57-I 第二王子の呪い
陛下に連れられて執務室を出る。侍女も執事もつけず、陛下はわたしとシリウスだけ連れて、わたし達が来た方向とは逆に歩き出した。
進むにつれて人通りが少なくなり、ついに誰もいなくなった。それと共に全身にひしひしと伝わってくる不快感。王宮の中で、わたし達が向かっている方向だけが暗く、黒い靄がかかっているように見える。
これが、呪いの力………光属性持ちならある程度の耐性はあるはずなのに、それすら上回る強力な呪いだわ。
「……大丈夫か?」
知らないうちに立ち止まってしまったわたしに、陛下が振り向く。その瞳には心配と不安の色が浮かんでいた。誰への心配かなど、考えるまでもない。
「……大丈夫です、境遇が違うとはいえ、同じ被害者ですから。ここで立ち止まるわけにはいきませんわ」
半分は陛下への答え、もう半分は自分への励まし。そう、これはわたしと第二王子様の共通点。だからこそわたしは逃げてはいけない。同じような目に遭ったわたしが逃げてしまえば、一体誰が真に第二王子様と向き合えるだろうか。
それに、わたしは光属性持ち。その上相当な魔力量を有している。陛下は恐らく、わたしが呪いを解く事まで期待しているのだろう。なら、わたしはその期待に応えるわ!
強い意志を持って一歩踏み出す。身体に纏わりつく不快感を払うように首を振った。シリウスがわたしの頭に手を載せて真っ直ぐ見つめてきた。
「リリー、無理しないで良いんだよ」
「大丈夫、大丈夫よ」
困ったように陛下を見るシリウス。陛下は一つ頷いた。
「………ならば進むが、辛くなったら言ってくれ」
「分かりました」
そうしてわたし達はより暗い方に歩を進めた。
「そこが私の休憩室で、クラウスが待っている」
陛下が指し示したドアからは、濃い黒い靄が漏れだしている。わたしは気を引きしめた。ここまで来たのよ、逃げてたまりますか!
「入るぞ」
陛下がドアを叩いて到着を知らせる。そしてゆっくりとドアを開けた。陛下、シリウスに続いて部屋に入る。豪華なシャンデリアに本棚、銀色のカーペット。
そして、ソファの前で陛下を見つめる、くすんだ灰色の髪の、頬に焼け爛れた跡がある男の子。こんな状況にも関わらず、わたしの脳裏にはある光景が蘇る。
ここ、魔力測定の時にゲオルグ様方と初めてお会いした部屋だわ。
「待たせたな。クラウス、連れてきたぞ。シリウスの婚約者、アイリーナだ。アイリーナ、これが私の次男、クラウスだ」
陛下がお互いを紹介する。それを受けて、クラウス殿下がお辞儀した。
「初めまして、アイルクス王国第二王子、クラウス·サン·アイルクスです」
「お初にお目にかかります、セイレンベルク公爵家長女、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと申します」
スカートを軽く持ち、顔を伏せ膝を曲げる。正式な礼で自己紹介すると、顔を上げた。クラウス殿下の薄緑の瞳がじっと見つめてきていた。その瞳を見た途端、強烈な不快感が襲ってきた。思わず一歩退きそうになって何とかその場に留まる。
改めてクラウス殿下を見ると、その瞳から僅かに見えた輝きが消え、だんだん俯いていく。その両手はしっかり握りしめられていた。
やってしまった。傷つけてしまった。このままじゃ駄目だ、わたしが慰めないと。わたしが謝らないと。
悲しそうな、寂しそうなクラウス殿下の姿を見て、感じていた不快感も気にならなくなる。それ以上に、嘗ての自分と似ていると感じた。毎日のように悪夢を見ていた、セイレンベルク公爵領にいた頃のわたしと同じ。
わたしはクラウス殿下に歩み寄る。俯いて静かに泣いているクラウス殿下は、初めて会った時のシリウスとそっくりで、あの時と同じように左手をクラウス殿下の頬に当てた。カサカサで冷たい頬、流れ落ちる涙。触れた瞬間ビクリと震えたクラウス殿下に謝った。
「傷つけてしまったみたいで、ごめんなさい」
その声にゆっくりと顔を上げたクラウス殿下は、わたしを見て驚きの声を上げた。
「そ、んな、どうして……」
「貴方は何も悪くありませんわ。それなのに見捨てて逃げる事なんて出来ませんわ」
少し身を屈めて視線を合わせ、涙を拭う。その瞳を見つめても、先程のような不快感は感じない。不安と疑問、驚愕が入り交じったその表情は、本当にシリウスそっくりだわ。
「……実は、シリウス様も、わたしが初めてお会いした時はこうして泣いていたんですよ」
こっそり打ち明けるように話すと、クラウス殿下が目を大きく見開いた。そう、最近シリウスと、出会った頃の話をすると、恥ずかしそうに止めてくれと言われるのよ。だからこの話をした事はシリウスには内緒。
目の前のクラウス殿下は、暫く信じられなさそうにしていたけれど、それまでこびりついていた不安が少し解れたように小さく笑った。それを見て安心する。そしてそれと共に、この呪いを解く事を決意した。
王宮から馬車で久しぶりの我が家、セイレンベルク公爵家の屋敷に帰る。玄関ドアを開けると、笑顔で、お父様、お母様、レオンハルト、レイチェルが勢揃いしていた。
「「おかえり、リーナ」」
「おかえりなさいリナ姉様」
「お姉様、おかえりなさい」
「ただいま」
順に抱きしめられる。一年ぶりの家族の温もり、本当に安心するわ。
食堂に移動して皆で夕食を食べる。学院の食事も美味しいけれど、やっぱり家の料理は格別だわ。食事に満足した所で、お父様に呼ばれた。
お父様の部屋に入ると、ソファに座るよう言われた。腰かけてお父様を見る。
「帰ってきてすぐの所悪いんだが、リーナに婚約の申し込みがたくさん来ているんだ。その中に王家からのものもあって……」
「お父様」
思わず遮ってしまった。申し込みがたくさんあった事は驚く事でもない。それだけセイレンベルク公爵家との繋がりを求める貴族が多いという事だろう。王家からの正式な申し込み、これも政略。それを分かった上で、わたしはシリウスの申し入れを受けたのだから。
「王家からの話、お受けします」
「……良いのか?何なら断っても良いが」
そんな事が出来ないのも分かっている。セイレンベルク公爵家は、貴族の中でも地位も権力もある。そんな家が王家からの婚約を断れば、王家もセイレンベルク公爵家もそれなりに信用を失ってしまうだろう。それに、わたしにはちゃんと選ぶ権利はあった。わたしは首を振る。
「大丈夫ですわ、お父様。それに、今日その事で王宮に呼ばれましたわ」
「………行動が速い………全くユリウスめ………」
頭を抱えたお父様。暫く何か呟いていたけれど、そういえばと顔を上げた。
「明日はデビュタントのドレスの採寸があるから、準備しておいてくれ」
「はいお父様」
頷くとお父様がそっと撫でてくれる。
「学院はどうだ?」
「はい、とても楽しいですわ」
「そうか、良かった。昨年のような事があれば、僕に言ってくれ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です、そんな事はされていませんわ」
笑顔でお父様に言えば、お父様も安心したように微笑んだ。そっと抱きしめられる。暫くその温もりに甘えていた。




