ろく
今の私は、他人を気にする余裕もない。何せ、身体は子供だし。
とりあえず、読みすすめてみる。
『この本を同郷へささぐ』という一文から始まったそれは、訳しているとなんだか悲しくなってきた。
彼が日本人を探しているのだとしても、もう名乗り出ることもできない。
水や火といった項目を飛ばし、最期の方に全属性という文字を見つけた。
初めて見る言葉に、強く興味が引かれた。
とりあえず、おじさんに見つからずに写して帰ろう。
私は、こっそり場所を移動し少ない文章を書き留めた。
「お嬢様」
ちょうど、書き終わったところへ家人が現れた。
私は、素知らぬフリで書物を閉じ、紙にはさんで立ち上がる。もし、写してはダメな本ならば知らなかったことを免罪符にしよう。我ながら悪どい。
「今から古語を学ばれるのですか」
うっかり、隠しそびれた本が紙の間からはみ出ている。
「え、ええ。早いに越したことはないでしょう」
学校では、古語を学ぶ学科があるみたいだ。
「さすが、お嬢様です。早すぎて困ることもございませんし、旦那様にご相談してみてはいかがでしょう? きっと、教えてくださいますよ」
「え?」
うちのパパが!?
「旦那様は、大変すばらしい魔術師でらっしゃいますから」
家人は優しく微笑んでいた。顔に「微笑ましい」と書いてある。
でも、私はそれどころじゃない。
え!? うちのパパ戦えるの!!?
と、いう心境である。なにせ、パパは体も性格もおっとりなのだ。痩せにくい体質なのか、ひさしぶりに見ても少しポチャっとしてた。
戦場で指揮官として働いているのか、と思いきや、まさかの戦闘員。
驚く私に、彼はしみじみと言った。
「旦那様は、学生の頃から優秀で神殿からもお声がかかっていましたが、幼なじみの奥様と結婚するために伯爵家をついだのです。神殿に入るのは名誉なことですけど、結婚できませんからね」
うわー、昔っから熱々だったんだろうね。無意識に二人の世界をつくるパパママが思い浮かぶ。
「旦那様はモテてましたけど、奥様一筋でしたよ」
「え」
「昔はすらりとして、剣も達者でしたから」
「え」
「玄関に肖像画がありますでしょう?」
「はああああぁあん!?」
肖像画といえば、目がパッチリした美形………………ああ、肉で埋もれているのか。もったいない。
衝撃で紙を取り落とすところだった。