73-I 王都の闇
そんな、少し目を離した隙にいなくなってしまうなんて。というか、いつ手を離したのかしら。ずっと手を繋いでいたと思っていたのに。
「…………なるほどな」
シリウスが呟いた。そして馬車のドアを開けてわたしの手を掴んだ。
「リリー、帰るよ。ここは危ない」
「でも……」
お父様にシリウス達の事を頼まれた。王宮は危ないからと言って追い出された。本当は王都に寄るはずではなかった。もちろん最優先なのはシリウスとクラウス殿下の無事。だけど、フィナの喜んだ顔が頭に浮かぶ。
『今度、みんなと遊んで?』
「リリー?」
「………」
わたしが今やらなくてはいけない事は、シリウス達をセイレンベルク公爵家に送り届ける事。しかし、だからといってフィナを見捨てる事は出来そうになかった。
不幸中の幸いか、フィナには微かにわたしの魔力がついている。その痕跡を追う事にした。
「……やっぱり、探してくるわ」
「えっ、ちょっリリー!」
シリウスの手を振りほどいて駆け出す。振り向きざまに叫んだ。
「先に行って!」
馬車のドアが閉じられ、ゆっくりと進み出す音がした。わたしはもう振り向きもせず、ひたすらに走った。
早くしないと、魔力が消えてしまう。ただ、フィナが向かっているらしい場所には見当がついた。真っ直ぐ向かっているのは、広場。そして、その辺りで魔力が消えてしまった。
「しろねこ姫様!」
「姫様、どうしました!?」
あまり時間もないのに、街の人々に道を遮られそうになる。わざとやっているわけではない事が分かるだけに、あまり強く言う事は出来なかった。そんな中、ある女性が声をかけてきた。
「姫様、少し休んだ方が良いですよ。あの人みたいに倒れちゃう」
「あの人……旦那様ですか?」
「そう、子供を探して倒れたんだよ」
その言葉に立ち止まった。子供を探して………何か関係がありそうだわ。
「……もしかして、最近よく子供がいなくなったりします?」
「そうだよ、だから子供はあまり外に出さないんだよ」
言われて改めて辺りを見回すと、確かに子供の姿はなかった。だとすれば、今起こっているのは………
「……行かなきゃ」
「もうですか?」
「ええ」
軽く会釈すると、再び駆け出した。すぐに人目のつかない所に入る。
「『変身』」
ソーア様に教わってからずっと練習していたわたしの夢、まさかここで使う事になるとは思ってなかったわ。
ともかく、猫になって広場を目指す。フィナから送られてきた光景、友達が連れ去られた所を探す。猫の目線だという事も鑑みて、とある路地裏に目をつけた。
猫の視線、こういう時に便利だわ。そこには、路地裏だというのにたくさんの人が通った跡があった。上から見ていたらきっと気づかないくらいの物だったけど、間違いないわ。
その路地裏を少し進んだ所で、いきなり目の前の壁が開いた。そこから男が二人出てくる。
「……で、次はどうする?」
「出来ればパンの方が良いが、米も二、三人は欲しいよな」
「そうだな」
そこは壁に見せかけたドアだったようで、中から微かなわたしの魔力が感じられた。それに気づくやいなやドアが閉じられる前にそこに飛び込んだ。
「……今何か通らなかったか?」
「気のせいだろ」
わたしの後ろでドアが閉じられる。目の前には下に向かう階段があり、見る限り灯りはなかった。わたしは今猫の目だから真っ暗でも結構見えるけれど、普通の人は何も見えないだろう。特に子供なら、怖がって逃げられないに違いない。
階段を降りながら魔力の流れに意識を向ける。外からは分からなかった。だけどここには、確実に魔力持ちが五、六人程いる。
なぜ分かるかというと。自然の魔力と人が持つ魔力が違うように、人によって魔力が違う。何というか、濃さが違うとでも言えば良いのかしら、僅かに違うそれを、陛下のいたずらの時によりはっきりと見分けられるようになったのよ。
わたしの魔力も感じられた。その方向、恐らく同じ場所には魔力持ちが三人いるわ。とりあえずその方向に向かう。
辿り着いた部屋の前には、見張りが二人立っていた。部屋の前には灯りがついていて、片方は剣を持っていた。もう片方は何も持っていないけれど、地属性だわ。見つかっても面倒だし、無力化しましょう。
角の暗がりで『変身』を解除して、そこから『麻痺』を撃った。普通の威力ではせいぜい動きにくくするだけの魔術だけど、威力を上げれば金縛りみたいにする事も出来るわ。
見張りを二人とも倒してしまうと、部屋の中に入る。地属性の方がどこかに魔力を放ったけれど、それどころではなく。わたしは部屋の中の様子に気を取られていた。
「ひ、ひめさま……?」
「そんなわけ……」
「……俺らを、助けてくれるの…?」
そこには、フィナと、フィナと同じくらいの子供が十数人捕まっていた。皆縛られて、体を傷つけられていた。わたしに気がついた子が縋るように見つめてくる。その子の言葉で皆がわたしを見つめてきた。わたしを見るたくさんの瞳には強い怯えと、僅かな輝きがあった。
「皆、ちょっと動かないでね。『風刃』」
安心させようと微笑む。そして素早く、傷つけないように皆を縛っていた縄を切る。すると、あっという間に囲まれてしまった。
「うわぁぁん、怖かったぁ!」
「お、お家に、帰りたい……」
「うわ、み、皆、落ち着いて?」
手を引っ張られてしゃがみ込む。すると、目の前にはフィナがいた。
「姫様、ごめんね。勝手にいなくなって」
「ううん、良いのよ。無事で良かったわ」
そっと頭を撫でると、フィナの瞳から涙が零れ落ちた。そうよね、こんな所に連れてこられて怖くないわけないわ。他の子達もそう、皆瞳を潤ませている。
「怖かったよね、もう大丈夫よ」
落ち着かせながら一人ずつ頭を撫でていく。捕まっていた十数人の子供達のうち、ほとんどは普通の子だったけど、二人だけ魔力を持っていた。
「姫様、ありがとう」
「……ミシェ、こわかった………」
男の子に縋りつく女の子。二人とも茶髪ではあったけれど、揃って綺麗な青い目をしていた。
「名前、何て言うの?」
「オレはミラルド。それと、妹のミシェラです」
「ひめさまは?なんていうの?」
「わたしはアイリーナよ」
しかし、そんなほのぼのした空気は次の瞬間に弾け飛んだ。わたしがその気配に気づいた時には、既に相手は部屋の前にいた。
「…これは、どういう事かなあ?」
ねっとりとした、寒気がするような声。それを聞いた途端に、子供達は振り向いて身体を震わせ、一層強くわたしにしがみついた。そのおかげか、座っているわたしはあまり目立ってはいなかった。
「何で縄が切れてるのかなあ!?」
怒鳴り散らす訪問者の男は、その後ろにいた二人と共に目を輝かせた。
「物分かりが悪い子には、お仕置きだなあ!『水刃』!」
「「『突風』」」
風で勢いを増した水の刃が、子供達に囲まれて動けないわたしの方に十数個飛んできた。




