98-I 異国に来て
今回は人物紹介と同時に投稿しています
馬車の中から眺めると、そこはほとんど茶色一色だった。土の色も黒と言うよりは赤に近い茶色でサラサラしているようだ。建物もそれと同じ色で風景に溶け込んでいる。さらには風で砂が舞い上がって空の色まで茶色がかって見えた。
そんな中に大きな白い建物、というか城がどっしり構えている。一際目立つその城に、わたしの乗った馬車が吸い込まれるように走っていく。
外の風景から目を離し、心を落ち着けるためにそっと目を閉じる。一番に思い浮かんだのは、寂しそうな表情を隠そうともせずにわたしを送り出した婚約者の顔だった。
『リリー、手紙待ってるから!約束だからな!』
次いでかわいいわたしの弟妹達。
『リナ姉様、危ない事は駄目ですからね?』
『お姉様、帰ってきたらわたしと遊んでくださいね』
『姉様、僕も頑張るから、頑張って!』
そしてお母様とお父様の助言。
『リーナ、緊張しなくて良いのよ。貴女ならきっとすぐに馴染めるわ』
『難しい事は考えなくて良い。向こうの学園に行って、そこで楽しく学んでくればそれで良いんだよ』
皆の優しさに溢れそうになる涙を堪え、大きく深呼吸した。初めて行く場所、初めて会う人達。正直不安だらけだった。深呼吸した拍子に膝の上の温もりが少し身じろぎした。
『アイリーナ、大丈夫よ、わたしがいるでしょう?』
『……そうね、ありがとうアイリス』
そうよ、わたしは一人じゃないわ。四六時中離れない心強い味方が一匹いるじゃない!それに、エバートとミルもいる。きっと何とかなるよね!
アイリスの頬を弄りながら不安を心の奥底に押し込めた。
茶一色の王都と比べ、王宮は中まで真っ白だった。案内する侍女について歩きながら、その白さに感動すら感じる。それはきっと対比のせい。アイルクスの王宮と比べれば同じくらいだろうけれど、何せ暫く茶色い景色を見続けていたのだ。アイルクスより白さが際立つのは当然と言えた。
どこまでも白いのかと思いきや、通された謁見の間は淡い緑が印象的だった。草をイメージしたような絨毯が敷かれ、壁には蔓で模様が描かれていた。並ぶ人達の真ん中を優雅に歩き、玉座の前で丁寧に礼をした。
「お初にお目にかかります、アイルクス王国より参りましたアイリーナ·フォン·セイレンベルクと申します」
「面を上げよ」
玉座にどっしりと座っている深緑の髪に緑の目をした恰幅の良い人物が、まさしくわたしを見下ろしていた。
「私が第六十二代セトルータ王国国王のエリドゥス·サンク·セトルータだ。長旅ご苦労であった」
感謝を述べながらわたしは少し戸惑った。国王と聞いて、ユリウス様やゲオルグ様を思い浮かべていたので、セトルータ国王の傲慢な態度にあまり馴染めなかった。
ところが、上には上がいた。国王が学園での案内役としてあてがった王太子がとんでもない人物だった。それを一番理解したのは学園での事だった。
「俺が王太子のアキナラル·サンク·セトルータだ。父上にお前の案内を命じられたんだが……」
学園初日に、入り口でよろしくお願いしますと言った時の事。初めから俺がわざわざ案内してやってるんだという態度をとっていた国王そっくりの殿下は、雑に案内をした後に人目のないところの教室にわたしを連れ込んだ。
「……それで、ここが俺のお気に入り。ここなら誰にも邪魔などされないからな」
にやっと笑った殿下に何の、と聞く前にドアが音を立てて開き、淡い緑の長い髪を靡かせた令嬢が部屋に入ってきた。呆れたような赤い瞳が殿下を真っ直ぐ見据える。
「殿下、また連れ込まれたのですか。まあやるとは思っていましたが………」
そしてまだ状況が全く飲み込めていないわたしの方を向いた。
「申し訳ありません、このような事になってしまいまして」
頭を下げられたわたしは軽く混乱していた。わたし、今なぜ謝られているのかしら?この状況はどうするのが最善なの?
「え、えっと?と、とりあえず顔をお上げください」
一歩彼女の方に出そうとすると、後ろから手を掴まれた。何かと振り向くと、殿下が怒りの目線を彼女に送っていた。
「邪魔する気か?」
「ええ、今回だけは必ず。国際問題に発展しかねませんので」
「………ちっ、仕方ねえな、だが次は……」
「次はありませんわよ」
全くと彼女が呟くと同時に手が離される。それを見てすかさず彼女がわたしを部屋から連れ出した。
「大変失礼致しました、この後はわたくしが案内致しますわ」
「あ、ありがとうございますわ。わたし、セイレンベルク公爵家の娘、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと申します」
「はい、アイルクス王国からの留学生ですわよね?わたくしアルバク侯爵家の娘、マルネラ·フォン·アルバクと言う者です。一応殿下の婚約者ですわ」
ば、馬鹿とはまた……そして再び謝罪してきたマルネラ様に、流石に分からなくて聞いた。
「あの、先程から何に対しての謝罪なのですか?」
「えっ?」
一瞬戸惑ったマルネラ様は、申し訳なさそうな表情から一転して安心したようだった。そしてこちらを伺うように教えてくれた。
「婚約者として恥ずかしい限りですが……あの方は美しいご令嬢を見つけると自分のものにしたいらしく、何人も口説き落としているのですわ。あの部屋であの方が口付けしているのを見た事もありまして、焦ったのです。もしやアイルクスの王太子の婚約者で在られるアイリーナ様まで、奪うつもりかと」
聞いた時は、何を言われたのか分からなかった。口説き落とす……自分のもの……奪う……口付け…………く、口付け!?
やっと理解したわたしは思わず口に手を当てて目を見開いた。されそうになっていたらしい事に身体が勝手に震えた。
「まさか、そんな事………」
少し想像してしまったわたしは、かなり不敬に当たるとは思うけれど、何というか生理的に受け付けないと感じた。シリウスやノエルなら何ともないのに………
「まだ何もされていなくて、不幸中の幸いでしたわ」
震えるわたしとは対照的に冷静なマルネラ様。こんなに冷静なのは、あれに慣れているから?わたしは感心した。
「マルネラ様はお強いのですね」
「わたくしが、強い……?」
「ええ、婚約者の方の浮気現場に居合わせても、そんなに冷静でいられますもの」
「殿下がああなのは、昔からですもの。一度も期待した事などございませんわ」
凛とした言い方で突き放すように言ったマルネラ様は、きっと様々な人に頼られるのだろうと感じた。わたしは余程の事がない限り、そこまで人を突き放す事は出来ないと思った。きっとその『余程の事』があったのだろうな、などと考えながら歩いた。
結局殿下に案内してもらった場所ももう一度マルネラ様に案内してもらい、学園初日は終わりを迎えた。アイルクス王立学院と違い、こちらの学園には寮がない。そのため、わたしは王宮の一室で過ごす事となっていた。
「こちらでアイリーナ様のお世話をさせて頂きます、マリーと申します」
そしてわたしにはセトルータ王国の侍女もついた。もちろんミルもいるので、わたし付きの侍女は二人。新しくついたマリーは栗色の髪の落ち着いた雰囲気のある女性だった。わたしは彼女達に紅茶を頼むと、ペンと便箋を取り出して机に向かった。
約束した通りシリウスに手紙を認めていく。途中でアキナラル殿下にされそうになった事を思い出し、興味本位でシリウスに置き換えてマルネラ様の立場に立ってみた。
わたしの目の前でわたしじゃない令嬢を抱きしめるシリウス。令嬢は顔を赤くしてシリウスを見つめ、シリウスも笑顔で見つめ返している───
……何だろう、何かもやもやするわ。シリウスらしくないからかしら?今までシリウスがダンス以外でわたし以外の令嬢と二人きりなんて状況を見た事がない。きっとこのもやもやはその違和感のせいね。
少しして手紙を書き終えたわたしは、封筒に入れて丁寧に封をした後、マリーにそれを渡した。
「これを、アイルクス王国の王太子殿下の元に届けてくれるかしら?」
「かしこまりました」
マリーが一礼して去った後、わたしはふうとため息をついた。『伝鳥』が使えればこんなに手間をかけないで、すぐに届けられるのにと思う。しかし、あれは国境を越える事は出来ない。国家機密が漏れないように全て魔術を消されてしまうのだ。
とはいえ手紙は人が届けるので時間がかかる。例えばセトルータの王都からアイルクスの王都までであれば、どんなに急がせても一週間程かかってしまう。わたしが来たように馬車で送れば、二週間程度は普通なのだ。
向こうで今頃皆は何をしているかしら、そんな事を考えながらわたしは眠りに落ちた。




