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第16話 着せ替え人形

「んーよく寝た」 

 

 心地よい朝の陽ざしに照らされて、ティナの黄金の髪が輝く。

 

「んんっ。お日様が気持ちいい。お日様?」

 

 ティナは伸びをしているとその違和感に気づく。

 肌触りのいい、花の香りがするネグリジェと体をやさしく包み込むふわふわのベッド。

 何日も洗っていない盗賊衣装で、寒空の下、固い地面の上で、野ざらしで眠る極貧生活とは、なにもかも違う。


「あれ、確か僕たち遺跡を探索して、ベリサリウスたちに会って。ごちそうをいっぱい食べて、それから……んん?」


 ティナは小首をかしげる。

 徐々に昨日のことを思い出し始めたが、途中からの記憶が全くない。


「なんだか。さっきまでの自分を見ているようで恥ずかしいわ」

 

 ルチアは思わず、目を覆う。

 

「あ、ルチア。おはよう。それにルーナと……ウルはどうしたの?」


 ティナは、電流を浴びて、髪がぼさぼさになったウルにぎょっとする。

 自分がやったとは、当然のように気づいていない。


「おはよう。ティナ様。覚えててくれたんだ」

「ティナ様が、私の名を……」


 ルーナは口角を緩ませ、ウルは地面に伏しながら、感涙に頬を濡らす。


「おはようじゃないわよ。あの揺れと轟音の中よくのんきに寝ていられたわね。まあ、寝ぼけて魔法使うぐらいだから当たり前か」

「僕が魔法を使ったの? もしかしてウルはそのせいで。ごめん。全く覚えがないや」


 ティナはウルの手を握り、魔法陣を展開すると、治癒魔法でウルの傷ついた体を修復していく。

 瞬く間に修復され、肌につやが戻っていくウルの姿に、ルーナは感嘆の息を漏らす。

 

「わあ、治癒魔法が効きにくいマギアマキナの傷が一瞬で」

「ぐふふ、ティナ様の手、小さくて暖かい、やわらかい」

「あんたは何だらしない顔してるのよ」


 ルーナは凛々しい顔をどろどろに溶かして、興奮するウルにけりを入れる。


「はい、これでもう大丈夫だよ。でも、こんなに気持ちよく寝たのは久しぶり。すっごく元気になったよ」


 ベッドからはい出したティナは軽く屈伸する。

 皇帝の居住空間は、ルチアが寝ていた船内の部屋とは異なり、常に少し浮いている。たとえ激しい戦闘中であってもゆったりと寝ていられるようにするための配慮だ。

 そのため、ティナがルチアと同じようにたたき起こされることはなかった。

 それに不思議と毎晩のように見ていた故郷から逃げ出す悪夢も見ていない。ベッドの質だけではない。この部屋で眠っていると母親と一緒に眠っていた幼少期を思い出すような安心感が、ティナが抱える緊張や不安を解きほぐしてくれた。


「盗賊の心得、その五」


 緩み切ったティナにルチアはあきれ顔で言う。


「つ、常に警戒を怠らないこと」


 ルチアオリジナルの盗賊の心得には、細かい日常のことから遺跡に行く心構えまで、様々な教訓を盛り込まれている。ティナは、ルチアと出会って盗賊家業を始めたころ最初に覚えさせられた。毎日のように口酸っぱく言われて、今では考えずとも、口から滑り出してくる。


「そうよ。まあ、今回ばっかりは、私もティナのこと言えないんだけどね」


 ルチアはすっかりごちそうを食い散らかした挙句、そのまま無防備に眠ってしまったことを思い出す。


「ティナ様は盗賊ではない。畏れ多くもエルトリア帝国の神聖にして不可侵なる皇帝にあらせられる。盗賊の心得など不要だ」


 いつのまにか仁王立ちしていたウルは不快感をあらわにする。

 国はなくとも彼女たちにとってティナは唯一無二の皇帝。大陸各地に点在する亡き帝国の遺跡を暴くような盗賊連中とは一緒にされては我慢ならない。


「盗賊の心得は長生きの秘訣よ。皇帝にだって使えるんだから」


 ルチアは胸を張る。ルチアは短いながらも、過酷な生活の中で身に着けた生き残る術に自信を持っている。


「そうそう、それに僕はまだ皇帝じゃなくて、盗賊だよ。だって皇帝は広い領地を持っていたり、国民に慕われていたりするものでしょ。今の僕は盗賊で十分」


 ティナは皇帝や帝国の復活にはさほど興味がない。

 

「国はなくとも、民はなくとも、私たちはティナ様の忠実なる臣下にございます」


 ウルは勢い良くその場でひざまずく。


「ありがとう。でも、湿っぽいのはなし、ね。これは僕の心得。あーあ、おなかすいちゃった。まだ干し肉あったかな?」


 ティナはすきっ腹をさする。


「朝ごはんなら、もうヘレナが準備しているわ。干し肉よりとびきり豪華なものをね」

「あ、そっか。またあのおいしいご飯が食べられるんだ」

 

 ウルの指摘に、ティナは頭をかく。


「こんな豪華な寝室で寝てて、干し肉って。ティナにも盗賊家業が染みついちゃってるわね。泣きべそばっかりのお嬢様だったのに」

「えへへ。ルチアが厳しすぎたせいだよ」


 ルチアは出会ったばかりのティナを思い出す。

 黄金の瞳は光を失っていた。体中傷だらけで、服も焼け焦げていた。

 なんとか生きていこうと今までの穏やかな生活と正反対のつらく厳しい盗賊家業に身を染めた。最初のころ、いつも陰でティナが、泣いていたことをルチアは知っている。それでも必死に明るく振舞いルチアについていったティナは昔からたくましかったのかもしれない。


「その前に、服を着替えなきゃね。まさか皇帝陛下をそんな恰好で出すわけにはいかないでしょ」


 ルーナはティナを見る。髪はぼさぼさでネグリジェを着たままだ。まさか皇帝が寝間着姿でその身をさらすわけにはいかない。


「準備はばっちりできてるわ」


 ルーナはどこからともなく、右手には櫛を、左手には服を取り出す。服はどれもこの船に積んであったドレスからルーナが見繕っておいたものだ。


「そうだな」


 ウルも同意し、手を二回たたく。

 すると表で控えていたメイドマギアマキナ二人が入ってきて手際よくティナの髪を梳かし、着替えさせていく。

 まずは漆黒のシックなドレス。皇帝にふさわしい威厳を醸し出している。それに黒地にティナの金髪金眼は良く映える。


「次はこっち」


 今度は、ふわふわのフリルで装飾された白を基調としたドレス。ティナの容姿もあって天使のようで、神秘的だ。


「さすがは元お嬢様。なんでも着こなすわね」

「うちの村は貧乏で、僕に合うサイズのドレスなんてなかったから、こんなすてきなのは着たことないよ」


 着せ替え人形状態のティナは目を回している。

 ドレスはどれも千年たっても色あせない特殊な技術で編みこまれた一級品で、並みの貴族でも触ることができない逸品だ。

 ティナは質素な村娘のような服ばかり好んで着ていたので、着るだけで肩が凝ってしまう。


「これもいいんじゃない」

「いや、露出が多すぎる。こっちのもっと清楚ほうが、ティナ様によく似合う」

「えーもっと背中もおなかも出した方が可愛いのに、ティナ様って肌きれいだし」

「むむむ、確かにそれも最高だ」


 ヒートアップしてきたルーナとウルは、あれやこれやと服を用意している。

 ティナは、二人をしり目に、そそくさといつもの革鎧に着替え始めた。


「お、お持ちください。ティナ様。そのようなお召し物では……」


 ウルが必死に止める。暗に小汚い革鎧は皇帝にふさわしくないと訴えている。


「どれも可愛いけど。こっちの方が動きやすいでしょ」

 

 ティナは軽く飛んだり跳ねたりして見せる。ゆったりとしたドレスと違い、体の各部分を守るだけの革鎧は伸縮性に富み、可動性が高い。


「あらら、もったいない。せっかくいいドレスが着られるのに」


 そう言いつつもルチアは嬉しそうだ。


「みんなには悪いけど、やっぱりこれだね。初めて作った服で、思い出がいっぱい詰まっているからさ」


 既製品の服を着るのは一部の上流階級だけ、庶民は材料を買ってきて自分で手作りするのが普通だ。

 一文無しになったティナは大切にしてきた黄金の髪を売りわずかばかりの金銭を得た。そのお金で買い集めた材料で一針一針丁寧に縫ってこの革鎧を作った。


「そ、それは大変失礼いたしました」


 慌てたウルは深々と頭を下げる。使い古された革鎧であっても、皇帝の御手製とあれば、ウルたち親衛隊にとっては、国宝級の代物だ。 

 帝国軍で製造されたマギアマキナたちに刻み込まれた皇帝崇拝が、革鎧に万金の値を付けた。もちろん、ティナにとってもどんな宝石より価値のある思い出の品だ。


「ま、少し残念だけど、ティナ様の可愛さなら何着ても可愛いし、オッケーなんじゃない。盗賊風なんて流行るかも」


 ルーナはすでに自分もティナとお揃いにしようか考え始めていた。

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