第7話〜side古賀〜
古賀視点です
暴走しないと良いのですが…
「・・・」
甘かった。自分の認識の甘さにどうしようもない苛立ちがこみ上げてくる。
そこに、昨夜抱き込んで眠ったはずの人物の姿はすでになく、冷たくなったベッドから、かなり前に出て行ったことが伺えた。
深山秋穂という女は今まで古賀が付き合ってきた女達と性格もそれ以外も真逆であることくらい分かっていたのに対策を取らなかった古賀自身の失態と言える状況である。
「逃げられると思うなよ・・・」
苛立ちを押さえたかのような低い声が空気を震わせる。
だいたい、逃がすつもりなど最初からないのだ。何より、彼女はまだ自分の手の内にいる。
そう考えると、少しだけこの状況を引き起こした彼女への溜飲が下がった。
叔父に電話をかけ、これから行くというむねを伝え、かねてから頼んでいたことの念を押す。
抱き込んだ己の腕から逃げたのは彼女だ。だからもう手加減はしない。用意周到に囲い込んで捕まえよう。逃げられてしまわぬように。
これから起こるであろう事態を考えほくそ笑んだ古賀の顔は壮絶なくらい美しかったのだが、秋穂がこれを見たら、悪魔の微笑み、と言って逃げ出してしまう代物でもあった。
逃げるなら、逃げればいい。そのうち、逃げられないという事を悟るのだから。
深山秋穂という女と知り合ったのは今から、1年ほど前の事だった、と記憶している。正確には、彼女が古賀裕一として俺を認識した日であり、俺自身は以前から彼女のことは知っていた。
馬鹿な女、それが彼女に対する俺の第一印象だった。それは、友人とたまたま訪れた日本料理屋であの叔父が優秀だとほめる女を見かけたときのことだった。明らかに恋情の伺える瞳で男の恋愛相談にのる姿は滑稽としか言いようがなかったからだ。
叔父の審美眼も鈍ったものだ、と思ったが、数日後、それが間違いであったことに気づく。
「いつも通り、完璧な報告書ですね」
「ああ、深山くんが作っているからね」
「毎回ですか」
「当たり前だよ。彼女以外に本社に出す企画書も報告書も触らせないよ」
「企画書もですか」
定期的に届く、報告書や本社と合同で進められる企画書は、メールでのやりとりが多いため、取りこぼしの一つや二つはざらにあるのだが、叔父の会社だけは今まで一度もそういったことがなかったことから優秀な秘書がいるのだと思っていたが、まさかその相手が彼女だとは思いもしなかった。
「あげないよ」
「・・・おや?物欲しそうにしていましたか」
「興味持ったでしょ」
「するどいですねえ」
叔父は少し考え込んだ後
「ほしいなら、深山くんを落としてごらん」
「?大事な秘書なのでは」
「大事な秘書だよ。でも、無駄だから」
「どういった意味でしょう」
「そのうち分かるよ」
叔父の支離滅裂な言葉に首を傾げながらも、忙しさにこの会話を忘れかけていた時だった、彼女と意外な場所で出会ったのは。
仕事終わり、いつものように朧の経営する会員制バーに行くと、そこに彼女の姿があった。そのことにも驚いたのだが、朧がカウンター席に座らせている、という事にも驚いた。
なぜなら、ここには暗黙の了解が存在し、カウンター席に座れるのは、朧に依頼のある人間か、気に入られた人間に分類されるからだ。バーテンダーというのは表の顔で、裏で朧は探偵業をやっている。しかも、探偵事務所に入るのは憚られるが、一等地に建つ会員制バーには気兼ねなくは入れるという地位もお金も持った人物達が朧の顧客なのだ。
そのため、彼女の場合は後者であることが分かるが、そうすると、さらに疑問が増える。
「おや、いらっしゃいませ、古賀様」
古賀に気づいた朧が声をかけてくる。
閉店間際のため客は彼女一人しかいなかった。そのため、彼女の隣に腰掛ける。
「いつものを」
「かしこまりました」
「朧さん。もう帰ります。ごちそうさま」
「あら、もうちょっといても良いのよ?」
「また来るから」
朧が素で話しているのにも驚いたが、彼女の言葉遣いも会社でのものよりも砕けていた。
「珍しいな」
「何が」
「女を座らせてることもだが、口調も気にしてないなんて」
「あぁ、彼女は特別」
「・・・」
「拾ったのよ、半年前に。というか、あの冷めた、何にも見てない瞳が昔の私に重なって、放っておけなくて、ここに連れ込んだのよ。あら?そう言えば、あんたの叔父様の秘書よ彼女」
「知ってる」
ふてくされたような声が出たと自分でも気づいたが、自分思う深山秋穂と彼らの言う深山秋穂が結びつかず、納得がいかないのだ。
古賀、置いてけぼりをくらう!
おいて帰った事はあっても置き去りにされた事はなかったため、初体験をした、古賀でした。
ぷぷ…人にしたことは自分に帰ってくるんですね(-。-;