第5話 クエストを受けよう
コーヒーを飲みながら、ふぅ、とひと心地つく。
丸一日の休日、本日の昼食は簡単にオムライスにしておいた。ゲームでも練習が出来ると、リアルに帰ってきたときの上達ぶりに少々嬉しくなる。
入学当初から洋食が、特に基本のオムライスすら大の苦手だったのに、今はこんなに安定してふわとろのオムライスを作れる、その充足感は大きい。
そろそろシステムアシストを弱く――料理関係スキルを減らしておくのがいいかもしれないと思いながら、ログインの準備を行っていく。
俺ことガランティーヌは最後にログアウトした自分の店の、自分の生活スペースに立っていた。
まずはフルプレートを脱ぐ。リアルに影響のない程度の温度変化ぐらいなら感じるため、生暖かいとは思っていたけど――ゲーム的には相当暑かったらしい、汗がびっしょりだ。
「うっわ……これだからフルプレートは……」
特に今日は日差しが強かったからなぁ……フルプレートを脱ぎ去って、フルプレートの弱点である対衝撃のための対策に着ていたクロースアーマーを脱ぎ去る。そしてべったりと張り付いた下着を――あ、やっべ、レンに下着のこと教えて無かったわ……まぁいいか。クロウが上手いことやるだろう。
全裸の開放感を味わいつつ、クロースアーマーとフルプレートは、実は借り物なので整備に出してから返すつもりで、部屋の隅に乾きやすいように配置。クローゼットからリンネル製の白いシャツと換えの下着、ジーンズ製のカーゴパンツ、ウェストポーチを装着。その上から、量産品のレザー防具――ヘルム、ブレストアーマー、ガントレッド、グリープス――の一式をセットする。これが俺の本当の戦闘用装備だ。あんなガチ装備なんて借り物でしかない。
ああ、体に羽が生えたように軽い――これなら筋力スキルはいらないだろう。あっても、攻撃力増強より損耗率のほうが上回る……と言われているのでそうしよう。
ポシェットにはすぐ使いそうなアイテム類を突っ込み、いつも使っている皮製のバックパックを背負う。
あとはカーゴパンツのポケットに、水を入れた水筒と、布で包んだ手作りの保存食を詰める。バックパックはほぼ空だ。整理用の風呂敷が何枚かと、剥ぎ取る際に使うための薄刃ナイフが一振り入っている程度である。
武器は、剣道経験があるせいかどうも盾や両刃の武器が馴染まないので、サーベルだ。愛用していた三尺八寸の竹刀とほぼ同じバランスで、一応両手持ちができる。しかし所詮は鋳造品の量産タイプである、角ばって平べったい、安っぽい印象を与えるし、剣道と同じ感覚で使うと少々扱い辛い。が、竹刀と同じく真っ直ぐで、ナックルガードがあるため防御にも使えるのが嬉しいところだ。
そして最後に、家を出る前にゲーム内での栄養と水分を補給して……さて、次は時計屋でジェム交換か。
「――お待たせ」
昼食を取って一息入れた私が一番最後だった。
「まぁそれほど待ってないけどな」
ランディ――と思われる男が、剣道の面のようにスリットが数本入ったバイザーを跳ね上げて答える。プレートアーマーでくぐもっていた声は多少マシになったが、今回は目元だけしか確認できない。顔面を保護する意味もあるのだろう、茶色い革製らしいマスクが、口元に若干の空間を持たせつつ、隠している。
「朋友よ、そこは待っていないと答えるべきだ」
「いや、五分ぐらい待ったし?」
「だから朋友は彼女イナイ暦イコール年齢の童貞なんだ」
「今は関係ねぇだろうが!」
ああ、この感じ、ランディで間違いないようだ……彼の装備しているのはNPC販売のレザー防具一式だそうだが、反射的に防御で使いそうな箇所など、所々が金属で補強されている。聞くところによると、補強されていない純粋な革鎧タイプもあるそうだ。つまりこれは金属鎧と革鎧のハーフに分類されるのだろうと私は考察する。
今まで読んだファンタジー系の本の中にも、歴史の本の中にも存在しないような防具だが……それを見ていると本当にファンタジーの世界に入り込んだのだなぁと、少々の感動も覚えた。
「っつーかお前が一番待ってたんじゃねぇの? クロウさんよぉ」
「ふっ……深遠なる魔法について触れた我はその一端を教えようと――」
「ああ、ナンパしてたんだな」
「失礼なことを言うなっ! 朋友だろうと容赦はしないぞ!?」
「まぁまぁ、そこまでにしておいたほうがいい。周りの目が気になるならね」
二人が「うっ……」とうめき声を上げて止まる。ランディはバイザーを下ろして顔を完全に隠してしまった。やれやれ……。
「ところで装備は? 見た目あんまし変わってな――」
「君が教え忘れてくれた下着を買ったよ」
「――ごめんなさい、すっかり忘れてました」
「よろしい、と言いたいところだが……そのせいで今の私の財布はすっからかんだ。お詫びに何か仕事をくれないか?」
「はいはい……クロウ、なんかあるか?」
「我は我がギルドの活動以外は基本的に酒場にある討伐クエストで資金繰りしている故」
「俺もギルド活動以外は料理屋やってるだけだしなぁ。今日は休日だから、本当はランチタイムで熊肉料理出して、夜はまた別の料理にしようってスケジュールだったんだけど」
「私のチュートリアルで時間を食ってしまい、店を空けられなかった、ということだね」
「いや、責めてはないからな? 悪いのは全面的にウチのリーダーだし」
「リーダーといえば、朋友よ。あのバーサーカー中学生はまだログインしていないのか?」
「お前以外全滅だっつーの。っていうか、アレはアレで呼び出したくねぇ」
「軍曹殿は?」
「軍曹はリアルで自衛官だから、当直だとかなんだとかで今日明日明後日は無理らしい。メンテ前の晩にウチでメシ食いながらぼやいてた」
「浪人は?」
「法事で実家だと。つーか勉強しろ浪人」
「確かにあれではまた浪人するだろうな……シスター」
「休日出勤で今夜参加できるかどうか」
「ご愁傷様だ。ウチのギルドマスターは?」
「リーダーは今ごろドラゴンの生態系破壊してるはず」
「週に十匹しか狩れないドラゴンをか……お父さんは?」
「今日は家族サービスで遊園地だと」
「さすがお父さん、家族サービスならしょうがないな。ロボフェチはどうした?」
「……俺別に全員のリアル知ってるわけじゃねぇんだから知るわけねぇだろ。つーかアイツが一番謎だ、社会人って言ってるくせに平日に平気でログインしてるらしいし」
「なるほど、全滅か」
ギルド――仲のいい人たちの集まりという説明を受けた――のメンバーは、話を聞く限りは八人らしい。
愛称なのか蔑称なのか分からない名前で確認しあう二人を見ながら、私はふと、疑問に思う。
「ランディは詳しいね。サブマスターか何かかな?」
「その通りだとも、弟子よ」
「料理人で店持ってるとな、まぁたまり場になるんだわ、ギルドの」
「朋友は唯一の家持ちだからなぁ」
「なるほど、家も個人で所有できるのか」
「まぁ、店を開くのが俺の夢だからな。だから、まずはゲームで店を持とうと思っただけなんだよな」
「普通にゲームをプレイするだけなら宿屋で十分なわけだが」
「ゲームなのに泊まる必要がある?」
「まぁ、ログアウトしてもキャラクターはその場に残るからな。そういう仕様上、ログアウト中セクハラを受けたり、スリにあったり……まぁいろいろある」
「今回はこの我が見張っていた、大丈夫だったと断言しよう」
「そうかい? それはよかった」
「ちなみに路地裏で座り込んで反応の無いキャラクターは大概金ナシでログアウトしている奴らだな。昔いたんだけど、小学生が絶望した顔しながらログアウトするさまは悲壮感たっぷりだったぞ?」
「まさにストリートチルドレンだな、はっはっは!」
「どこまでも資本主義だね!?」
その子がどうなったのかが非常に気になるところだが……それよりも私がそうならないためにまずはお金を稼ぐことが急務であることが判明した。
知らないうちに体を弄られるなんて、ゲームでも嫌なものは嫌だからね!
「とにかくお金を稼ぎたい。このさいだから多少の危険には目を瞑ろう。戦いたくないと言っていたが、戦いを避けてお金を稼ぐのは難しいことが分かったからね」
「では酒場でクエストを受けようじゃないか。ファンタジーの王道であるな!」
「そうだな、頑張れ」
「手伝ってくれないのかい!?」
「だって俺、夜の仕込みで忙しいもん」
「君は本当に最低だね!」
バイザー越しでは彼の表情を見ることは出来ない。だが、断言できる。ランディは、本当に私の事をどうでもいいと思っている顔をしているだろう。
「……朋友よ、ここは男として手伝うべきだ」
クロウが、ランディをかわいそうなものを見るような目で見た。ゲームとはいえ異国の地、こんなところで放り出されてはたまらない私も、ランディをじっと見据えて抗議した。
「そんな性格だから彼女の一人も出来ないんだ」
「俺のリアル事情は関係ねぇだろうがっ!」
「そもそも、我は魔導の深遠に触れた魔導騎士、何でも出来るといえば聞こえこそいいが、その実単なる器用貧乏である! 純粋たる前衛の朋友が居なければ、彼女と共にクエストをクリアするなど不可能だ!」
「お前は単体でドラゴン一匹ぐらい相手に出来るぐらいは強いだろうが!」
「囲まれれば無力とも言うがなぁ!」
「基準がよく分からないよ、私は」
何度かドラゴンの名前を聞いているが、この世界では比較的ドラゴンは弱いのだろう……ファンタジー世界の、絶対的な力を持つドラゴンを想像していた私は、失望するべきか希望を抱くべきかを考える――が、益体もないことだ、やめることにした。
「あと、今朝酒場を見たところ主だった大型MOBは倒されている。ゴブリンキングも、オークキングもだ。故に、オークやゴブリンが成長するまで待っていては、弟子は今夜の宿代を払えないだろう」
「つーか、そういう生かしてやってるやつ以外での討伐系で、生きてるやついんのかよ?」
「ウィスプやゾンビ、グールやスケルトン系ならいつでも募集している。さすがと言ったところだな」
「えっ……!?」
多少のグロテスクな怪物ならば大丈夫な私でも、さすがにそういうホラー系は苦手なほうなんだが……。
「ああ、ガンガン地面から湧いてくるあいつらね……あいつらからだと熟成された肉が剥ぎ取れるから、今夜のメニューになるな……」
「えっ……!?」
今、聞き捨てなら無いことを、聞いた気がする。
「そういうことならOKだ」
「そうか! あそこは本当に気持ち悪いくらい湧いてくるからなぁ! 我ではすぐに囲まれて死んでしまうところだったよ!」
「できれば焼いて欲しくないけど、まぁしょうがないよな。使える肉は優先的に俺に回してくれ。それが報酬でいいから」
「よかったな弟子よ! 彼はとても頼もしいからな! 上手くすれば後ろで眺めているだけで終わってしまうかもしれん! ――どうした、顔が青いぞ? 風邪か?」