75-T 緊急会議
ユリウスも王妃様も狙われた今、王宮は危険だ。寧ろ我がセイレンベルク公爵家の屋敷の方が安全かもしれない。そこで、シリウス殿下、クラウス殿下をアイリーナ、レオンハルトと一緒に家に避難させようと考えた。
「リーナ、頼んだよ」
心配そうに僕を見つめてくるアイリーナに、王子殿下達の事を任せる。正直、アイリーナやレオンハルト、シリウス殿下は王宮にいても大丈夫だろう。やって来る刺客くらい、難なく倒せそうだ。
それでも背後にインヴェノ帝国がいるのなら、事は国際問題に発展する。ややこしい条約やら外交やらは、彼らにはまだ早かった。幾らしっかり者で強くとも、まだ十四歳。このような緊急事態に関わるには幼すぎた。
馬車を見送ると、僕の執務室に向かう。その途中で大勢の騎士とすれ違った。皆いつでも剣を抜けるように気を張っている。
やっと執務室に着くと、頼んだ通りカリオン様が侵入者を捕らえていた。
「カリオン様、守ってくださりありがとうございます」
「いや、良いんだ。それより、そっちはどうだった?」
「それが……案の定狙われました。お二方共に。陛下は難なく退けられましたが、王妃様は……」
そこで一旦言葉を切った。あれは危なかった。説明しながらも侵入者を観察する。その服に陛下の執務室に来た男と同じモノグラムが見つかった。
「王妃様がどうした。まさか……?」
「いえ、ギリギリでしたが間に合いました。今は陛下に連れられてお休みになられてます」
「そうか……良かった」
ほうと息をついたカリオン様。そこに騎士が二人来た。
「宰相様、侵入者を捕らえに参りました」
「『攪乱解除』」
今回の事もあって、どうしても疑ってしまう。間違いなく本物だと確認してから、侵入者を引き渡した。
「すまない、どうも疑り深くなってしまった」
「いえ、構いませんよ。このような事がありましたから。それでは失礼します」
騎士は侵入者を引き連れて去っていった。息をつく間もなく『伝鳥』が飛んでくる。一つはユリウスからで、王妃様が落ち着いたら謁見の間で緊急会議を開く事にした事。
もう一つはジュレハントからで、執務室に侵入者が現れたが、引き渡した後の対処をどうすれば良いかという事。
最後の一つはディルクーフェンからで、騎士が捕らえた侵入者は合計八人だった事と、それぞれを別にして牢屋に入れているという事。
聞いていて混乱してきた。一人一人に返事するより、面と向かって話した方が良いと思い、全員に謁見の間で待つと返した。
暫くして、僕とジュレハント、ディルクーフェンと人事大臣のマグラドア侯爵、そして財政大臣のアスピシャン侯爵が揃った謁見の間に、ユリウスが現れた。
「待たせてすまない。さて、会議を始めよう。まずは被害の確認だな」
玉座に座ったユリウスは、すっかり国王の顔をしていた。僕がユリウスが凄いと思う所は、この完璧なまでの切り替えだ。先程まで遊んでいたとは微塵も感じさせない態度は流石に生まれた時から王太子なだけあると思う。
その場にいる人と素早く目を合わせ、代表で僕が被害を報告する。
「はい、被害ですが、陛下、王妃様、宰相、魔導師長、騎士団長、人事大臣、財政大臣の執務室への侵入及び侵入未遂。さらに陛下及び王妃様の暗殺未遂でございます」
「侵入者共はどうした」
これにはディルクーフェンが答える。
「別々に牢屋に入れております」
「分かった。して、宰相。確か『インヴェノ帝国が動き出した』と申したな。根拠は何だ」
答えようと口を開いた瞬間、視界の端に違和感を感じた。思わずその方向を見る。そこには、不自然な程に取り乱したマグラドア侯爵がいた。
確かにマグラドア侯爵は王妃様の実の兄ではあるが、僕が被害を報告した時にはここまで狼狽えていなかった。流石に不信感を持ったか、ユリウスもそこに目を向ける。
「どうした人事大臣、いや、マグラドア侯爵。何かあるのか?」
「い……いや……何でも……ございません…」
「何か隠しているのか?」
「……………」
マグラドア侯爵は誰かに助けを求めるように辺りを見回した後俯いた。やがて彼は膝を折った。
「……申し訳……ございません…でした………!」
「何がだ。申してみよ」
「……此度の件、私が……侵入者共を…手引きしました」
場が騒然となる。ここにいる五人は、皆アイルクス王国に、王家に、特に忠誠を誓った者達。だからこそ俄には信じられなかった。
「なっ……陛下を、王妃様を、危険に晒したというのか!?」
詰めよろうとするディルクーフェンをユリウスが制した。
「待て。……マグラドア侯爵、なぜこのような事をした」
「実は……私の子供二人が……人質に……」
マグラドア侯爵の子供といえば、確か六歳の男の子と四歳の女の子。三十代に入ってから生まれた子という事もあってか、相当溺愛している。
「……此度の件……上手く行けば……子供を返すと……。その後……死ぬつもりでした……」
「事情は分かった」
ユリウスが重々しく言う。
「此度の件、反逆罪で死刑となってもおかしくない。だが、そなたは王妃の兄。さらに、脅された結果の事。そこで…」
マグラドア侯爵を見据えた。
「私からの処罰は、侯爵位を剥奪して伯爵位とし、それに伴って領地を取りあげる。加えて、大臣辞職と王妃への謝罪とする」
それはまた随分と軽い処罰だ。言われた当人も含め、ユリウス以外全員が唖然とした。
「へ、陛下、それは幾ら何でも軽すぎます」
「此度の件だけ見ればな。だが、今までの仕事ぶり、王妃の生家である事、自ら死ぬと言い切ったその覚悟、全てを鑑みた結果だ」
それを言われれば反論の余地はない。マグラドア侯爵の働きぶりは正しく大臣の鑑で、誰もが彼を信頼していた。
「とりあえず、マグラドア侯爵の子供二人を探さなくては」
「それが……失敗すれば命はない……と……」
一気に重苦しくなった謁見の間に、一羽の伝鳥が飛んできた。誰もが突然の来訪者を見つめる中、それは迷いなく僕の方に来て、こんな時にと訝しがる僕の手にとまった。
『お父様、お忙しい所ごめんなさい。重要な事だと思いましたので報告致します』
頭の中にアイリーナの声が響く。そしてそれは、確かに今重要な事だった。
『先程王都にて、捕らわれていたマグラドア侯爵家の子供二人、ミラルドとミシェラを保護致しました。その場にいた実行犯は王都警備隊が取り押さえ、連行しました』
淡々と告げるアイリーナの声。僕は思わず微笑みそうになったが、良く考えればどうしてアイリーナが保護する事になったんだ?また何かやったのか?
案の定アイリーナの話はまだ終わらなかった。それどころか、より重大な事が語られた。
『……報告はこれで全てです。お仕事頑張ってください』
アイリーナの報告が終わると、僕は頭を押さえていた。アイリーナのしたであろう行動もそうだが、それよりも報告の内容がとんでもなかった。
「宰相、何か新しい事が分かったのか?」
「…はい。ちょうど今悩んでいた事についてです」
ユリウスに答えながら僕はマグラドア侯爵の方を向いた。
「マグラドア侯爵家の子供二人、ミラルド坊とミシェラ嬢は無事に保護されたそうです」
周りから安堵のため息が漏れる。今まで張っていた全員の緊張の糸が緩んだ。視線の先で俯いていたマグラドア侯爵は、僕の言葉にはっと顔を上げた。
「それは……本当に…?」
「ああ、間違いないだろう」
「ああ、良かった……あの子達を助けてくれた……一体誰が……?」
安心したのか涙を流しながら呟くマグラドア侯爵。さらに、ユリウスも聞いてくる。
「なあテオドール、その顔からしてまだ何かあるんだろう?」
ユリウスも国王の顔ながら友として語りかけてくる。流石に良く分かっている。僕は頷いた。ただ、これから言う内容が内容だけに、僕はそこまで安心できなかった。
「はい。彼らを助け出した娘によれば――――」
アイリーナから聞いた事をそのまま告げれば、再び騒然となった。




