第40話 就職活動
先生の居室に入ると、先生は椅子にも座らず突然私に謝った。
「申し訳ないです。大変残念なことになりました」
え、ええ?
学位取得の手続きに何か不備があったんだろうか?
先生は続けた。
「先月に総選挙があって、元老院が新しい体制になったのは知っていますよね」
ああ、確かそんなことがあったような。
でもそれがなんで学位に関係するんだ?
「新しい元老院はすべての予算を見直すと宣言して、全省庁の様々な事業を中止か延期させたようです。研究事業に関しては『二番じゃダメなのか?』といって、世界で一番でなければいけない理由を客観的に説明できない研究は中止となったのです。王政刷新会議による事業仕分けです」
……ん?
「つまり、その事業仕分けで国防省からの新事業の公募もなくなってしまった、ということです。先ほど国防省のハルバーグさんから連絡がありました。このような事態になるとは予想していなかった、申し訳ないとのことです。私も完全に想定外でした」
そして、先生は頭を押さえ、大きなため息をついた。
ええええええええ!!!
防具向け魔材の魔法鍛錬の検討事業が消えてなくなってしまったということか!
「じゃ、じゃあ、4月からはどうしたいいのでしょうか?」
となると問題は来年度の話だ。次の4月までもう1か月もない。私の将来はどうなるんだ?
「まずはカイさんに考えられる選択肢を話します。1つ目は、通常の研究者の就職活動と同様、REC-INというデータベースで求人情報を探すという選択肢です。そして、良さそうな求人があればそこへ応募するという流れになります」
――ただ、これは当然ながら公募である以上、他の求人者との戦いになる。条件の良い公募は熾烈な戦いになるだろうな。たぶん、この事業仕分けを受けて同じ境遇の博士研究員が大量にいるだろう。
アダマース先生は続ける。
「もう一つの選択肢は、このまま博士研究員としてこの研究室に残るというものです。外部資金を得ることを見越して既に博士研究員として雇用する学内手続きを開始していますし。ただ、知っての通り、あの外部資金がないとあまり予算がありません。年間300万リブラを出せるかどうかだと思います」
既に研究室の収支を知っている身としては、その300万という金額が非常に大きいことがわかる。現在確保している研究費――魔研費――ではそれを賄うことはできない。追加の外部資金が無い場合、虎の子である研究室の“貯金”に手を出さないとその金額は捻出できないのだ。
アダマース先生が最大限の配慮をしてくれているのがわかる。
しかし、冷静に考えると300万というのは学部卒の新人よりも安い年収である。
退職金もなければ、各種保険、税金もここから支払う必要がある。
それに、奨学金という名の学生ローンの返済もしないといけない。
研究室に迷惑をかけるし、正直なところ雇用条件としてはイマイチだ。
先生はさらに続けた。
「あとは、私の知り合いの先生に博士研究員を探していないか聞いてみることもできます。どれも一長一短ありますが、どうしましょうか」
……急な話過ぎて、どれが良い選択肢なのか見当もつかないな――
「先生、まずは図書館に行き、REC-INを検索してみます。良い仕事がないか、探してみます」
「わかりました。そうですね」
部屋を出ようとすると、先生は私のためにドアを開けてくれた。
相当私のことに申し訳なく思ってくれているようだ。
---図書館---
国内の研究職公募情報をまとめたREC-INという情報一覧がある。
私は網絡魔蔵器のREC-INを指定して検索のための咒文を詠唱し、公募情報を調べる。
キーワードは『魔材強度学』。
ただ、これだと検索で表示されるのは実験補助のような職種ばかりだ。博士研究員クラスの募集はない。
しょうがないので、専門分野を『魔材学』に広げて再検索する。
すると、助教や博士研究員クラスの募集が十数件表示された。
助教は研究に加えて教育も行う職位。
研究に専念したければ博士研究員がいいだろうが、教授に将来ステップアップを目指すなら教育経験――教歴――が積める職位が望ましい。
博士号取得後、すぐに助教になる人もいる。
……もし選択肢があれば、助教のポストを選ぼう。
そんなことを考えながら公募リストを眺めるのだが、研究テーマがあまり合わないものばかりだ。
逆に、『魔工学専攻であれば経験・年齢・専門分野不問』といった非常に応募しやすい公募もあるが、配属先研究室の資料を読むと『アットホームな研究室です』『必要なのはやる気と笑顔』『助教昇任実績あり』と書いてあるあたり、雰囲気がどうもあやしい。
ただ、他に見つからなければ最後はこのような研究室に応募するか、それとも……マリさんのように専門分野を変えてでも応募する必要があるのだろう。
いくつか候補となりそうな公募を紙に転写したものの、いまいち気が乗らない。
やはり先生のツテにも頼って行先を探すのが良さそうだ。
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あまり良い話がないまま、しかし妥協する決断もできずに1週間が過ぎた。
もう魔材学会研究発表会である。
私は心ここにあらずの状態で参加することになった。
今回はトオヴェルロにあるトオヴェルロ魔工学大学で開催された。
トオ工大は宮廷大学ではないものの、入試の難易度は非常に高く、また研究レベルも非常に高い大学である。しかし、“魔工学大学”との名前からあまり知名度のない残念な大学である。
魔術泥人形に特別な課題を与え、それの達成度で競う魔術泥人形競技会、通称ゴレコン発祥の大学でもあり、個人的にはとても関心のある大学である。一度は訪れてみたいと以前から思っていた。
しかし、今回はそんな感傷に浸る余裕もない。
今できることは全力で自分の研究発表を行い、そして質問をするなどしてアピールすることだ。ただ“質問のための質問”と思われて、無駄に時間を浪費させてしまっては逆効果である。
意味ある質問に絞り、でもできる限り多くの質問をする。
すると、ケレエタさんが
「カイさん、余計なおせっかいかもしれませんが、カイさんの事情をプロケラ先生に伝えたところ、一度お話をしたいと仰ってます。条件面とかは聞いてないので、ご希望に合うかどうかわかりませんが……」
と声をかけてきた。
!!
確か、ケレエタさんはプロケラ研究室に在籍時、魔石砲の研究をしていたと言っていたっけ。
これはおもしろそうだ!
ケレエタさんには愚痴のように今の事情を話したことがあったのだが、それを覚えていてくれたんだ。本当にありがたい。
そして、1日目の学会が終了した後、空いた教室を見つけて『面接』をすることになった。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):3件(うち、筆頭2件)
査読付き論文(国内誌):筆頭1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:18件(うち、筆頭6件)
受賞:1件
国内の研究職公募情報はJREC-INで確認できます。
JREC-IN Portal
https://jrecin.jst.go.jp/




