第38話 共著論文の連名者
夏の酷暑が過ぎ去り、紅葉が山が彩るころ、国際魔材学会誌 に投稿していた論文が受理された。
やっとだ。
それにしても、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。
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まずは『大幅修正」との最初の査読結果が返ってきた。
『たとえ魔法鍛錬の原理が不明であっても観察可能な魔材の状態については報告すべき』との指摘だ。
そのため魔法鍛錬した魔材を切断し、断面を顕微鏡で観察した。魔材組織に何らかの特徴があるのかを確認したのだが、特に変化は見られなかった。
魔法鍛錬した魔材を高温にし、融点に変化があるかも確認した。しかし、これも特に変化はみられなかった。
そして、これら実験をフェルミナイト金属、モグナイト金属、ルリミニウム金属に対して実施した。
これら実験結果を図にして示し、論文に分析結果を詳細に追記して第2稿として再投稿した。
しかし、次の査読結果では『変化のない要素について詳細な情報を報告するのは冗長なだけなので不要である。これら図および説明は削除し、結果のみを簡潔に記述すべきである。一方、魔材の状態確認については不十分である。魔法鍛錬した魔材の外観、密度、臭いについても報告する必要がある』とのコメントが返ってきた。
私はため息交じりにせっかく作った図と文章を削除し、結果を述べる簡潔な一文を追記した。約1週間の実験が1行の文章に様変わりした。そして外観の違いを確認するため無駄にまじまじと強化された魔材を凝視し、臭いをかいだりした。
しかし、外観に何も違いは発見できないし、臭いもしない。
密度についても変化はなかった。
これらを論文に追記し、第3稿を投稿した。
すると、その次の査読結果では『臭いの違いまで論文に記述する必要はない。当該記述は削除すべき』といったコメントが返ってきた。
ええっ!?
臭いを確認しろといったのレビュアーだよね?
その結果を書いただけなのになんで削除させるの?
査読者は著名な研究者で、そのコメントは信頼に足るものだという印象がぐらついてきた。
アダマース先生は笑いながら、
「おもしろいですね、こういう査読者もたまにいますよ」
といって楽しんでいた。
いやいや、私にとっては博士号が取得できるかどうかの瀬戸際だ。博士論文の本審査の前にはこの論文は受理されてないといけない。私は平身低頭の回答文を作成し、論文の改定稿を第3稿として再投稿した。
そして、秋になって査読者との交換日記のような戦いがやっと終わりを告げ、無事に受理となったのだ。
本当に長い戦いだった。
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それに並行し、魔材の温度変化と魔法付与の同時模擬実験の研究成果も論文にした。これはケレエタさんの論文で、私は実際の魔材での実験を通じて誤差修正をしたため、共著者という立場だ。
ただ、共著者が非常に多くなった。筆頭著者は当然ながらケレエタさん、そして最終著者と責任著者はアダマース先生。
これに加え、ケレエタさんの前の研究室の指導教員であるプロケラ先生が共著者に入った。さらに、プロケラ研究室で助教をしているアートルム先生の名前も入った。
プロケラ先生とアートルム先生は最終的な咒文の動作確認をしてもらったからだ。
というわけで、総勢5名の共著論文となった。
いつもより共著者が多いのだが、先輩として日常的に指導したリシトくんも共著者に入れなくてもいいのか心配になった。
アダマース先生に訊くと、
「確かに貢献があるので名前を入れてもおかしくないですね。ただ一般的な指導の範囲だと考えました。今回は謝辞《Acknowledgments》でリシトさんの貢献に感謝したいと思います」
とのこと。
……なるほど、そういう考え方になるんだ。でもどうも基準がまだよくわからない。
「先生、共著者に名前を入れる基準と言うのは何かあるのでしょうか?」
「良い質問ですね。研究テーマの着想や研究計画の立案、そしてデータ収集や分析、解釈といったものに深く関わっている必要があります。それに、論文執筆に貢献してないといけません。あ、あと最終的な投稿論文の内容について合意している必要があります」
「となると、その条件を満たしていない人は共著者に入れてはいけないのでしょうか?」
「そうですね。例えば研究に関わっていないのに著名な研究者の名前を共著者に入れるのは『ゲストオーサー』と呼ばれます。著名な研究者の名前があると査読が緩くなるだろう、という狙いですね。あと、業績を増やすためにあまり関わってない人を共著者にするのは『ギフトオーサー』ですね」
「……いろいろあるんですね――じゃあ、リシトくんを共著者に入れるのはギフトオーサーになるのでしょうか?」
「いや、そこは判断が難しいところですね。学生の成果なのに、それを教員が自分の名前だけで発表するのは『ゴーストオーサー』と呼ばれるくらいです。まあ、一般的に『ゴーストオーサー』というのは、企業の研究者と一緒に研究をしているのに、その企業の利益になるため論文の著者から意図的に外すのを指しますが」
「はあ……そんな言葉もあるんですか」
「いずれにせよ、誰を共著者にするか、そして著者の順番をどうするのか、というのは一応基準がありますが、判断が難しいのが実態です」
……なかなか難しいもののようだ。こういうのはルールを知りつつ、あとは先生方の実態をみながら感覚を掴んでいくしかなさそうだ。
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そして、季節は冬へと移ろうとしてきた。
ケレエタさんの論文は“模擬実験誌”という学術誌に無事に採択された。
いきなり国際誌とはさすがだ。
最近聞いたのだが、ケレエタさんは子供のころ海外で数年間暮らしたことがあるとのこと。そりゃ国際語が上手いわけだ。
街では『政権交代!』『汚職反対!』『魔石値下げ隊』などと書かれたプラカードを持った一団が寒さに負けず行進している。鉱山工房からの賄賂問題が契機となり、とうとう元老院が退陣するようだ。近々総選挙があるようで、街が騒々しい。
しかし、そんなことに首を突っ込む余裕はない。
最後の関門、博士論文の最終審査が目前に迫ってきた。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):3件(うち、筆頭2件)
査読付き論文(国内誌):筆頭1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:14件(うち、筆頭5件)
受賞:1件




