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第39話 博士学位論文審査会


 とうとう博士学位論文審査会の日となった。

 大学によっては公聴会と呼ばれたりもする。

 国際語ではPh.D. thesis DefenseやFinal Defenseなどと言うらしい。文字通り、自らの博士論文が博士の学位にふさわしいものか、先生方の質問の猛攻撃から守れるかが問われる真剣勝負である。


 審査は主査、副査の先生方によって行われる。

 主査はもちろん指導教員であるアダマース先生。

 副査は私の博士論文の審査が可能な他の研究室の先生で、今回は4名いる。

 お手盛りの審査にならないよう、他の専攻や他の大学の先生を最低でも1名は入れないといけない、といった内規を設けている大学も多い。


 さらに、博士論文審査会は通常公開で行われるため、誰でも参加可能である。


 発表時間は60分、そして質疑応答が30分となるので、合計90分の長丁場。

 最初は『60分も発表する内容があるのか?』と心配していたが、これまでの成果をすべて発表しようとしたら明らかに時間が足りないことがわかった。


『背景』の説明をできる限り簡略化し、実験条件なども端折(はしょ)れる個所は端折はしょる。


 先生方を相手にプレゼンをするのも何度も学会でしてきたから、もう慣れたものだ。

 今回は国際語で発表しなくていいので、気楽と言えるほど。


 それにアダマース先生は『これだけ業績があれば大丈夫です。あとは博士号を得るにふさわしい質疑応答できれば問題ないです』と仰ってくれていた。


 うん、大丈夫だ。


 ……ん?


 質疑応答がダメなら落ちることもあるということ?


 急に不安になってきた。



 しかし、そんなことを考える余裕はない。もう発表なのだ。



 ----

 ----博士論文審査会----


 まずは60分の発表。これは滞りなく終了した。


 そして、質疑応答。


 当初予想していた、

「魔材の魔法鍛錬の原理についてはどう考えているか?」

 といった質問は当然きた。


 これには、

「魔材中の魔力定着が安定化しているのではないか、と考えています。ただ、魔材の物理的組織の観察結果、魔力総量の測定結果などでは特に変化は見られないといった状況から、消去法的に考えている仮説のため、まだ明確な根拠はありません」

 と、現在考えている仮説を述べて、なんとか逃れる。


 そして、

「魔法鍛錬は魔石コストがかかりすぎるから実用性が低いのではないか?」

 といった質問もきた。これは正直痛い質問だ。

 魔法鍛錬は魔材の強度を増すものの、そのためには魔法を何度も付与させる必要がある。つまり、魔石を大量に消費するのだ。最近魔石のコスト上昇が続いているため、魔法鍛錬をした魔材の値段は高くならざるを得ない。


 安価なフェルミナイト金属を使っても魔石代だけで高価な魔材と同じだけコストがかかる。実際はこれに人件費や装置の減価償却費などが追加されるだろう。


 そのため、現時点ではこれについても明確な回答はできない。

「魔法鍛錬の際に必要な魔力量の削減は重要な課題と認識しています。最適な魔力振動数は固有のものですが、もしかしたら他にも魔法鍛錬可能な魔力振動数があるかもしれません。もしそれが存在したら使用する魔力量も削減できます。このような方策を検討していきたいと考えています」


 まだ仮説と言うよりも思いつきの段階だが、できる限り回答する。



 しかし、その後は何か抽象的・哲学的な質問が多くなってきた。


「これからは魔理学的なアプローチで研究したいということですか?」

「魔法鍛錬を研究して、キミは何がしたいのかね?」

 といった具合だ。


 なんと答えたらいいのかよくわからないのだが、自らの素直な想いを自信を持って答えるようにした。


 そして、気が付いたら質疑応答の時間が超過していた。


 アダマース先生から

「ではこれにて終了します。カイさんは部屋の外に出て待っていてください」

 と言われた。


 私は散らばった紙の資料など私物をまとめ、急ぎ部屋を出る。

 今から主査と副査の先生方による審査をするのだろう。


 気が気でない。

 そっとドアに聞き耳を立ててみるが、よく部屋の中の会話は聞こえない。

 

 時間がなかなか進まない。


 さきほどの質問への回答は明らかに変だったな……できれば違うように答えるべきだった――


 などと後悔の念が襲ってくる。


 本当に大丈夫だろうか?


 そして、しばらくしたら先生方が部屋から出てきた。

 アダマース先生が私をみて、ニコッと微笑んだ。


 !!!


 よしっ!!!!


 まだ教授会で承認を得るという手続きが残っているため、正式決定ではない。

 教授会ではアダマース先生が博士論文の概要と評価結果を報告し、無記名投票で審査が行われるようだ。


 ただ、これ以降の手続きで不合格になることはほぼないらしい。

 論文に剽窃(ひょうせつ)が見つかるなど、致命的な問題が発覚した時は別だが。



 そして、研究室のみんなが私のために質素だが心温まる祝賀会を開いてくれた。

 これまで後輩たちと一緒に研究をしてきて本当に良かった。


 良い仲間を作ることができたし、自らも多くのことを学ぶことができた。

『研究指導』の楽しさもわかってきた。

『研究指導』とは単純に何かの事実を教えるだけではない。普段からその分野の専門書を読みこんでいる後輩の方が詳しい場合もある。それに、実験などを通じて手を動かしているからこそわかる感覚と言うものもある。

 だから単純に『教える』『教えられる』といった関係ではなく、お互いを尊重しながらお互いの知恵を総動員してやるものだ。


 だから、教える側も得るものが多い。


 それに、結果的に論文や学会発表の共著での実績もいつの間にかかなりの数になった。

 もし自分の研究だけに専念していたらこれら業績はなかっただろう。


 大変だけど、ここまでやってきて本当に良かった。



 ----


 3月に入った。

 

 朝、研究室に行く前に図書館で論文検索をかけたところ、なんとマリさんの新しい論文を発見した。


 所属をみるとガタクルス(ガタ)大の魔理学専攻となっている。キュウセニル(キュウ)大学ではなかったんだろうか?


 ガタ大といえば定年で教員が減っても新たに教員を採用しない、いわゆる人事凍結をしばらくしたので有名な王立大学だ。治癒魔術の研究などは聖域のようだが、今でも教員数削減の手を緩めてないと噂の大学である。


 国から支給される運営交付金の減額は王立大学に相当大きな影響を及ぼしている。


 ちなみに発表内容は魔石に関するもの。国際(Journal )魔石(of Magic)学会誌(Stones)で発表しているし、どうやら魔材学から魔理学に専門が変わっているようだ。どおりで魔材学会に来ないんだ。


 いずれにせよ、さすがマリさんだ。新しい分野だけど早速国際学術誌(ジャーナル)で論文発表をしている。

 相変わらず活躍しているようで安心した。



 ---


 研究室にいくと数名の学生が学会発表の準備をしている。恒例の魔材学会研究発表会が近づいてきているからだ。


 既に学部・修士の学生とも卒業・修了の目途が立っており、研究室の雰囲気は明るい。

 冗談を言い合いながら和気あいあいと作業をしている。


 すると、アダマース先生が居室にいらした。

「カイさん、私の部屋に来てください」


 ……ん? どうしたんだ? 


 息を切らした先生は、顔が引きつっているように見える。


 ここでは話ができないのかな? 


 何か大きな問題が起こったのだろうか?


 心臓の鼓動が早くなったのを感じた。



 博士論文の中間審査と本審査、私自身はトラウマです。詳細は思い出したくても思い出せません。カイくんは何事もなく終わって本当に良かったです。しっかり成果を出してますからね。私もこんなんなら良かったのですが……。


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