56-I 国王の悩み
その後呼びに来た執事について、国王陛下の待っている場に向かう。魔術のレッスンで王宮に来る度に通った道を通り、庭園の横を通り過ぎる。
ここでシリウスやノエル、ディランと一緒に、ゲオルグ様に花の種類を教えてもらった事があった。
また、アイリスは初めはずっと一緒に行動して、レッスンにもついてきていたけれど、半年程経った頃からレッスン中は庭園で遊ぶようになった。そこでレッスン終わりにアイリスを呼びに来たついでに、ここでかくれんぼした事もあった。
アレックスと出会ったのもここ。アレックスは庭園の真ん中にある大きな木の下にいたわね。
歩きながら思い出に耽っていると、知らない道に入った。慣れ親しんだ風景でなくなって少しずつ緊張してくる。それでもマナーとして、振る舞いや表情には出さないようにしていた。そんな中、横を歩いていたシリウスがそっと腕に触れてきた。
「大丈夫、僕がいるから、緊張しないで?」
囁かれた言葉に驚いた。これでもマナーは徹底的に鍛えられた。公爵令嬢として、何があっても優雅に佇む事をフランジーナ先生に散々叩き込まれた。何度も繰り返し練習して、やっとの事でフランジーナ先生に認められた最高傑作。それなのに、シリウスに見破られてしまうなんて。
その動揺と、触れているシリウスの手の温もりで、気がつけば緊張が解けていた。わたしはシリウスにエスコートされるままに進んだ。初めて行く場所でも、無駄に緊張する事なく歩けるのは、きっとシリウスのおかげね。
暫くしてあるドアの前で立ち止まる。硬い雰囲気のするそこは、陛下の執務室だという。
「陛下、お連れ致しました」
執事がわたし達の到着を知らせる。中から入れと聞こえて、シリウスと二人でドアの前に立つ。大きく深呼吸して心を落ち着かせると、失礼しますと言ってドアを開けた。
シリウスと同じ銀髪の陛下は奥の机の後ろに座っていた。机は書類で埋め尽くされていて、陛下も書類を手にしていた。その横に深い青色の髪に、緑の瞳をした美しい女性が立っていた。わたし達は入室すると礼をした。
「ただ今参りました」
「ああ、そんなに畏まらなくて良い」
その言葉に揃って顔を上げると、陛下が立ち上がる。その蒼い瞳で真剣に見つめてきた。
「顔を上げて良いとは言ってないぞ?」
「…………!」
確かに、畏まらなくて良いという言葉を勝手に、顔を上げて良いと解釈してしまった。慌てて、だけどそれを悟らせないように頭を下げる。
「申し訳ありません」
「ち、父上!?」
一方でシリウスは唖然として固まってしまっていた。
「……冗談だ。顔を上げなさい。改めて、アイルクス王国国王、ユリウス·サン·アイルクスだ」
「王妃のマリアですわ」
次にどんな言葉が来るのか緊張して待っていたので、冗談だと聞いて一気に安心した。再び顔を上げたわたしに陛下と王妃様が挨拶してきたので、わたしもスカートを持って挨拶する。
「お初にお目にかかります、セイレンベルク公爵家長女、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと申します。先程は失礼致しました」
「いや、こちらこそ試して悪かったな」
うっすらと微笑みを浮かべてわたしを見た後、シリウスに向き直る。それにしても、試すって何かしら?
「父上、なぜあのような…」
「シリウス」
シリウスが文句を言いかけたのを陛下が遮った。そしてそのまま真顔でシリウスを注意する。
「将来この国を背負う人間が、これぐらいで動揺するな。一体今まで何を学んできたんだ。アイリーナでさえ動揺を見せずに対応したというのに、お前が動揺してどうする」
「………」
厳しい言い方でシリウスに忠告する陛下に、シリウスは黙り込んでしまった。わたしは見守る事しか出来ない。というか、先程わたしに話しかけていた人とは思えない陛下の変わりように驚いて何も言えなかった。
一方、王妃様はわたしのドレスを見て嬉しそうに声を上げた。
「まあ、そのドレス、私の持っていた物ね?とても似合っているわ!」
「ありがとうございます」
「そうだわ、それ貴女にあげます。貴女が着てらした方が、ドレスも幸せだわ」
「良いのですか?」
「もちろんよ!こんなに可愛らしい子が娘になるなんて、今から楽しみだわ!」
目を輝かせる王妃様に、陛下が苦笑いした。
「私に娘は出来なかったからな………さて、この度シリウスと婚約したという事で、アイリーナは将来王妃となる。そこで、アイリーナには来年度から王妃教育を受けてもらう」
「かしこまりました」
「一方でシリウスは本格的に王太子教育を始める」
「はい」
注意された事を気にしているのか、シリウスの返事にはあまり元気がなかった。ただ、シリウスとは逆にわたしはしっかりと頷いた。王妃教育、将来立派にこの国を、シリウスを支えられるように、一生懸命頑張りますわ!
「ここからが本題だ。アイリーナ、私に息子がもう一人いる事は聞いたか?」
「はい、とある事情で表には出て来れないと伺いました」
「その通り。ただ、初めからだったわけではない。ある日、王宮でとある奴に呪いをかけられてしまったんだ」
全く予想していなかった言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。のろい……?そんな言葉、あったかしら…………まさか、呪い!?王子様に呪いがかけられたの!?
「まさか、そんな事………王宮で王子様に呪いをかけるなんて……一体誰が………」
「そんな事が出来る者など、一人しかいないだろう」
呪いをかけられるのは、闇属性の使える中でもかなり魔術を使いこなせる者だけ。さらに王宮という、厳重に警護されている場所で呪いをかけるなんて、確かに一人しか思いつかない。
そう、昔わたしを『死の紋章』で殺そうとした、"魔王"ヴィレヒト、その人しか。
「私に出来る事は全てやったが、何の効果もなかった。だが、この事が世間に広まれば、再び人々が恐怖の中に暮らす事となってしまう。それに、せっかく立ち直った君も。だからこそ、王としては存在ごと隠すしかなかった」
辛そうに語る陛下。国王としては妥当な判断だろうけれど、父親としては、我が子をいないものとして扱う事になるわけで、相当辛い決断だっただろう。
それに、呪いを解けるのは、呪いをかけた本人か、或いは光属性最上級魔術のみ。国中から強い魔導師が集まる王宮に光属性魔導師がいない以上、呪いを解く事は不可能に近かった。
「……とにかく、あの子に会ってくれ。君なら、或いは何か出来るかもしれない」




