、このベリサリウス、今日ばかりは、心を鬼にさせていただきます」

「え、でも、僕はまだ皇帝になるつもりは」

「それでも今日は皇帝としてふるまっていただきます。これはティナ様も了承済みのことですよ。ウル。ティナ様のお召替えを」


 ウルは頷くとティナを小脇に抱え、衣裳部屋へと連れ込む。


「ちょ、ちょっと僕はこのままでいいのに」


 ティナの服はいつもの薄汚れた革鎧という盗賊衣装である。


「いくらティナ様のお手製とはいえ、盗賊の格好では、相手に失礼というものです。ご観念を」


 いつもティナに甘いウルもティナに恥をかかせないように必死だ。


「そ、そんな~」

「まあ、もう子供じゃないんだし、諦めなさい」


 連れ去られるティナを見て、ルチアは笑いながら手を振るが、ルチアもメイドマギアマキナに両脇からがっしりとホールドされてしまう。


「え、なに」

「ルチア様もご観念ください」

「ちょ、私は盗賊よ。盗賊にはこの衣装が正装なの。いつ何時も盗賊であることを忘れない。これ盗賊の心得よ」

「そんな盗賊の心得は、ないはずですが」


 メイドマギアマキナは、毎晩のようにティナに聞かされて盗賊の心得には、その作者であるルチアよりも詳しい。


「げっ。なんでそんなこと知ってるのよ。あ~」


 ルチアも抵抗むなしく衣裳部屋へと連れ込まれた。


 時は戻る。

 ヴァレリアを迎えたティナは、金糸で刺繍された丈の短い白絹のドレスを身にまとっている。まるで天界から舞い降りた天使のようで、背中には白翼が幻視される。


「やっぱり、なんだか窮屈だよ。僕なんか全然似合ってないよ」


 機能性よりも優雅さが優先されたドレスは、きなれないティナには動きにくい。


「そんなことはない。むしろ君、意外にそのドレスが似合う人物はいないだろう」


 ヴァレリアは本心からそう思ったが、ティナはお世辞だろうとぶんぶんと頭を振る。


「ヴァレリアさんは、スタイルもいいし、美人だしいいな~」


 うらやましそうにティナはヴァレリアを見る。

 マギアマキナに比肩するほどの容姿の持ち主であるヴァレリアは、背も高く、鍛え上げられた肉体は引き締まっており、主張すべきところはしっかりと主張している。ティナからすれば大人の女性であり、あこがれの存在だ。


「その辺にしておきなさい。いい加減、嫌味に聞こえてくるわ」


 ルチアも、マギアマキナたちに身ぐるみはがされて、高級なドレスに着替えさせられていた。ティナと同じく丈の短いもので、色は若葉のようなさわやかな緑。胸元には大きなエメラルドの宝石が添えられている。


「なんだ。ルチアもよく似合っているじゃないか。盗賊娘が、どこぞの令嬢のようだぞ」


 ヴァレリアは目を見張る。

 いつもは悪さばかりしている薄汚れた悪童というイメージだったがしっかりと着飾ればルチアも相当な美少女である。


「こんな高いもの着ているなんて生きた心地がしないけどね」


 すでにルチアは古着でもあさるかのようにメイドマギアマキナが持ってきた目が飛び出るような高級ドレスに、次から次へと着替えさせられて、疲れ切ってしまっている。


「馬子にも衣装とはこのことだな。それに比べてウル殿はなんと麗しい」


 バルガスは、ウルに目を奪われ、鼻の下を伸ばす。


「ティナ様に選んでいただいたドレスを汚らわしい目で見るな」


 バルガスをキッとにらみつけたウルは、深紅のドレスを身にまとっている。ティナをドレスに着替えさせたウルだったが、ティナに僕が着るならウルも、と道連れにされてしまった。

 足元まで丈のある長いドレスだが、側面には、長いスリットが入り、露になった足がなまめかしい。胸元も背中もばっさりと開き、ウルの豊満な体がよく見える。


「やっぱり、ルチアやティナみたいな子供とは比べ物にならないなあ」


 バルガスはウルの胸元にくぎ付けである。


「ふん!」


 が、ルチアの足蹴りをまともに腹に受けてうずくまりそのままミリナに引きずられてゆく。


「ティナ様、ヴァレリア殿、準備が整いました」


 ベリサリウスに促されて、ヴァレリア率いるディエルナ使節団とティナ率いる最後の軍団の面々は、大理石が床に敷き詰められた大広間で、対面して長机に座る。

 天井から吊り下げられた魔導灯のシャンデリアが、煌々と光る。

 パーティの前には、調印式が執り行われる。ディエルナ使節団は、この調印式に出席するためにわざわざクラッシス・アウレアまで来た。

 ティナとヴァレリアが前に出て、それぞれ、文書に署名した。

 ここにディエルナとエルトリア帝国の間に、同盟が締結された。

 ディエルナはティナたちに完敗し、降伏したが、この同盟は非常に対等なものである。

 敗者であるディエルナをベリサリウスたちは直接統治せず、ヴァレリアを市長に据えた。傀儡のようにも見えるが、政治的な自立は約束されている。

 貢納の義務などもなく、ディエルナからの資材提供に、クラッシス・アウレア側は、それ相応の金品や技術供与を見返りとする。

 軍事に関しても、敵に対して相互に戦うことを約束し、出兵を強要することもない。ただし、ディエルナの戦力は、最後の軍団に比べてあまりにも弱体で、ディエルナはほとんど保護されているようなものである。

 一見、ディエルナに有利すぎるように見えるが、クラッシス・アウレアの修復を優先したいベリサリウスたちにとっては、これくらいがちょうどいい。

   この同盟では、ティナを頂点とするクラッシス・アウレアと最後の軍団はエルトリア帝国ということになっているが、領地は、クラッシス・アウレアが鎮座している周辺の森という小さな範囲のみ。

 国として認めているのも同盟者であるディエルナだけだ。

 しかし、それでも、国として認められ、ディエルナとの交流もすでに始まっている。

 ティナが目指した小さな国は一応、実現を見たといえる。

 すでにこの同盟はベリサリウスと副市長パオロの間で取りまとめられており、この調印式は形式的なものである。


「これで終わり?」


 背筋をピンと伸ばしたティナが言う。


「はい。問題ありません。ご立派でしたよ。ティナ様」


 ベリサリウスは、文書の内容に目を通して、革製のファイルをぱたんと閉じた。


「やった。ふう、疲れたぁ~」

 ティナは両手を広げて、めいっぱい伸ばす。

 緊張に包まれていたディエルナ使節団の面々もそのほほえましさに少しほぐれた。

 ヴァレリアも首を回して肩をほぐす。新市長として職務を全うする彼女だが、本来は活発な性格で、若いこともあって、こういう場はやはり苦手だ。


「これからまだ何かあるのか?」

「むしろ、ここからが本番だと思うわよ。すごい張り切って準備してたから。大変だったんだから」


 ルチアはあの忙しさを思い出すだけで疲れてくる。

 大広間の扉が開いて、銀の台車を押す一団が、怒涛の勢いで流れ込んでくる。先頭にいるのは、エプロンドレスを身にまとい、短い慎重を補うかのように長いコック帽をかぶった少女だ。


「ごはんができたよっ」


 額に汗したクラッシス・アウレアの料理長ヘレナが、とびきりの笑顔で叫ぶ。

 その声に、調印式の間、眠りこけていたバルガスが目を覚ます。


「おっ、この匂い、飯か? よっしゃ、酒はあるんだろうな。ジャンジャンもってこい」

「ああ、なんてはしたない。ギルドマスターともあろう人が、ディエルナの恥さらしです」


 ひときわ緊張していたミリナは青ざめた顔のまま、両手で顔を覆い、バルガスが、消去法的に冒険者ギルドのマスターの地位に収まった運命を呪った。

 調印式の厳粛な雰囲気とは違って、パーティは盛大に行われた。

 長机の上には、豪勢な肉料理や魚料理、色とりどりのサラダやデザートが、山のように並べられた。森で狩りをするなど自給自足の材料しか使えなかったが、ディエルナからありとあらゆる食材を運んできたおかげで、ヘレナはその腕を存分に振るうことができた。

 料理はどれも見た目、味、共に一級品で、そのこうばしい香りをかぐだけで満腹になってしまいそうだ。


「どれもこれもうめえ。一体、俺は今まで何を食っていたんだ。かぁ~この酒も絶品だな。ギルドのエールなんかもう飲めねえぞ」


 食い意地の張ったバルガスは、片手で料理を口に詰め込み、もう片方の手で持ったグラスに並々継がれた濃い葡萄酒でそれを胃袋に流し込んでいく。


「もう、これは止めても無駄ですね。よーし。今日は私も一杯食べよう。あ、おいしい」


 ミリナはさじを投げ、銀のフォークで、宝石のようなゼリーやケーキをつつく。彼女は大の甘党である。そのあまりのおいしさにバルガスのことなどどうでもよくなってしまった。

 この場には冒険者も多く参加しており、ティナやルチアもまだ冒険者気分が抜けないから自然、パーティはどんちゃん騒ぎになった。


「さあさあ、お待ちかね。ルーナ歌劇団のショータイムよ」


 場をさらに盛り上げるために、古代最高の踊り子の一人とうたわれたマギアマキナ、ルーナが、劇場から徴用されてきた軍団兵を集めて、即席のダンスを披露した。

 ルーナたちの恵体を見せつけるかのような露出の激しい衣装とチャクラムを操りながら、体をくねらせる煽情的な踊りだったが、即席というにはあまりに洗練されており、幻想的な踊りに誰もが引き込まれた。

 さらにはウルやガイウスたちも登場し、見事な剣舞を披露してさらに会場を沸かせた。

 大盛り上がりのパーティは、参加者たちが倒れるまで続いた。


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