第十六話 〈裏〉鬼娘の予言
ここはどこ? ……私って誰だっけ?
随分と頭がぼんやりしている。懐かしい、硬くて冷たい床。
「ああ、そうか……」
ゴミだらけで酷い汚臭。錆びたトタンの仕切りだけだから見える曇天の空。
ここは家だ。やっと、わかった。ひどい空腹で、なにもわからなかったんだ。
足音が聞こえる。
兄ちゃんだ。兄ちゃんが帰ってきたんだ。
「カレン、今帰ったぞ。ほら、食えよ」
ぼさぼさの長い赤髪にあちこち傷だらけの兄ちゃんがくれたのは、カビた半切れの黒パン。お金持ちのお家のゴミから漁ってきたのだろうか。
「兄ちゃんは? 兄ちゃんの分は?」
「俺はもうその半分を食った」
嘘だ。兄ちゃんは、こんな綺麗に切れるナイフなんて持ってない。
戦うときでさえ、いつもパイプを使っているもの。
「雨、降るかな?」
「……いいから食っちまえ。んで、さっさと寝ろ」
病気が悪化するだろ……と兄ちゃんは言う。
もそもそと食べていると、兄ちゃんのお腹が鳴った。大きな音だった。
「っつ!」
「これ……!」
思わず食べかけのパンを差し出すけれど、兄ちゃんは私の手を払って勢いよく出て行こうとする。
「いいからっ! 俺はもう行く!」
「にいちゃっ……ケホッ、ケホッケホッ」
うまく声が出ない。咳のせいだ。
こんな生活が、一生続くのだろうか。
ううん。そんなこと、絶対ない。
「兄ちゃん……、私、わかる。きっと、もうすぐ出られるから」
「は?」
「もうすぐ、出られるよ」
「ハッ! 甘いこと言うのも大概にしろよ」
鼻で笑って、兄ちゃんは行ってしまった。
ここは、クリソベリル王国のスラム。通称、孤児のゴミ箱。
ふと、目が覚めた。
「ここは……」
不思議な匂いのせいで記憶が曖昧だ。
なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。
私はカレン。クリソベリル王国五大幹部で、隠密部隊の隊長だ。うん。大丈夫、思い出せた。
「確か、マホガニー連邦国に潜入してた......はず」
自分の周りを見ると、鉄格子、不思議な匂いのするお香、頑丈な手錠と鎖。
どうやら捕まっているようだ。
「ふんっ!」
力を込めても……いや、力が入らない!?
この手錠……、もしかして。
「あーあ。ごめんなさい、魔王様、兄ちゃん、みんな。私、やらかしちゃったかも」
乾いた笑いが牢屋に響いた。