第17話 小さな国
支度を整えたティナたちは乗馬し、広い甲板を駆け、ようやく食堂につく。
ベリサリウスとガイウスがティナたちを迎え、敬礼する。
「おはようございます。ティナ様」
「うん、みんな、おはよう」
ティナは少し恥ずかしそうに、ぎこちなく手を振って答え、席につく。
料理長ヘレナの指揮で調理担当のマギアマキナたちが、続々と料理を運んでくる。
朝食は、山で取れた食材をふんだんに使った料理だ。時間いっぱい、食材集めをできたので、肉だけでなくとれたての川魚や新鮮な森の果物まである。
「いっぱい食べてねっ」
「わ~おいしそう。ありがとう、ヘレナちゃん。みんなで食べよう」
「はい。畏れ多くもティナ様。手を離せないものもおりますゆえ、私どもだけ、ご相伴にあずからせていただきます」
「残念だけど、お仕事ならしょうがないね」
ティナはしゅんとした後に笑った。
故郷を失ってからルチアと二人きりだったティナにとって大勢の食事は懐かしく、楽しいものだ。
黄金の巨大戦艦クラッシス・アウレアとマギアマキナの軍団兵は、まだ目覚めたばかりだ。
にわかに、復活したこの巨大組織を維持していくにはとにかく時間も人手も足りず、軍団兵は方々で働いており、手が空いている者は少ない。
ベリサリウスたちも食事は手早く済ませ、今後のことを話し始めた。
「ティナ様。千年という時間が我々に与えた傷は深く、まことに情けない話ですが、帝国軍は、その存続に深刻な問題を抱えています」
「食材を買いに行きたいよっ。もっとおいしい料理を一杯作りたい」
ヘレナが身を乗り出して訴える。ティナの胃袋を守る彼女としてはいつまでも、皇帝であるにティナに山で取れた食材で作った料理を食べさせるわけには行かない。
「これでも十分おいしいよ」
ティナがヘレナの頭をなでると猫のようにゴロゴロと喜ぶ。
「船の修理に使う資材や我々の動力源である魔結晶もまるで足りていません。さすがに、こちらは森で入手するわけにはまいりません。このままでは私たちは半年後には機能を停止してしまいます」
「えっ! そんな……」
ティナの顔から血の気が引く、あの日の悪夢がよみがえる。
燃え盛る故郷、村人たちの断末魔、別れの時に見た母の顔。
彼女は大切な人や仲間を失うことにひどく臆病になっている。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。魔結晶ならすぐそばにあるわ。私たちが拠点にしている町、ディエルナに売っているわよ。当然食料もね。お金があれば、の話だけど」
ディエルナは森を抜けた先にある比較的大きな都市だ。
冒険者であるティナとルチアの活動拠点であり、住み慣れた町だ。大きな市場もあり、食材も魔結晶も豊富に取り扱っている。
「資金なら、潤沢とは言えませんが、宝物庫に金貨や銀貨が少しはあるはずです」
少しとベリサリウスは言うが、宝物庫には、古代帝国製の金貨や銀貨の山が二、三はある。
ティナとルチアが一生、贅沢の限りを尽くして、遊んで暮らしても、到底使いきれるものではない。
が、ベリサリウスたちの感覚は違う。
「ですが、軍備を拡張するにも、クラッシス・アウレアを完全に修理するにも到底足りません」
ベリサリウスは面目なさそうに肩を落とす。
いくら金貨銀貨があろうとも軍団やこの巨艦を維持するには、到底足りるものではない。ベリサリウスの金銭感覚からすれば、微々たるものだ。
「なーんだ。古代帝国の遺産って言っても大したことないのね」
ルチアが正しく事実を認識していたなら、その金銀をもって、ティナとさっさと船を降りていただろうが、ベリサリウスの発言を言葉通りに受け取ってしまった。
ベリサリウスたちが、資材を買い込んだ後に、事実を知り、ルチアは地団太を踏んで悔しがることになるのだが、それはまた別の話だ。
「ティナ様! ここはいっそディエルナを落としてしまうべきです」
鎧を着込み、完全武装の猛将ガイウスが吠える。
「ディエルナさえ解放できれば、税収もたちどころに増えるというもの。今すぐご下命くだされば、このガイウス、すぐさま兵を率いてディエルナを落としてご覧に入れましょうぞ」
「戦うってこと? それはダメだよ。戦になったら大勢の人が死んじゃうでしょ」
ティナは首を横に振る。
心優しいティナは争いを好まず、野心もない。
ましてや、家族を奪われる苦しみは身に染みている。他人に同じ思いをさせるなどティナには断じてできない。
「し、しかし……」
ガイウスはティナにあっさりと拒否されて小さくなってしまう。
「ガイウスにも一理あります。軍団のためにも足掛かりとなる拠点を早期に持つ必要があるでしょう」
ベリサリウスは言う。
「ディエルナと言えば、エルトリア帝国時代からある由緒正しき都市。大義名分は十分にあります」
ティナたちが今いる場所は、中規模都市ディエルナ近郊の森の奥だ。
ディエルナは今でこそ自由都市同盟という勢力に属するが、千年前にさかのぼれば、エルトリア帝国の都市である。
ベリサリウスからすれば、侵略ではなくただ返してもらうだけであり、本来ならば、剣を交える必要もない。無茶苦茶な要求だが、ティナが皇帝の末裔である以上、古代から続く戦争の論理では正統性があると言える。
「このまま、ここで、みんな一緒に、ひっそりと暮らすんじゃだめなのかな? 船やまだ眠っているみんなはゆっくり直していけばいいよ」
ティナは小さな声で主張する。
「両親の仇はどうするつもりなの?」
ルチアが問う。
ティナはそのために盗賊家業に身を染めてまで生きながらえてきたはずだ。ここで静かに暮らすことは両親の敵討ちをあきらめることと同じだ。
「確かにお母さまやお父さま、村のみんながなんで殺されなくちゃならなかったのか。真実も知りたい」
ティナはお嬢様気質で、のほほんとしているが、利発な子である。
本当は軍団兵たちを使って、今すぐにでも父と母の仇を見つけ出しで報いを受けさせてやりたい。そのためには、領地を拡大して力を蓄える必要があることを十分に認識している。
「でも、ベリサリウスたちやルチアが傷つくくらいなら、戦争になって何の関係もない人たちを巻き込むくらいなら、そんなことはするなってお母さまなら言うと思う」
それでも争いで自分を慕ってくれる家族を二度と失いたくはない。
「みんなが幸せに暮らせるようにする。それが皇帝の役目でしょ」
ティナは微笑を浮かべる。




