逆恨み
暴力表現があります。
ご注意を。
「つぅぅ・・・」
ウィルは頭部から伝わってきた痛みにその場に座り込む。
そして何かが直撃したこめかみの辺りに手を当てると指にヌメりとした感触がした。どうやら少し出血しているようだ。
突然の出来事にウィルは少し混乱していたが、血が流れていることを察すると文字通り血の気が引いたように冷静になれた。
ウィルは状況の認識を行う。
まずは頭部にぶつかってきた『何か』について。
それは魔力感知で察知できなかったのだから当然生き物ではない。ぶつかって血を流すくらいの傷が出来たのだから恐らくは石礫の類だろう。
つまり誰かが投げた石がウィルに当たったのだ。となると、当然それを行った人物がいる。
だが未だその人物からのリアクションはない。
普通、誰かに『石をぶつけてしまった』のなら謝罪をするものだろう。だが未だにそれがないのだから、それが悪意を持って行われたとこの時点で確信する。
そしてウィルはそれを行った者を石がぶつかった角度から換算してその人物のいる方向を割り出し、魔力感知を十全に使ってその居場所を察知した。
「おい、誰だっ! いきなり何の真似だっ!」
ウィルは石を投げてきたであろう人物の方に顔を向けて声を上げる。
『3人』
顔を向けた方向にいるであろう人数。
その内の誰がウィルに石を投げつけてきたのかまでは分からないが、間違いなくその3人はグルだろう。
石を投げつけたのはその中の1人であろうが、残りの2人はその行為に対して何1つ慌てることもなく平然としているようだからだ。
大声を上げて誰何しながらもウィルは集中して魔力感知の感度を高める。
生物は皆、無意識に身体から魔力を出している―――いや、正確には精製された魔力が放出されている。
そしてその放出される魔力は、実は身体の一部から出るのではなく全身から満遍なく溢れ出し周囲に放たれている。
つまりこの性質から魔力感知によって対象の全体像を把握することが可能になる。
まぁ、普通の人間にはそのことに大して意味は無いのだろうが目の見えないウィルにとってはかなり役立つことだった。実際、魔力に関してそこまでのことを知らなかったウィルが自身の魔力感知でその事実を知った時、大いに喜んだものだ。
だがそこまでの業が出来るようになるには実はかなりの感知力を必要とする。
そこまでの感知力を持つ魔導師はウィルが暮らしているファーガス王国内にもほとんど存在しないのだが、現在ウィルは集中して魔力感知を行っている際にのみではあるが、その領域に到達するレベルにまでなっていた。
そうしてその卓越した感知力で3人の姿を把握した。
小さい。どうやら子供のようだ。
しかし、子供・3人組・石を投げつけるような真似をする・・・・・この様な条件に合いそうな奴等にウィルは心当たりがあった。
後は声でも出してくれたら完全に‘奴等’と特定できるのだが、その3人は一向に動きを見せない。
ひょっとしたら声を出さなければバレないとでも思っているのだろうか。
何の反応も返してこない3人に対してウィルはもう1度声を掛けようとしたところで3人の内の1人が動きを見せる。
そいつは屈みこみ、立ち上がったと思ったら振り被る体制を取ったのだ。
「っ!」
その動作でウィルはそいつが何をするつもりなのかを悟る。
奴はもう1度、ウィルに向かって石を投げつける気なのだ。
2度目の暴挙に流石のウィルも頭に血が上る。以前までのウィルならともかく、そんな真似をされて黙っていられるほど今のウィルはお人よしではない。
そして奴の腕を振り切られる。
奴が投げてくるのは先程と同じく恐らく石礫、無機物である為に魔力感知では何時・何処に飛んでくるか察知できない。
よってウィルは回避の為に石が飛んでくるであろう軌道上から逸れるように大きく横へと動く。
投げた奴がよほどノーコンでもない限り、これで石に当たることはないだろう。
そして一拍遅れて近くの地面に何かが落ちた音が聞こえてきた。
どうやら無事に回避できたようだ。
だが、奴等は目の見えないウィルが石を躱したことに驚いている様子が魔力感知で見て取れる。
それを察知したウィルは奴等が動揺している内に、次の行動に移り出す前にと奴等に向かって駆け出した。
ここは村の中ということで平地であり、辺りには障害物も無かった筈だ。
そして魔力感知で相手を補足できていることもあった為、例え目が見えなくとも敵に向かって全力疾走をすることに何の問題も無かった。
「えっ?」
「どうして―――」
「何でだっ!?」
3人の襲撃者が驚きの声を上げる。
まぁ、当然だろう。目が見えなくなったと聞いていたウィルが投石を避けただけじゃなく、真っ直ぐこちらに向かって走ってきたのだから。
そしてウィルは走る勢いを落とさぬまま3人に肉薄する。
そして後数歩というところにまで近づいたところで飛び上がり、奴等の1人―――――石を投げつけた奴に向かって飛び蹴り(またの名をドロップキック)をお見舞いする。
「―――ぐはっ!」
如何にウィルが小柄であるとはいえ、勢いをつけて全体重を乗せた攻撃だ。それを無防備のまま胸に受けた少年は数メートル後ろにまで吹き飛ばされる。
「なっ!?」
「ヨラン!?」
蹴り飛ばされた少年―――ヨランを見て、残りの2人は驚愕の声を上げる。
「(なるほど・・・今、蹴飛ばしたのがヨランか。
・・・・・ってか、やっぱりお前等だったんだな)」
ヨラン・イール・アン
この3人は2月以上前に行われたあの森への冒険参加者にして、ウィルが崖から転落し失明する原因を作った張本人達であった。
「こ、このガキ! ふざけやがって!」
「そ、そうよ! いきなり何をするのよ!」
ヨランが蹴り飛ばされたのを見て残る2人―――イールとアンがウィルに喚きたてる。
自分達の行為を顧みないその傲岸不遜な態度にウィルは呆れかえる。
「・・・ふざけているのはお前達だろ。そっちこそ何のつもりだ」
いきなり石を投げつけてきたのはお前等だろ、と言外に言ってみたのだがこの愚か者達にはそんな理屈は通用しなかった。
「うるせえっ! テリアがいなきゃ何も出来ない甘ったれの癖に調子に乗るな!」
「そうよ! あの女と同じでアンタは目障りなのよ!」
勝手なことを喚きたててイールとアンの2人はウィルに襲いかかる。
以前にも述べたが、ウィルは体格は同年代と比べても小柄である。
そしてこの3人は明らかにウィルよりも大柄であり、年齢も詳しくは覚えていないが確か3人とも10歳以上ではあった筈だ。
最初の一撃こそ不意を突いたこともあってヨランは無防備に受けてくれたが、真面にぶつかり合えばどう考えてもウィルに勝ち目はない。女の身であるアンよりも今のウィルの体格は劣っているのだから。
だが―――
「ふん」
自分に襲いかかってくる2人の動きを魔力感知で捉えながらウィルは鼻を鳴らす。
以前のウィルであったならば何も出来ずにその暴力をただ一方的に受けるしかなかっただろう。
しかし今のウィルは精神的にはもう子供とは言えない状態だった。
例え体格的には劣っていようと子供のする攻撃などに脅威など感じることは無かった。
付け加えておけばこの2人は元々ウィルを馬鹿にして甘く見ていた節があり、更には目が見えないことも加わってウィルのことを完全に舐めきっていた。
故に―――――
「ぐえっ!?」
「えっ、イール!?」
2人は反撃されるということがあるなどとは全く考えてはいなかった。
・
・
・
3人組の内の1人である少年イール。
彼は拳を振り上げて駆け出し、一気にウィルの傍にまで接近する。
その姿はかつて大怪我を負わせ、致命的な障害を残すことになった相手に対して危害を加えることに何の躊躇も見せる様子は無い。
そしてその腐った性根に相応しいような歪ん笑みを浮かべ、いよいよウィルに殴りかかろうとするイール。
しかしその動きは魔力感知によって完全にウィルに把握されていた。
所詮は子供の拙い攻撃だ。
その単調で遅すぎる動作はしっかりと把握さえ出来ていれば小柄なウィルであっても避けることなど容易かった。
そして遂に自らに振り下ろされたイールの拳を半身になって難なく躱すウィル。
避けられる筈がないと思っていた攻撃をあっさり避けられたことに目を見開いて驚くイールであったが、ウィルは回避しただけじゃなく手痛い反撃をお見舞いした。
攻撃を躱されウィルの横を通り過ぎるイールにすれ違いざまに無防備であった彼の腹部に向かってカウンターとなる膝蹴りの一撃を加えたのだった。
そして3人組、最後の1人であるアン。
彼女は自分よりも速くウィルに襲い掛かっていったイールがいきなり地面に倒れ込むのを見て動揺する。
彼女は位置的にイールがウィルに反撃されたことが分からなかったのだ。
故に事態を理解できずにアンは驚きの声を上げてその場で動きを止めてしまった。
だが当然そんな隙を晒しているマヌケをウィルが見逃すようなことなどある筈もなく―――――
「あぐっ!」
ウィルは直ぐそばにまで近づいていたアンに一気に詰め寄り、その勢いのままに彼女も蹴り飛ばす。
碌に受け止めることも出来なかったアンはそのまま後方に吹き飛ばされたのだった。
「て、てめぇ! よくも!」
最初の一撃で蹴り飛ばされたヨランが立ち上がった時に、イールとアンの2人がウィルに返り討ちにされたところを目の当たりにして怒りの声を上げる。
「・・・最初に仕掛けてきたのはお前等の方だろうが。なのに俺に文句を言うのは筋違いだろ」
ウィルの口調が普段している子供のモノではなくなってしまっていたが、あまりに身勝手な3人の言動にいい加減ウンザリして、もう取り繕う気も起らなかったのだ。
「うるせぇ! 調子に乗るなよ、クソガキがぁっ!」
だが頭に血が上ったヨランはウィルの口調の変化に気付く様子はなく、罵声を上げると共に先程の2人と同様にウィルに向かって駆け出してくる。
3人のボス格であるヨランはイールよりも大柄であるが、やはり所詮は子供だ。
動く速さは先程のイールのモノと大差はなく、その攻撃を躱すことはウィルにとって造作もない。
頭に血が上って何も考えずに一直線に向かってくるヨランに対して、ウィルはそれをどう対処してやろうかと考える。
あまり距離が離れていなかった為、そうしている内にヨランがウィルのところまでやって来る。
そして―――――
「おらぁっ!」
駆け寄って間合いを詰めてきたヨランがウィルに殴りかかる。
だがその動きを完全に見切っていたウィルはそれを難なく避ける事に成功する。
ここまでの展開は先程のイールの時と同じであったが、今回は膝蹴りの一撃による反撃は行わず、その代わりにヨランに対して足払いを仕掛ける。
「うおっ!?」
攻撃を躱され体勢を崩したヨランはウィルの足払いを避けることなど叶わず、そのまま受け身を取ることも出来ず驚きの声を上げて前のめりで倒れる。
だがそのくらいでは頭に火が上ったヨランが怯むことは無い。
それどころか更に怒りのボルテージを上げる結果となり、直ぐに立ち上がって再びウィルに襲いかかろうとするが・・・・・
「クソがっ! こんなので俺が―――――ぶはぁっ!?」
ヨランは続きの言葉を言えずにくぐもった声を上げる。
それもその筈、立ち上がろうとしていたヨランの頭をウィルが足で踏みつけて地面に押し付けられたからだ。
ウィルはヨランを足払いで転ばせた後、直ぐに次の行動に移った。
またヨランが襲い掛かってくるのに対処するのは面倒なので、まず動きを封じる為に立ち上がろうとしていたヨランの頭を踏みつけて地面に頭を押さえつける。
「ぐっ! て、てめぇっ!」
ヨランは頭を足で踏みつけられているという事実に気付き、屈辱を覚えると同時に激怒して押さえつけられた頭を力ずくで持ち上げようとする。
が、それをウィルは抵抗せずに足を退かしてあっさりと解放してしまった。
だがそれは慈悲や情けをかけた訳では無い。
何故なら―――今度は立ち上がろうと地面に手を付いていたヨランの掌に向かって思いっきり足を踏みつけたからだ。
「ぐあああっ!」
小柄とはいえウィルの体重は20㎏近くはある。
その重さを込めて踏みつけられた一撃による痛みでヨランは悲鳴を上げてしまうが、それでもまだ彼の戦意は落ちている様には見られない。
故に―――
「こ、この―――――いぎぃっ!?」
ヨランがまた何かを言おうとしていたが、それを断ち切る様にウィルはもう片方の掌も踏み抜く。
両掌とも骨までは折れていないだろうが、共に赤く腫れ上がり血が滲んでいて痛々しい様相であった。まぁ、残念ながらウィルは誰かさん達の所為でそれを見ることが出来なかったが。
子供相手に容赦のない行為であったが、ウィルがここまでやったのにはちゃんと理由がある。
それはウィルに対する戦意を折ると共に両掌を封じることにあった。
いくら魔力感知で動きを把握しているとはいえ、いつまでも全ての攻撃を躱し続けれるとはウィルも思っていない。
そして腕力で劣るウィルは捕まってしまったらそこで敗北がほぼ決定してしまうことは分かっていた為、掌を踏み潰してその力を封じる必要があった。
まぁ、と言っても前の2人のようにあっさりと倒してしまわずにこの様に立ち回ったのは、この愚かな子供に実力の差を思い知らせると共に徹底的に心をへし折り2度とちょっかいを掛けないようにする為と、ウィルに怪我を負せた元凶へのささやかな復讐も兼ねていたという理由が主目的であったりしたのが。
そして・・・その本番がこれから始まる。
「調子に乗るなよ、か・・・・・それはお前等にこそ言ってやりたいセリフなんだがな」
そう言ってウィルは這いつくばっているヨランの前に出て屈み込む。
「厚顔無恥もここに極まれりだな。そっちがその気なら―――――俺にも考えがあるぞ」
ウィルは感情を感じさせない冷たい声でそう言いながら、ヨランの髪を掴み上げて強引にお互いの顔が向かい合うようにする。
「ひっ!」
あまりに容赦のない攻撃の連続で頭に血が上っていたヨランもここにきて漸く恐怖心が湧き上がってくる。
目の前にいる少年は明らかに自分の知っている少年とはあまりにも違っていた。そもそも目が見えなくなったと聞いていたのに、投石は避ける・真っ直ぐ自分達に向かって走ってくる・こちらの攻撃を躱すといった真似がどうして出来るのか理解できない。
そして止めとばかりに暴力でも完膚なきまでに負かされたヨランはウィルに対しての怒りは消え失せて、それは恐怖へと変わっていた。
ヨランにとって目の前にいる少年はもう未知の化け物のようにしか思えなかったのだ。
「そもそもお前等はいったい何でこんな真似をした? 俺はお前等に恨まれる謂れなんて無いんだがなぁ」
「う、うぅ・・・・・」
ウィルは血を流している自分の傷を指さしながら威圧を込めた詰問にヨランはすっかり萎縮してしまい答えることが出来ない。
だが意図せず、答えは別のところから返ってきた。
「お、お前の所為で俺達は散々な目にあっているんだぞ! 罰だってんで、あれからずっとキツイ仕事をさせられているんだからな!」
「そ、そうよ! 私達がずっと働かされてるのにアンタは1人で何もせずフラフラしてるなんて、許せるわけないじゃない!」
ウィルに倒されていた2人が起き上がり、ヨランの代わりにその理由を喚きたてる。
「・・・・・へぇ」
ウィルの口から酷く醒めきった声が漏れ出る。
まぁ、それも仕方ないだろう。
あまりにも非常に身勝手な主張をしてくる愚か者達に怒りすら通り越してしまっていた。
「分かってはいたけど・・・・・お前等、本当に何の後悔も反省もしてないのな」
「ぐぁっ!」
ウィルは掴んでいたヨランの頭を地面に叩きつける。
「なっ!?」
「ちょっと、何してんのよ!?」
ウィルの行動に驚く2人。
だが、そんな2人のことなどウィルは意に介する様子もない。
「人を殺しかけておいて・・・俺の眼から光を奪っておいてさぁ」
そう感情のない声で言いながら、ウィルはヨランの頭を持ち上げて再び地面に叩きつける。
「うぐぅっ!」
ヨランは碌に抵抗も出来ず、為す術なく地面に叩きつけられ続ける。
鼻から血があふれ出て顔が持ち上げられる度に酷い状態になっているのが見て取れる。
「う、ぁ」
「ひっ」
無表情にそれを行っているウィルと酷い惨状となっているヨランの顔を見てイールとアンは恐怖心を募らせる。
そんな2人の心情の変化を敏感に察知したウィルはヨランの頭から手を放し、2人の方へ顔を向けて煽る様にイールとアンへ話しかける。
「・・・どうした、助けに来ないのか? コイツの仲間なんだろう? コイツを助ける為にさっきみたいに突っ込んで来てみたらどうだ?」
「うっ・・・」
「あ、あぁ・・・」
ウィルの言葉に2人は何も言い返すことが出来ない。
だがそれも仕方がない。
淡々とそう言ってくるウィルの姿があまりにも不気味に思えて2人の恐怖心を煽ることになっていた。
「何だ、来ないのか・・・・・薄情な奴等だな。まぁ、向かって来てもまた返り討ちにするだけだったがな」
「・・・・・」
「・・・・・」
そう言われてしまい2人は完全に黙り込んでしまう。
「ふう・・・・・さて、じゃあ話を本題に戻そうか」
ウィルは一拍置いて、3人の糾弾を行う。
「お前等、俺に何をしたか忘れてないよな? あれからまだ2ヶ月と少しだ・・・・・当然覚えているよな?」
「あ、うぁ・・・」
「・・・っ」
「うっ・・・」
ウィルにそう言われて3人は顔を歪ませる。
「何だ、だんまりかよ・・・・・だがその様子じゃ拙いことをしたという認識はあるようだな」
ウィルは更に続ける。
「にも関わらず、下らない理由で俺を逆恨みして危害を加えようとするとはな・・・・・本当、そのあまりの愚かしさに呆れ返るな」
「くっ・・・」
‘愚かしい’とそう言われて3人は更に顔を歪ませるが、やはりその様子には反省の色は無い。
故にウィルはコイツ等に手心を加えてやるつもりは全くなかった。
「なぁ、お前等・・・・・もしかして償いや贖罪っていうモノを知らないのかな?」
そう言って再びヨランの髪を掴み上げる。
「ひっ! や、やめ―――」
また顔を地面に叩きつけられると思ってヨランは怯えた声を上げた、その時―――――
「おい、お前達! そこで何をやっているんじゃ!」
その怒声と共にこの場に介入してきた第3者が現れた。
書いている内に子供を虐めている様な気分になってきてしんどかったなぁ。