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闘う! もんすたぁガールズ  作者: へぼめし
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第2話 幼馴染みのヒミツ 後編

「これはどういうことですかっ、テルイサトキさまっ」


 その声に聡樹はビクッと反応し、真理も声のした方を振り返る。

 見れば、体育館の角に見覚えのある姿が立っていた。

 腰まで流れるエメラルドグリーンの髪に、同じ色の綺麗な瞳を持ち、白い肌を清楚な純白のワンピースで包んだ少女。

 それは聡樹がたった今、心中で謝罪した相手だった。


「ライムッ!?」

「なにあの子。アンタの知り合いなわけ?」

「いやまあ、知り合いというかなんというか」


 かくかくしかじか。聡樹は真理にライムのことを説明した。


「なるほど。ドラゴンの抽選漏れにあてがわれたスライムってわけね。人気のドラゴンの穴埋めが不人気のスライムか。酷い落差ね~」


 真理のせせら笑いに、ライムがぴくっと反応する。

 ライムはつかつかとこちらへ歩み寄ってきて、そしてビシッと真理を指さしつつ、聡樹に向けて口を開く。


「説明してくださいっ。私はテルイサトキさまがドラゴンとの契約を望んでいるというから引き下がったのに……。なのにゴーレムと契約するなんて、どーゆうことなんですかっ」

「いや、これはその、なんてゆうか……。や、やっぱり、俺にはドラゴンは相応しくないのかなぁって……」

「だったらなぜゴーレムなんですかっ? ゴーレムでいいなら、スライムでもいいはずですっ。ドラゴン相手では分が悪いと思っていましたが、ゴーレムが相手なら私だって負けない自信がありますっ」

「ちょっとアンタ、それは聞き捨てならないわね」


 詰め寄るライムと聡樹の間に、真理のゴーレムボディがずいっと割って入る。


「アンタ、ゴーレムなめてんの?」

「あなたこそ、スライムをバカにしてますよね?」


 互いに睨み合い、バチバチと火花を散らすライムと真理。龍虎対決と表現できるほどの迫力に、聡樹は思わず後ずさる。


「ふ、二人とも、まずは落ちつけって」


 一応、場の収集に努めてみるも、二人から同時に睨まれて縮こまってしまう聡樹。


「聡樹、言ってやんなさいよ。どこの馬の骨とも知れないスライムなんかより、幼馴染みのゴーレムの方がいいって」

「テルイサトキさま。私はあくまであなたの第二希望なのですから、私と契約するのが道理だと思いませんか?」


 聡樹は知っていた。今この状況が、俗になんと呼ばれるのかを。


(こ、これが修羅場ってやつか……。話には聞いてたけど、ホントに恐ろしいものなんだな)


 照井聡樹、人生最大のピンチである。


「ま、まあまあ。俺はスライムにもゴーレムにも、それぞれにいいところがあると思うぜ」


 なーんて、当たり障りのない言葉をへらへら笑いながらのたまうことしかできない。悲しいかな、男という生き物は二人の女に挟まれると途端にヘタレに成り下がってしまうのだ。

 そんなヘタレに見切りをつけたのか、二人の修羅は再び睨み合う。


「こうなったら、どちらが聡樹に相応しいか、アタシらで決めるしかなさそうね」


 真理が自前とゴーレムハンド、二対の手の指をバキゴキと豪快に鳴らす。


「望むところですよ。スライムは決してザコもんすたぁなんかじゃないってことを教えてあげます」


 ライムもまったく怖じることなく、なにかの拳法とおぼしき構えをとる。

 二人の修羅の戦いはさらなるステージへと移行しようとしていた。


「二人ともやめてくれッ、俺のために争わないでくれッ」


 悲劇のヒロインじみたセリフでツッコミを誘ってみるも、もはや二人の眼中に聡樹は映っていなかった。

 こうなってしまってはもうヘタレマン聡樹にはどうしようもできない。

 そして遂に、戦いの火蓋は切って落とされてしまった。


「叩き潰してやるッッ」


 先に動いたのは真理だ。巨大なゴーレムハンドによる一撃がライムに向けて振り下ろされる。

 それをライムは後ろに跳んでかわし、ゴーレムハンドは轟音を立てて地面を抉った。

 そしてライムはすぐさま反撃に移る。


「スライム拳法・変身自在拳『鞭打(ウィップ)』ッ」


 ライムの腕が長く伸びて鞭に変化し、それを振るって真理の本体を攻撃する。


「ナメんなッ、そんなショボイ攻撃が効くかっつーのッ」


 真理は空いていたゴーレムハンドで襲いかかる鞭を掴み、勢いよくスイングさせてライムを体育館の壁に叩き付けた。

 べちゃんッ、と水面を平手で叩いたような音を立て、ライムの身体が弾け飛ぶ。

 腕が、脚が、首がばらけて飛び散る。あまりのスプラッタさにビビるが、それらは地面に落ちた途端に薄緑色のドロドロとした液体に変わり、互いににじり寄って集まって、すぐに元の人型を形成する。

 スライム族は水のごとく柔軟性に富んだ身体と再結合能力をもつため、切ったり突いたり殴ったりといった物理攻撃は無効化できるのだ。

 真理が忌々しげに舌打ちをすると、ライムが得意げな笑みを浮かべた。


「どうですか、これがスライム族の特性です。私に物理攻撃は一切通用しないですよ」

「ふんっ、炎を喰らえば一発でおだぶつになるくせに」

「そうですね。でもゴーレムのあなたにそれができますか? できませんよね~?」


 ニヤニヤと、ライムの笑みが挑発的なものに変わる。

 彼女に対する聡樹の第一印象は『可憐でお淑やかそうな子』だったのだが、戦いに際しては意外とハツラツとするようだ。さすがに、もんすたぁずファイトリーグ優勝を志すだけのことはある。


「くそっ、ムカツク女ね。だったら、本当に攻撃が効かないのか、アタシが納得するまで試させてもらうわ」


 真理がゴーレムアームを、まっすぐ伸ばしてライムに向けた。まるで、巨大な砲口を突きつけるかのように。

 真理がせんとすることを瞬時に悟り、聡樹の全身がぞわりと粟立った。


「バカッ、やめろ真理ッ」

「ロケットパンチ」


 爆音が轟いた。


 十の大砲が一斉に火を噴いたかのような凄まじい音を響かせ、ゴーレムパンチがロケットのように射出される。

 ロケットパンチはライムに直撃し、そのまま背後の体育館の壁を盛大に破壊して、校庭まで突き抜けていった。


「ああああああッッ」


 マンマミーア(なんてこったい)! 聡樹は頭を抱えて叫んだ。

「どうよ聡樹? マナの圧縮爆発を利用してアタシが編み出した必殺技よ。かっこいいでしょ」


 どや顔で薄い胸を反らす真理。


「バカじゃないのッ!? お前バッカじゃないのッ!? いくらなんでもやりすぎだろッ」

「なによ、アンタってば意外と心配性なのね。大丈夫よ、アタシがもんすたぁだって知ってるのはアンタだけだから、誰もアタシがやっただなんてわからないって」

「そうか、それなら大丈夫だ、問題ない――ワケねーだろこのスカポンタンッ、お前はライムを殺す気なのかッ?」


 歯をむいて詰め寄る聡樹に、真理は真面目な顔になって言った。


「いい? 聡樹。相手を倒すことを恐れてはダメ。アタシたちが目指す王座という名の栄光は、数多の屍の上にあるのよ」

「いやいやいやっ、カッコつけて正当化しようとしてもダメだっつーのッ。そもそもこれは単なるケンカだしッ?」

「……アンタにとってはそう見えるかも知れないけど、アタシにとっては夢を叶えるための大事な戦いなんだからね」

「夢? 夢ってなんだよ」

「別になんでもない。それより聡樹、この場所からは離れた方がよさそうよ」


 言われて注意を向けると、校庭の方が騒がしくなっている。土の塊が体育館の壁をぶち破って飛んできたのだから当然だろう。警察や対策機関が駆けつけるのも時間の問題だ。


「でもライムが」

「そんなにあの女が心配?」

「当たり前だろっ」


 聡樹が即答すると真理は不満げに鼻を鳴らし、眉間にしわを寄せた。


「あの女ならたぶん大丈夫よ。手加減はしてないけど、マナが不足してるせいで大した威力は出せてないし。それに、スライムがあの程度でどうにかなるワケないわ」


 真理がパンッ、と柏手を打つ。するとゴーレムボディが粉々になって崩れ、元の土に還った。


「とりあえず学校を出るわよ。たぶん今日はもう休校になるだろうから、どこか二人きりになれる場所で契約の続きをしましょ」

「わかったッ、わかったから腕を引っ張るなって痛てててッッ」


 真理の怪力に、やはり聡樹は為す術なく引きずられていく。

 背後から近づいてくる喧噪から逃げるように、二人は学校を後にした。



「アンタの家に行きましょ」


 幼馴染みだけあって、真理は照井家の事情を把握している。両親は相変わらず仕事のために不在で、魅麗も中学校で勉学に励んでいるはずだ。二人きりになるには絶好の場所と言える。

 聡樹としてはライムのことが気になって仕方ないのだが、真理ががっちりと腕を組んで放さないため、どうすることもできない。

 せめてライムが無事なこと、そして騒ぎの容疑者として捕まっていないことを願うばかりだ。

 もんすたぁには基本的人権が存在しないため、罪を犯した際には厳罰が待っている。国の宝である子供たちの学舎で暴れたとなれば、死刑にされてもおかしくないレベルだ。

 しかしそんな心配も、すぐに杞憂だったと思い知らされた。


「お帰りなさいませ、テルイサトキさま」

「ライムっ!?」


 聡樹が自宅の玄関戸を開けると、玄関でライムが三つ指をついて出迎えてきた。驚いたことに、あの状況から先回りしていたようだ。

 ライムは別段ダメージを負った様子もなく、ピンピンしている。やはり、物理攻撃に対するスライムの耐久力は群を抜いていると、聡樹は改めて感心した。


「ちょっとスライム女っ、なんでアンタがここにいるのよっ」


 真理がくってかかるも、ライムは涼しい顔で答える。


「戦いを放棄して逃げたゴーレム女さんに言われたくはないですね。あなたは逃げたんですから、テルイサトキさまとの契約権は私にあるはずですよ」


「あ? ふざけたこと抜かすんじゃないわよ。なんならここでアンタを叩き潰して完全決着つけてもいいのよコラ?」

「やめろ真理っ、俺ン家を壊す気かよ? ライムもここは抑えてくれ」

「くっ、でも聡樹、こいつが……」

「はい、マスターのご命令とあらば」

「誰がアンタのマスターよッ!? 聡樹はアタシのマスターになるのよッッ」

「いーえっ、テルイサトキさまと契約するのは私ですっっ」

「だーッ、お前らいい加減にしろよもうッッ」


 ついに聡樹の堪忍袋が火を噴いた。

 真理とライムはキョトンとした顔で聡樹を見たが、すぐに顔色が険しくなる。


「だいたいねぇ聡樹、アンタがハッキリしないのが悪いのよッ」

「そうですよテルイサトキさまっ、あなたがちゃんと決めてくださいっ」

「うっ、そ、それは……」


 しゅぽんっ。堪忍袋は煙を吐いて沈黙してしまった。


「……ごめんなさい」


 二人の言うことがもっとも過ぎて、謝る以外の選択肢が見つからない。

 決着をつけなくてはならないのは二人ではない、他ならない聡樹なのだ。

 ライムか真理。契約できるのはどちらか一人。

 ライムに対しての責任を取り、道理を通すべきか。

 はたまた、聡樹のために勇気を出し、正体を明かしてくれた真理を大事にするべきか。

 聡樹は必死に考える。少ない脳みそをフル回転させ、答えを導き出そうとする。こんなに頭を使うのは、最後の認定試験の時以来だろう。


(う~~~~ん……っ)


 カラカラカラカラカラッ。

 しかし残念ながら、脳みそは見事に空回りしていた。


(ダメだっ、わからんっっ)


 ライムを選べば真理が悲しみ、真理を選べばライムが悲しむ。

 一度ライムを泣かせて以来、あの胸の痛みがトラウマになっている聡樹としては、どちらも悲しませたくはなかった。

 それはもしかしたら甘えなのかも知れない。

 人生には至るところで悲しみという名の試練があり、時には歯を食いしばって乗り越えなくてはいけないのかも知れない。

 でも、まだすべての可能性が断たれたわけじゃない。

 わずかにでも望みがある限り、聡樹は最後まで諦めたくはなかった。

 三人共がこれでよかったと思える最高の結果。文字通りの『正解』を、聡樹はどうしても見つけたかった。

 しかし正解を見つけるためには時間が足りなさすぎる。納豆のように粘ろうにも、まずは糸を引かなくては始まらない。


(我が心の師、納豆よ。どうか俺に力を授けてください)


 心の中で祈り、聡樹は一つの決断を下した。


「聡樹、どうするの? もちろんアタシを選ぶんでしょ? 幼馴染みなんだし」

「お願いしますっ、テルイサトキさまっ。スライム族を救えるのはあなたしかいません、私と契約してくださいっ」


 ライムはまさに必死といった感じで懇願してくるし、真理は平然を装っているが、どこかそわそわして落ち着きがない。

 聡樹は一つ咳払いをすると、二人に告げた。


「そのことなんだけど、少しだけ俺に時間をくれないか?」


 真理が眉根を寄せる。


「時間? それはつまり、すぐにはどちらかを選べないってこと?」

「そうだ。ごめん、真理。俺バカだから、もっとよく考えさせて欲しいんだ」

「私は構いませんよ、テルイサトキさま。私のことをもっとよく知っていただくいい機会になりますから」

「ありがとうライム。そう言ってくれると助かるよ」

「ふんっ、まあいいわ。で、聡樹、どれくらい待てばいいの?」

「一週間だ。一週間後には、ちゃんと答えを出す。男の約束だ」

「一週間ね。わかった、仕方がないから待ってあげる」

「私も異存はありません」

「ありがとう二人とも。そしてホントにごめん」


 聡樹は二人に頭を下げた。自分の至らなさで、これから一週間も二人を待たせてしまうことへの謝罪だ。


「別に、そんなに謝らなくてもいいわよ。昔から一緒にいて、アンタの性格はよくわかってるつもりだから。その代わり、答えには期待してるからね」


 真理は意味ありげにニッと笑った。


「私も、テルイサトキさまに選んでいただけるよう、精一杯がんばりますね」

「ライム、俺のことは聡樹でいいよ。いちいちフルネームじゃ大変だろ?」

「えっ? よ、よろしいのですか? じ、じゃあ…………サトキさま。キャーッ、なんだか一気に二人の距離が縮まった気がしますっ」


 ライムは両頬に手を添えて、嬉し恥ずかしそうに身体をくねらせた。


「ちっ、こーゆーところがムカツクのよこの女」

「ま、まあまあ真理、抑えて」


 ふと、一週間後の自分には髪の毛があるだろうか? あったとしても、それは白髪ではないだろうかと不安に駆られる聡樹だったが、とりあえず今は考えないようにした。


「それじゃあサトキさま、これからよろしくお願いしますね。身の回りのお世話はすべて私にお任せください。あ、サトキさまのお好きな食べ物はなんですか? なんでもお作りしますよ。私こう見えて、レストランの厨房でアルバイトしていたこともあるんです」

「え、あー、うん。……え? どーゆう意味?」

「厨房で働いていたから、お料理の腕は期待していただいて大丈夫です、という意味ですよ。自画自賛じゃないですよ? 自己アピールです」

「そうじゃないわよッ、アンタ、まさか聡樹の家に住むつもりなのッ?」


 真理が自分の言いたいことを代弁してくれた。だから聡樹はうんうんとうなずいておく。

 するとライムは眉をハの字にしてうつむいてしまう。


「じ、実は私、お金を持っていないんです。スライム族は社会的地位が低く、働いてもお給料がとても少ないので、集落からここまで来るのにも大変なくらいだったんです」


 それで宅配便で来たのか、と聡樹は納得した。


「お願いです、サトキさまっ」


 ライムはガバッと顔を上げ、聡樹の手を取って握りしめた。

 真理の形相が鬼のようになり、聡樹はいろんな意味でドギマギする。


「私をこの家に置いてくださいっ。サトキさまがどちらを選ばれるのか、その答えを出すまでで構いません。もちろん、私にできることならなんでもします。お料理、お洗濯、お掃除、お風呂でお背中お流ししますし、子守歌だって歌います」


 ライムのエメラルドのような瞳がうるうる潤んで、聡樹の目を捉えて放さない。

 聡樹としては断る理由はなかった。大きな家なので部屋はいくつか余っているし、元はと言えばこの事態を招いたのは自分なのだ。


「わかった。俺は構わないぜ」


 ライムの顔がパアァッと百万ワットで輝いた。


「本当ですかっ? ありがとうございますっ」


 ライムはぺこり、とお辞儀をする。

 すると真理が明後日の方を見ながら軽く咳払いをした。


「あー、オホン。じゃあ、アタシも聡樹のところに厄介になろうかなー」

「お前はダメだぞ真理」

「なんでよッ?」

「だってお前、魅麗とメチャクチャ仲悪いだろ」

「ぐっ……」


 真理は悔しげに顔を歪ませた。

 真理と魅麗の仲の悪さは、それはもうハンパではないのだ。マジパネェのだ。まるで犬と猿のように、生まれたときからいがみ合う星の下にいたとしか思えないほどだ。

 聡樹は二人が初めて出会ったときのことを『ファーストコンタクト事件』と名付けており、それがトラウマの一つになっていた。


「ミレイさんというのは、どなたなのですか?」

「魅麗は俺の妹だよ。ちょっと変わってるかも知れないけど、悪いやつじゃないんだ」


 そこまで説明して、聡樹の脳裏を一抹の不安が掠めた。

 果たして、ライムは魅麗とうまくやれるだろうか?

 ライムは真理と違ってお淑やかで礼儀正しいが、それに対して魅麗がどういう印象を抱くかはわからない。魅麗は家族以外の人間には結構厳しいのだ。


(いや、でも魅麗だって話せばきっとわかってくれるさ。あいつだって鬼じゃないんだから、なんとかなるだろ)


 一つのジンクスがある。それは聡樹がケ・セラ・セラ(なんとかなるさ)と唱えた場合、必ず事態が困窮するというものだ。

 そして残念なことに、聡樹本人はそのジンクスの存在に気付いていない。

 つまり。

 聡樹の不安は、最悪の形で的中することとなる。



 ――その日の夕方。


「お兄ぃ~、これは一体どーゆーことかなぁ~? ちゃんと説明してもらわないと、魅麗困っちゃうな~」


 たわわに実った胸を押し上げるように腕を組み、リビングで仁王立ちをしているのはセーラー服姿の魅麗だ。

 彼女がセ氏マイナス273.15℃(ぜったいれいど)の眼差しで見下ろす先には、額がフローリングにめり込む勢いで土下座をしている聡樹の姿があった。

 その隣では、ライムが所在なさげにそわそわしながら正座している。

 事の顛末はこうだ。

 学校から帰ってきた魅麗がダイニングで夕食の支度をしているライムを見つけ、ブチギレて、自室にいた聡樹を呼び出してリビングで土下座させた。以上。


「いや、あの、さっきも言った通り、ライムは俺と契約するかも知れないもんすたぁで、住むところがないからしばらくウチに泊めようかと……」


 額を床に押し付けたまま、聡樹は弁解の言葉を口にした。


「うん、それはわかったよお兄ぃ。でもさぁ、あたし言わなかったっけ? 『あたしのいない間に女を連れ込んだら許さない』って。そしたらお兄ぃ、なんて言ったっけ? 『連れ込もうにも相手がいない』って聞いた気がするんだけどー、それって魅麗の気のせい? そんなワケないよねぇ~? 魅麗は確かに聞いたもん。それじゃあ、お兄ぃがウソ吐いてたってことぉ? そこのところを説明して欲しいって魅麗は言ってるんだよ~? お兄ぃ」


 不自然に明るい口調で言葉を連ねていた魅麗だったが、最後の「お兄ぃ」だけはまったく温度が感じられず、それが言い知れぬ恐怖を感じさせる。

 面を上げて魅麗の顔を見ることを、全身全霊が拒絶していた。


「いや、でも、ほら、ライムはもんすたぁだし……」

「もんすたぁでも女は女だよ、お兄ぃ。それに、さっきから気になってたんだけど」


 魅麗はずかずかとライムに近寄り、その腕を無造作につかんで無理矢理立ち上がらせた。


「きゃっ」

「この服ッ、もしかしてあたしのじゃないッ!?」


 聡樹はガバッと顔を上げた。

 目に映ったのは、表情に怒りを滾らせた魅麗と、ライムが着ている純白のワンピース。それは全裸だったライムに聡樹が与えた魅麗の服だった。


(しまった――ッッ)


 自分のジャージにでも着替えさせておけばよかったと激しく後悔するが時すでに遅し、後の祭りでおみこしワッショイだ。


「なんでッ、この女がッッ、あたしの服を着てるのよ、お兄ぃッッッ」


 魅麗は怒りに任せるようにして捲し立ててくる。その剣幕の恐ろしさたるや、この世に喩えるモノがないくらいだ。ヘビに睨まれたカエルとか、そんな生やさしいモノじゃない。喩えるなら――やっぱり喩えるモノが見つからないほど恐ろしい。


「そ、それは、ライムが服を着てなかったから……」

「服を着てなかったって、この女はハダカだったのッッッ!?」


 口にしてから最大級の失言だったと気付いた。これはもう、後の祭りは血祭りとなることを覚悟しなくてはなるまい。


「こぉンのドロボウ猫ッッ、あたしのお兄ぃを寝取ろうってワケ!? いい度胸してるじゃないッッ」

「ち、違います、私は猫じゃなくてスライムです~」


 胸ぐらをつかまれて激しく揺さぶられながら、ズレた訂正を入れるライム。


「お兄ぃのドーテーはあたしのなんだからッッ、他の女になんか渡してたまるかッッ」


 魅麗の問題発言はこの際聞かなかったことにする。もとより、この状況でツッコミを入れる勇気は聡樹にはない。


「た、助けてくださいサトキさまぁ~~」


 揺さぶられ過ぎて目を回しつつあるライムの救援要請に、聡樹もなけなしの勇気を振り絞る。


「あの、魅麗、もうその辺に……」


 ギンッ! 魅麗の眼光に射貫かれ、聡樹の勇気は死んだ。


「なにが『サトキさま』よッ、馴れ馴れしいのよドロボウスライムの分際でッ。脱げッ、あたしの服を脱げーッ」

「キャーッ、やめてくださいぃぃ~っ」


 魅麗がライムの服を乱暴に脱がそうとする。

 ワンピースの裾が捲り上げられ、水色と白色のしまぱんが露わになった。


「ぎゃあーッッ、これもあたしのじゃないッッ!? お兄ぃのオカズになってるハズなのに、どうしてあんたが穿いてんのよーッッ」

「いやっ、ダメですっ、それだけはあぁぁ~っ、サトキさまぁ~~っ」


 聡樹は目の前で起きようとしている惨事から必死に目を逸らした。それが今の彼にとれる最善の行動だった。


 ――その後のことは、もう思い返したくない。

 ハイライトの消えた目で呆然とするライムと、全身に引っ掻き傷と噛み痕をつけた聡樹を残し、惨禍惨劇の幕は下りた。

 後に、今回の一件を聡樹は『セカンドコンタクト事件』と命名し、それは彼の新たなトラウマとなった。

 聡樹の黒歴史が、また一ページ。

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