第3話 暴君ルビーアイ 前編
もんすたぁはもともと、『魔界』と呼ばれる別世界に住んでいた。
しかしもんすたぁたちは魔界で大きな戦争を起こし、あろうことか自分たちの故郷である魔界を消滅させてしまったのだ。
かろうじて生き延びたもんすたぁたちは魔界消滅の衝撃で開いた次元の裂け目を通り抜け、この世界、人間界へと降り立った。
もんすたぁたちは人間界を第二の故郷とするべく暴力による侵略を開始する。
しかし、もんすたぁたちは敗れ去った。人間界の原生生物である人間に。
理由は様々だ。人間の軍事力が優れていたこと、もんすたぁの数が少なかったこと。
そしてなにより大きいのが、人間界は魔界と比べて空気中のマナが一〇分の一程度しか存在しなかったことだ。
そのせいで本来の強大な力をほとんど発揮できないまま、驚くほどあっけなく、もんすたぁは人間に敗北した。
そしてもんすたぁたちは人間の支配下に置かれ、五〇年が経った。
現在、以前と比べれば、もんすたぁの待遇は格段に良くなっている。
多くの人間はもんすたぁを利用しつつも仲間として受け入れ始め、もんすたぁも世代が入れ替わり、人間とは手を取り合って生きていくべきだと主張する者が増えてきた。
だが、『彼女』はそれをよしとはしなかった。
彼女の名はルビーアイ。誇り高きドラゴン族の少女。
『父上も兄者も完全にフヌケてしまった。これはもはや、わらわが動くしかあるまい』
他に与することを嫌い、人間に平伏するもんすたぁをフヌケと形容するルビーアイ。
彼女の野望は失われつつあるドラゴン族の誇りと栄光を取り戻し、ドラゴン族が人間とすべてのもんすたぁを支配することだ。
『今に見ておれよニンゲンども。至高の存在とはわらわたちドラゴン族じゃ。それをこのルビーアイが思い知らせてくれようぞ』
そこでルビーアイは考えた。どうすれば己の野望を達成できるのかを。
いくら彼女とて、真っ向から人間に宣戦布告をしても無駄だということは理解している。だからまずは父と同じように足場を固めることにした。
『目指すは、もんすたぁずファイトリーグ優勝じゃ』
かつて圧倒的な力でもんすたぁずファイトリーグを制し、ドラゴン族の偉大さを広く世に知らしめたルビーアイの父。彼は王座を足がかりに、世界を徐々に支配していくはずだった。
しかし、父はフヌケた。世界征服を果たさずに王者を降りてしまったのだ。
ドラゴン族史上最も偉大で、ルビーアイが心から敬愛していた父。それだけに彼女の落胆は大きかった。
落胆は失意を生み、失意は怒りへと変わった。そして抑えきれない怒りが彼女をこのような暴挙に走らせたのだ。
いわゆる箱入り娘で、集落はおろか屋敷からもろくに出たことがないルビーアイ。
外の世界は危ないから行ってはいけないと口うるさく言っていた兄も今はいない。
ルビーアイは今、集落を飛び出して人間たちの町を訪れていた。目的はもちろん自分に相応しいマスターを探すためだ。
もんすたぁ協会というところに登録して探してもらうという方法もあるようだが、相応しい相手はやはり自分の目で探した方が早いだろう。
……と考え、探し始めて一ヶ月が経った。しかし、未だに見つかっていない。
探し始めてから得た情報に寄れば、契約には契約の指輪と呼ばれるものが必要で、それは入手が困難な上に一回しか使えないのだとか。
そんなわけで当たるもんすたぁマスターはことごとく契約済みで、誘いを断られ続けるという屈辱極まりない事態に陥っていた。
中には『子供はちょっと』とか『ドラゴンはプライド高すぎて扱いづらいからいやだ』などと許し難い暴言を吐く輩もいた。もちろん、そういう連中には例外なくドラゴンの恐ろしさを身体に刻み込んでやったが。
ルビーアイは今、マナの力で人間に扮している。金髪縦ロールを束ねて結い上げ、服は赤いゴシックドレス。頭部の角を隠さないのは本人曰くドラゴンとしてのプライドの表れであり、その名通りの赤い瞳と相まって、彼女がもんすたぁであるのは誰の目にも明らかだった。
彼女は今、寂れた商店街のアーケードをとぼとぼと歩いているわけだが、夕刻前ということもあってか人通りはあまり多くない。
時々すれ違う人間の手に注目し、契約の指輪をはめていないかチェックする。
もんすたぁマスターは何百人に一人という割合でしかおらず、そのほとんどが契約済みという現状に、さすがのルビーアイもだんだんと自信がなくなってきた。自然と目線も落ちていく。
「この方法では無理なのかのぅ」
思わず弱音がこぼれてしまう。
「もう、もんすたぁと契約をしていないもんすたぁマスターなら誰でもよい。頼むからわらわの前に現れてくれ……わぷっ!?」
下を向いて歩いていたせいか、ルビーアイはなにかにぶつかってしまった。
「お、おい、大丈夫か?」
ぶつかったのは人間の男だった。年上ではあるようだがまだ子供だ。黒い手提げ鞄をぶら下げていて、どことなくヘタレっぽい顔をしている。
ルビーアイはその男の顔を見上げ、キッと睨みつけた。
「どこを見て歩いておる、この無礼者がッ」
どう考えても悪いのはルビーアイだが、彼女はそんなことは気にしない。
ドラゴン族の心得である三箇条、『退かない、媚びない、省みない』を彼女は忠実に守っているのだ。
「ご、ごめん」
年下の相手に対して男はあっさりと謝ってきた。やっぱりヘタレだ。
「ふん、まあよいわ。以後気を付け――」
言いかけて、ルビーアイは男の薬指に契約の指輪を見つけた。
こんなヘタレでももんすたぁマスターになれるのかと呆れながら、それでも一応聞いてみることにする。
「汝は、もんすたぁマスターか」
前置きなしの唐突な質問だからか、男は少し戸惑ったようだ。しかし素直に答えを返してきた。
「ああ、うん。一応ね」
「契約しておるもんすたぁはいるのか?」
「えーと、実はいろいろあってまだなんだ」
「なにっ!? それは本当かッ」
まさかのまさかだった。まったく期待はしていなかったが、これは思わぬ幸運だ。
この機会を逃す手はない。ヘタレというのは残念だが、これは考えようによっては利用しやすいということでもある。
「汝、名をなんという」
「俺? 照井聡樹だけど」
「そうか、わらわの名はルビーアイ。喜べサトキとやら。これから汝に、なににも代え難き栄誉をやろう」
「いや、別にいらないけど」
無言でスネに蹴りを入れてやる。
「痛ッ、なんで蹴るんだよっ!?」
「うるさい黙れ。汝はドラゴンと契約したくはないのか」
「ドラゴン……」
突然、男の表情が曇った。
「俺には、ドラゴンは相応しくないんだ」
「うむぅ? そうだな、確かに汝のようなヘタレとでは、誇り高きドラゴンが釣り合うはずもない。だが特別にわらわが――」
「わかってるさ。俺なんかが見ちゃいけない夢だったんだ。俺みたいなバカでヘタレでルックスも普通な情けないヤツが、ドラゴンと契約なんてできるわけがなかったんだよ」
「う、うむぅ、確かにその通りだ。だが汝は本当に運がいい。なぜならわらわは――」
「俺なんか、俺なんか、俺、なんか……うっ、うぅ、うわああああぁぁんっっ」
男は突然号泣し、涙をスプリンクラーのように撒き散らしながら走り去っていった。
あまりに唐突なことで、ルビーアイは驚くこともできずにポカーンと口を開けて男を見送ってしまった。
「なんじゃ、あやつは」
なにか心の傷にでも触れてしまったのだろうか。ルビーアイは小首を傾げる。束ねた縦ロールがふわりと揺れた。
ともあれ、これでまたふりだしに戻ってしまった。
「むむむぅ、やはり諦めて、もんすたぁ協会へ行くしかないのかのぅ」
誰でもいいと考えてしまうくらいなら、いっそその方がいいのだろう。
今までの労力が無駄だったと認めるのは癪に障るが、考えようによってはこれ以上無駄を増やさなくて済むということだ。
「ふむぅ、名案じゃな。では善行は急いてあたるべし、じゃ」
時にはふりだしに戻るのも彼女にとっては名案の一つ。
彼女のチョモランマより高いプライドは、このポジティブシンキングによって支えられているのだ。
ルビーアイはくるりとターンをするとドラゴンの姿に変身した。そして背中の翼を羽ばたかせ一気に大空へと舞い上がる。
「さて、もんすたぁ協会はどっちの方角だったかのぅ。ふむぅ、たぶんアッチじゃ」
そう呟いてからアッチに向かって猛スピードでカッ飛んで行くルビーアイ。
残念ながらソッチには日本もんすたぁ協会の施設はない。
ポジティブ過ぎて自分が迷子になっていることにも気付いていない彼女の明日はドッチだ。




