第9話 侵火の痕
星環歴772年 5月23日
惑星コルト ヴェルテイル公国 カリスト
1
「これが…カリストなのか?」
危機を知り、惑星ウィンストンから急いで帰還したアルヴァス。
到着した我が故郷カリスト――いや、だった所、というべきなのか。ここに帰って来れば、見慣れた街の光景が映り、見知った顔の仲間たちが迎えてくれるはずだった。しかし、今視界にあるのは
――赤い炎。火の海。
街中のあちこちに消防隊や救急隊が駆けつけ、燃える建物の消化活動や人命の救助活動を行っている。四方八方からサイレン音や緊急事態を促す音声が鳴り響き、鼓膜が破れそうになる。
「なんだよ……これ」
悪い夢でも見ているのだろうか。現実とは思いたくない光景がアルヴァスの脳裏に焼き付く。
カリストの街で最も特徴的だった丸屋根の建物は崩れ去り、炎はメラメラと燃え広がり、黒い煙は空を埋め尽くす。流血して倒れている者や瓦礫の下敷きとなって絶命した者も目にした。
「なんで…なんでだよ、クソッ!俺たちがなにをしたっていうんだっ!?」
わけも分からなくアルヴァスは、地獄と化したカリストの街道を走り出す。恐怖のあまり、目蓋を大きく開かせた眼は、四方八方に広がる死屍累々をとらえる。現実から目を背けるように、倒れ絶命した者たちを視界に入れないようにする。
夢なら早く覚めてほしい。
そう願いながら、崩れゆく瓦礫を避けながら、我が家<サークル・オブ・ストラット>まで疾走した。
2
バンッ!!
「母さん!」
店に到着したアルヴァスは、勢いよく扉を開けた。
「アルヴァス!良かった、無事に帰ってきたのね」
店内には、母エスティアの姿があった。客も何人か居合わせていた。
「一体、何があったんだよ。外の有り様はなんだっ!!」
動揺を隠せないアルヴァスはエスティアに問う。
エスティアはカリストで起こったことを伝えた。カリストを襲撃したという、黒く巨大な飛翔体<暗天機>のことを。
今から三日ほど前、自らを<暗天機>と名乗った飛翔体が、カリスト上空に出現したという。<暗天機>は街全体を覆ってしまえるほどに巨大で、昼間にもかかわらず夜のように周りは暗くなったという。そして奴は、カリスト全体を蹂躙するように、無差別に焼き尽くしたという。
「…なんだよ、それ」
両手をグッと握り締め、ぶつけようのない怒りを表す。
「その<暗天機>ってやつは今どこに!?」
アルヴァスがカリストに戻った頃には、すでに<暗天機>とやらの姿はなかった。
「…カリストを火の海にした後、どこかに消えていったわ」
星環歴772年 コルト標準時間 5月20日 16:20、突如カリスト上空に現れた<暗天機>によって襲撃された一連の事件は、のちに「カリスト空襲」と呼ばれ、コルトに留まらず、宇宙全体で報道され、多くの人々を恐怖と不安に陥れることになった。
3
あれから三週間。街を見て回ると、崩れた瓦礫の撤去作業をしているクレーン車や、瓦礫の山から発見されたであろう何人かの遺体が白い布に被せられていた。胸が締め付けられるような痛みとともに、喉の奥が熱くなる。どれだけの人々が、この突然の惨劇で命を落としたのか。考えるだけで目の奥が熱くなった。
アルトスの村でも目の当たりにした戦死者の姿を思い出す。あの時は「他人事」と思っていた死の恐怖が、今は自分の日常に入り込んでいる。フェリシアも言っていたように、いつ死ぬか分からない状況であるのは、向こうに限らずなのだと思い知らされた。あの時の自分は何も分かっていなかったのだ。毎日が当たり前のように続くと思っていた日常が、一瞬で崩れ去る恐ろしさを、今になって痛感している。
アルヴァスは荒廃したカリストの街を歩き回っていた。生き残った者たちは、建物の修繕、瓦礫の除去、未だ埋もれたままの生存者の捜索を行っていた。彼もまた、皆と共に復興活動に加わろうと、何か手伝えることはないか訊ねてみたが、
「アルヴァス、復興は専門家に任せておけ。素人が手を出すと却って邪魔になる」「お前には自分の店があるんだ。いつものように、エスティアさんとうまい飯を振る舞ってやりゃあいいんだよ」「協力したいって気持ちは大いに買うが、その前に鏡見てみろ。そんな魂の抜けたような顔つきで、まともに仕事ができるとは思えん」
そんなひどい顔をしていたのか。ウィンストンに旅立ってカリストを不在にしていた間に起きた惨劇。それを未だ受け入れられない。放心してはいた彼だが、こうして他人と話すことにより、
自分が如何に暗い顔をしていたのかを知ることが出来た。
今までかつて、このような悲劇を経験したことが無かっただけに、アルヴァスには耐え難い衝撃だった。
しかし、
アルトスの村で会ったフェリシアの言葉と、彼女らが毎晩行っていたあの賑やかな宴を思い出す。死んだ同胞に対する哀悼の意が込められた宴。悲しい時ほど皆で楽しく食べ、飲み、踊り、歌い、明るい気持ちで死者を見送ってあげようという、そんな弔い方法を思い出した。これが、苦難を乗り越えるヒントになるかもしれない。
生き残った者たちは今後をどう生きるべきか。あのような文化や風習があることを、頭の片隅に入れておく。
そんなことを思いながら、アルヴァスは店へと歩を進めた。
4
襲撃を直に受けたカリストの爪痕を見て周ってきたアルヴァスは、店に戻った。店では普段通り、エスティアが営業をしていた。そんな彼女を見てアルヴァスは、
「母さん。街がこんな目にあったっていうのに、商売やってる場合なのかよ」
<暗天機>と呼ばれる謎の飛翔体が、またカリストに現れて空爆を起こすかもしれない。そうなったときに次回も運よく助かるとは限らない。今すぐ皆で安全なところに逃げるべきではないのか。そう危惧せずにはいられないアルヴァスは、エスティアに意見する。
エスティアは少し黙った後、
「こんな目にあったからこそ、普段通りの日常を続けるのよ」
淡々とそう答え、料理を続けるのみだった。
「お客さんたちを見てみなさい」
彼女に言われるように、客人たちの集う広間に目をやる。
「事件のショックもあって、完全に立ち直ったとはいえないけど、みんな結構生き生きしているでしょう」
エスティアの言う通りだった。これまでと変わらない活気さがあるわけではなかったが、いつも通りの空気感で、皆が仲間と楽しい食事と会話をしているように見えた。
「この<サークル・オブ・ストラット>は、みんなにとって安心できる集いの場。私たちがここで仕事を続けなかったら、みんなはどうなると思ってんのよ?」
「アルヴァス。あんたはカリストのみんなに戦う勇気を与えたんだ。みんながこうして店に来てくれているのは、あんたのためでもあるのよ」
「俺の…ため?」
これの何が自分のためなのか。その意味をいまいち汲み取れないアルヴァスに対し、エスティアは続ける。
「なかには家族や友人、恋人と死別した人たちだっている。みんな悲しいんだ。それでも普段と変わらず元気に振る舞って、一日でも早くあんたには立ち直ってほしいのよ」
「これは、戦う勇気を与えてくれたあんたへの恩返しさ」
アルヴァスは厨房越しに、席の客人たちを一瞥する。客たちは「元気出せよ」と言った表情でこちらを見る。
元気を出してほしい。
ここに訪れる客人たちのいつもと変わらない行動には、そんな励ましの意味が込められていたとは想像もつかなかった。これだけ多くの者たちに自分が心配されていることを再認識し、アルヴァスは目頭が熱くなる。
「アルヴァス。今回のは仕方なかったんだ。まさかあんな規格外の
敵が現れるなんて、誰にも予想が出来なかったしなぁ」
常連客の一人が厨房にいるアルヴァスに声をかける。未だに立ち直れない自分を心配してくれて。
「すみません。俺、もうどうすればいいのか…」
アルヴァスは活気無く応える。
この客には幼い一人息子がいた。しかし、今回の事件でその子は命を落としてしまったそう。大切な一人息子を失ったこの人の方が、自分などよりも辛いはずなのに。運が良かったことから、家も家族も失わずに済んだ自分の方が心配されている。なんと情けないことか。
一方、この<サークル・オブ・ストラット>は、幸いにも敵の発した空爆地点から大きく離れた場所に位置していたため、こうして経営を維持でき、母のエスティアもこの通り無事である。
言うまでもなく、店やその周辺に居合わせた者たちが無事だったのは何よりだ。だとしても、こんなにも危機感を持たない母や客人に対し、アルヴァスは疑問を抱く。
自分を励ましてくれることには感謝している。しかし、今のアルヴァスはそれ以上に、現状を受け入れられず冷静さを失っていた。頭では理解しようとしているのに、胸の奥には消えない怒りと絶望が渦巻いている。黙々と目の前の仕事に取り掛かっているものの、手を動かしながらも心はどこか遠くへ飛んでいるようだった。内心では復讐心が燃え上がり、同時に大切な人たちをこれ以上失いたくないという切実な願いに駆られていた。この相反する感情が彼の中で激しくぶつかり合い、苦しめていた。
「ほんと、わけ分かんねぇよ。…母さんもみんなも」
「……」
不満を呟くアルヴァスを見かねたエスティアは、
「もういい。アルヴァス、今日はもう抜けな」
惨劇のショックから立ち直れず、目の前の仕事にも集中できないアルヴァスに、エスティアは休むよう告げた。
「…ああ、そうする」
彼女の言葉に従い、アルヴァスは今日の仕事を切り上げ、生気なく二階の自室へと向かった。
「さすがのアルヴァスも、今回ばかりは耐えかねているようですな。エスティアさん」
客の一人が彼女に声をかけた。
「あの子、いつもは他人に元気を与えるんだけども、立ち直るのに時間がかかったりと、どこか打たれ弱いところもあるのよね。あの子を立ち上がらせてくれる、そんな誰かがいてくれればいいのだけれど…」
エスティアと客のそんなやり取りを余所に、アルヴァスは自室に入り、バタンと扉を静かに閉めた。
5
アルヴァスは、自室のベッドに大の字で仰向けになる。未だ現実を受け入れ切れないところもあるが、これがきっかけで反省すべき点も挙げられた。もちろん、今回の事件を予測することなど出来るはずもなく、<暗天機>と名乗った飛翔体の空襲など、きっと誰にも阻止出来なかっただろう。問題は危機感の無さだ。
正直、甘く見ていた。
見知らぬ地でも、ラーゼン・シュタールの殺戮行為が頻繁に行われているという話をこれまでに何度も耳にした。ニュースやメディアを通せば、世界各地で多発する情報を得ることが出来き、世界が如何に悲惨であるのかも分かる。
しかし、無意識のうちにアルヴァスはこう捉えていた。
―――自分とは関係のない世界のお話だ、と。
世界では多くの戦争や紛争が絶えない。そして、絶対的権力を握る者が弱き民に圧政を行うといった構図が普遍的に存在する。そんな現状を認識していたにも関わらず、自分たちの街は大丈夫だろうと、根拠も無く安心していた。ラーゼン・シュタールの襲撃は絶えないが、街ではアルヴァスがいつも先陣を切って何機も撃破し、そんな彼を見る仲間たちの士気も自ずと高まっていった。度重なる戦闘を経て、カリスト市民は公国軍にも負けず劣らずの戦力を得たのだ。十分に戦っていける力を保有しているのだから、カリストが将来的に壊滅するはずがない。そう思っていた。
しかし、約束されたと思われていたアルヴァスたちの平穏は、こんなにも容易く打ち砕かれた。
「くそっ、何でこんなことに」
突きつけられた現実を受け入れ切れず、自暴自棄になりかけていたところ、
「アルヴァス!ちょっと下りてきてー!」
一階から、自分を呼ぶエスティアの声が聞こえた。
「アルヴァス、ちょっとこの食材運ぶの手伝ってー」とか「買い物行ってきて頂戴」などといった野暮な用件で呼びつけている感じではなかった。そもそも精神的にも病んでいるアルヴァスだ。部屋でゆっくり休んでおけと勧めた母が、そんなことで自分を呼び出すだろうか。アルヴァスは少し不思議に思いながらも、エスティアの声がする一階へ向かうことにした。
階段を下りる。一段、また一段。ゆっくりと。
客人たちが集う一階へと近づくに連れ、忘れつつあった記憶の欠片がアルヴァスの脳裏を掠める。この<サークルオブストラット>
でずっと聞き馴染んできたエスティアや常連客の話し声とは別に、以前の遠征先で見知った者の声が、確かにそこにあった。この扉の向こうから、他の者たちとの声に紛れながら。
魂の抜け殻のように生気を失いかけていた。そんな彼にも僅かに、光明が差し込んだように思えた。半信半疑の思いを胸に、アルヴァスは意を決して扉のノブに手をかけた。「ガチャッ」という音とともに開いた先には、いつもの大広間に集う人々の姿があった。その瞬間、空気が変わった気がした。
「おっ、来たぞ!」
「待ちくたびれたぞ、アルヴァス」
「この方が君の知り合いなのかね?」
「アルヴァス、大切なお客様をこんなに待たせるものじゃないわよ」
エスティアや常連客たちの声が、一斉に彼を包み込む。それは穏やかな波のように、彼の心に打ち寄せた。見慣れた顔ぶれの中で視線を巡らせるアルヴァス。彼らが何を言わんとしているのか、霧の中を歩くように掴みどころがなかった。
――その時、人々の間に紛れる一つの存在が、彼の目に映った。それは幻ではなく、確かな光を放っていた。
「三週間ぶりってところかしら?」
そう。その場に佇んでいたのは、惑星ウィンストンで運命の糸に導かれるように出会った、炎のような赤髪を持つ少女――フェリシアその人だった。




