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第15話 紅き近衛の本性

「ティナ。もう、朝よ。起きなさい」

「ルチア様っ!」

「あんまり甘やかしているとダメダメな皇帝になっちゃうわよ」

 

 ルチアは、メイドの制止を振り切り、扉を開く。


「ルチアの言う通り。それにティナ様はこんなことで怒ったりしないでしょ」


 ルーナもルチアについていく。

 観念したのかメイドたちも引き下がる。

 どうやらティナはまだ寝ているようだ。静かな寝室にスースーと可愛らしい寝息が聞こえる。

 ルチアが、天幕を開ける。


「ウ、ウル。なっ、なにやってんの」

「同性のマギアマキナなら安全じゃなかったの……」


 ルーナとルチアは顔を引きつらせる。

 ベッドの脇には、親衛隊を統括するウルがいる。何か様子がおかしい。

 長い炎髪を振り乱し、ティナの小さなおなかに顔を埋め、盛んに鼻から息を吸ったり吐いたりしている。

 何者かの出現に気付いたのかもう一度大きく深呼吸すると顔をあげ、髪の毛を指で梳き、服の乱れを整えると何事もなかったように


「ルーナにルチアか。ティア様はご就寝中だ。静かにしろ」


 といつもの怜悧な表情で泰然自若としている。


「いやいや、なにスルーしようとしてるの。おかしいでしょ。今何してたの?」


 ルチアがウルの変態的行動を問い詰める。

 ティナのおなかに顔を埋めるウルの行動。やましい感情から出たに違いない。


「? ああ、あれはティナ様のお体に問題がないかチェックしていただけだ。決してやましいところなどない。なにせ私はマギアマキナだからな」

 

 ウルはいつになく饒舌に答える。


「まともな方だと思ってたのに、マギアマキナってこんなのばっかなの」

「私も予想外。眠る前に会ったときは、もっと、まともだったと思うんだけど、こんな変態だったなんて」


 実はルーナもマギアマキナたちの性格には驚いている。

 エルのように怠惰であったり、ヘレナのように子供っぽかったりとアクが強い。そして誰しもが、ルーナのように自分が一番まともだと思っているから始末が悪い。

 マギアマキナたちは眠りにつく前に少し顔を合わせた程度で、実質的には初対面だったので無理もない。


「でも、とりあえず、このことはベリサリウスに報告ね」

「ま、待て。ルーナ。ティナ様に嫌われてしまえば私は……」


 ウルがルーナに縋りつこうとすると、おもむろにティナの手が伸び、ウルの手を掴んだ。

 意識はない。寝ぼけているようだ。

 

「ティナ様……」

「むにゃむにゃ」


 ウルが顔を赤らめうっとりと顔を緩めたのも、つかの間、ティナから大量の魔力が、あふれ出し、バチバチと体が帯電し始める。

 

「伏せて!」

 

 ルーナは危険を察知し、ルチアの頭を掴んで、地面に伏せる。

 次の瞬間、魔力は雷撃となって轟いた。

 雷撃はルチアとルーナの頭上を通過し、四散。天井や調度品を破壊する。


「あばばばばば!」


 握った手からウルにも電流がほとばしる。

 複雑かつ精密なウルの回路は痛めつけられ、ウルは煙を吐きながら、昏倒する。 

 床に倒れ、ぴくぴくと痙攣する哀れなウル。

 轟音に気づいて、飛び込んできたメイドたちが、ウルに呼びかけるが、返事はない。

 ルーナは


「天罰ね」


 とつぶやき、祈るように手を組んだ。 


「一体、何が起こったの?」

「あれはティナ様の魔法だと思う。建国帝ロムルス・レクスと同じ雷の魔法だし。制御できてないみたいだけど、ウルを一撃で倒すなんてさすがはティナ様ね」


 ルーナはうなずき感心する。

 ウルは基礎設計から軍事用に作られた最新鋭――千年以上前の話だが――のモデルで軍団長の中では特に高性能で頑丈だ。

 油断があったとはいえ、そのウルを一撃で機能停止に追い込むほどの魔法をティナは使った。

 

「私もひどい目にあったけど、そんな物騒な魔法を寝ぼけて使うなんて、火のついた爆弾が、眠っているようなものね」


 ルチアは、火だるまになりそうになった挙句、ずぶぬれにされたことを思い出し、苦々しい顔をする。


「ティナは雷の魔法なんて使えたかしら?」

「それが帝国宝珠の力。なんでもありよ」

 

 ルーナが言う。

 ティナは生活に便利な発火や水生成の初歩的な魔法と回復魔法しか使えなかったはずだ。

 どうやらティナが、寝ている間も外さない母の形見のペンダントの仕業らしい。

 ペンダントもとい帝国宝珠マテル・パトリアエは、この遺跡に来たことで千年の眠りから覚めた。

 覚醒した帝国宝珠は、ティナに途方もない魔力を与えたが、ティナはその制御が全くできていない。 

 寝ている間に強力な魔法を使われては、今度はずぶぬれでは済まないかもしれない。

 ティナは当分、魔法の特訓に励む必要があるだろう。


「はぁ、あんたも大変ね。幸せそうな顔で寝ちゃって」


 ルチアはティナの寝顔を眺める。

 ティナは大魔法を使い危うくウルを黒焦げになるところだったが、まるで気にしていないというより気づいていない。大の字で、緩み切った顔で心地よさそうに眠っている。

 悪夢を見て、うなされることが多いティナにはめったにない安眠だ。

 

「今日ぐらい、もう少し寝かせてもいいか」

 

 ルチアとマギアマキナたちは、静かにティナの寝顔を眺め続けた。

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