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25.この世界で生きていく

「いいから手を離しなさい! これからユーリさんはドレスのフィッティングなのよ? それともお披露目でユーリさんに恥をかかせる気なの?」


 王妃のもっともな説教に、ようやくフィルはユーリの手を離した。番の誓約を交わしたことで、少しはユーリに対する執着が治まるかと思いきや、逆に「ようやく自分の番だと大手を振って主張できる!」と振り切れてしまったのか、ユーリをとにかく自分の傍らに置きたがるようになってしまったフィルに、王妃はげんなりとした。


「本当に、うちのバカ息子が、迷惑をかけているわ」

「あの、謝らないでください。私も受け入れてしまっているので」

「そう言ってくれると助かるわ」


 二人のいる室内では、ようやく仮縫いの終わった衣装を着せることができる、と、ヒヤヒヤしながら成り行きを見守っていたお針子達が忙しなく動き始めていた。

 お披露目、というのはユーリが彷徨い人であることを各国に知らせることと同時に、フィルの番であることを知らしめるものだ。彷徨い人の言語理解能力や異世界知識は富をもたらすことが多く、それゆえに占有されることを禁じられてきた。それゆえに保護した国は早々にそれを発表し、平等にその恩恵を得られるよう調整するのだ。面倒な役回りに聞こえるかもしれないが、調整のさじ加減はその国次第であり、よほどあからさまに自国に偏った調整をしない限り、非難されることはない。下手に非難すれば、悪い印象を与えてしまい、不利に調整されかねないからだ。

 そもそも、いち早く彷徨い人を発見した者がこっそり隠してしまえばどうとでもなるんじゃないかとユーリは疑問に思ったが、世の中が平穏であれば、各国の抱える占者によって早々に発見されてしまうものなのだと聞いて、また少し常識の違いを痛感させられた。


「いかがでしょうか。動きにくいところなどございますか?」

「そうね。ユーリさん、少し歩いてみて貰える?」


 慣れないヒールと足元の見えないドレスにヒヤヒヤしながら、ユーリは真っ直ぐに歩いてみる。用意された大きな鏡には、白銀の光沢を持つ生地に、藍色のオーガンジーのような薄い生地が重ねられたマーメイドラインのドレスを着た自分が映っている。一生のうちに着れるかどうかも分からない高価そうなドレスに気が遠くなる思いだった。


「少し、デザインの変更が必要そうね」

「妃殿下もそうお思いですのね。やはり、お顔が少し若返られてしまったことで、違和感が出てしまっております」


 デザイナーと王妃の言わんとすることはあまり理解できないが、番の誓約によってフィルの年齢に引きずられて若くなってしまったユーリには、少し背伸びしたデザインになってしまっている、ということらしかった。


「でも、ジェノサイドスパイダーシルクの生地なんて、早々手に入るものでもないし、今から大幅な変更はきかないでしょう?」

(なんて物騒な名前の生地!)

「ラインの大幅な変更は納期の面からも厳しいと言わざるをえません。ですが、こちらのクラウドマッシュルームコットンで腰のあたりに大振りのリボンを付けてみては――――」

(キノコ? キノコから綿が採れるの?)

「悪くはないけれど、それならばデコルテのラインをビスチェではなくオフショルダーにしてもいいのではないかしら」

(ごめんなさい、そもそも私の知識がないせいで、翻訳できていても謎単語に聞こえます!)

「そうですね。そうなると肩に羽織るショールのデザインも変更を加えた方がよいでしょう」

(ショール? ふわっと羽織るだけのショールにデザインも何も関係あるの?)


 ユーリは自分が諦めで半眼になってやしないかと心配した。もはや自分が口を突っ込んでいいジャンルではない。自分の役目は言われた通りに動くマネキンなのだと悟ったのだ。


(そもそも、このベースを決めるときも、いかにフィルさんの色を取り入れるか、っていうところからスタートしてたし……)


 ドレス生地の白銀の光沢はフィルの鱗に似ているものを、そこに重ねられた藍色はフィルの髪色だ。ハーフアップする予定の髪に添えられる飾りも、銀の土台にラピスラズリやサファイアをはめ込んだものだ。ちなみに、フィルが着るのはユーリの髪色である黒をベースにした詰め襟の軍服っぽいデザインの上下だ。その生地を選ぶときに、フィルの口から「烏の濡れ羽色のような」などという比喩が出て来たのには驚かされた。ユーリは自分の髪をそんなふうに形容されたことなどないし、そもそもフィルがそんな詩的な比喩を知っていたこと自体が驚きだった。そんな形容をされたせいで、フィルの纏う服の生地もブラックエンパイアシープという貴重な魔獣の毛を織ったものになっていたりする。その魔獣の名前を聞いたときのユーリは、羊に対してご大層な形容がついていることに笑いを堪えるのが大変だった。なんたって、黒いし皇帝だ。


 そんなこんなで、ユーリを置いてけぼりにして決まったデザインに、最終確認にやってきたフィルが悶絶した後、「こんなに愛らしいユーリを大勢に見せるなんてとんでもない!」と絶叫したのはご愛敬である。



・‥…━━━☆



「わざわざ呼び立ててすまないな」

「いえ、とんでもありません」


 改めて説明したいことがあるから、とユーリが呼び出された先はいつもの青の間だった。待ち構えていたのが国王と王妃と知って、緊張しながら向かいに座る。もちろん、隣にはしっかりとフィルが座っている。「あなたは呼んでいないわ」と王妃に苦言を貰ったが、帰る気はないようだ。


「そこまで畏まることではない。そなたの今後の待遇と仕事について説明しておきたくてな」

「父上。そんなことであれば、俺から――――」

「フィルの口から説明させるには不安が残る。それにこれは国としてどう遇するかという話だ」


 国王にぴしゃりと言われ、反論もできずにフィルが黙る。


「披露目が終われば、今手がけている古書の解読だけでなく、他国の遺跡に赴いて碑文を解読する、といった仕事も任されるだろう。もちろん、国外に出る際には護衛としてそこの脳筋息子を付けるが」

「父上、その呼び方はやめてください」


 フィルの懇願に眉一つ動かすことなく綺麗に無視して、国王は続ける。


「フィルの――竜人の番になったことで寿命も延びたことだから、仕事を急かされる度合いは少なくなったことだろう。こちらとしても、それを理由に仕事の間隔を調整する予定だ」

「ありがとうございます」


 彷徨い人でなくてはできないことがあり、今現在、彷徨い人はユーリ一人である以上、重くなりそうな負担を軽減してくれる、というのならそれに甘えたい。ユーリは小さく頭を下げた。


「君の世界の知識を得るために、各国の研究者などと意見を交わす場を定期的に開くことになる。もちろん、ソレを付き添わせるが、できるだけソレの手綱を握っておいてもらえるか。ちょっとでも強引な者がいただけで暴走しかねん」

「父上、言うに事欠いてソレはひどくありませんか。そもそも、俺のユーリに失礼な物言いをする者は粛清してしかるべ――」

「フィルさん、ストップ」


 ユーリはすぐさま、隣に座るフィルの手をぎゅっと握る。途端にフィルはその口を閉じた。手を握り返し、伝わる温度と番と繋がっているという実感から頭が冷静さを取り戻し、そして番を不快にさせないようにという最優先事項に従う。


「できる限りご期待に添えるよう努めます。……けれど」

「何か気になることがあるなら、言ってごらん」


 ユーリは懸念を口にしていいものかと逡巡する。だが、国王に促され、口を開いた。


「過去の彷徨い人がどのような知識や技術を持ち込んだのかは知らないのですが、異世界からもたらされた知識に頼り切りになるのはどうかと思ったんです」

「あぁ、なるほど。そういうことなら心配はない。別にこちらとしても異世界の知識を鵜呑みにしているわけではないからね。クレットとも話をしただろう? クレットは君の話からこの世界で応用が利きそうなものを取捨選択しているはずだ。……そうだな、『もたらす』という言葉が誤解を与えているのかもしれないが、遠い世界との異文化交流のようなものと考えてみるといいかもしれない。君の世界でも、遠い国がもたらした文化の流入によって変わったものと変わらなかったものがあるのではないか? そのぐらいに軽く考えてくれればよい」


 軽く考えて、と言われても、歴史の授業で習ったことを思い返せば、そこまで軽く考えられない、と思った。大陸から渡来した宗教を考えても、開国後に伝わったあれこれを考えても、やはり影響力が強すぎる。ちゃんと考えて話さないとダメだな、とユーリは強く決心した。


「他に何か君からの要望があれば、こちらとしてもできる限り応える用意はあるが」


 そんなふうに国王に水を向けられたとき、脳裏に思い浮かんだのは屈託なく笑う女性の顔だった。だけど、それを願うのは単なるエゴなのではないかという思いが、口にすることを躊躇わせる。


「ユーリ」

「……ありがとうございます、フィルさん」


 彼女の不安を感じ取ったのか、触れた手をぎゅっと強めに握られ励まされる。きっとさっきのお返しなんだろうな、とユーリの心が少しほぐれた。


「……初めてこの世界に来たときに、すごくお世話になった人がいるんです。その人に、何かの形でお礼をしたいと思うんですが、何をお返しにしたらいいか分からなくて、その、相談にのっていただけませんか?」

「それは、以前、話していた人かしら? 確か、獣人の?」

「はい。あの人――シャナがいなければ、私はきっと初日で野垂れ死んでいたかもしれません」


 そう口にした途端、隣で行儀良く座っていたはずのフィルが、ユーリの身体を勢いよく抱き込み「そんなこと、俺が絶対にさせなかった!」と暑苦しく宣言する。もはやそれをいちいち否定したり宥めていても話が進まないと悟ったユーリは、おざなりに腕をぽんぽんと叩いて「落ち着いてください」アピールをするに留めた。


「今はトゥミック将軍の元で故国復興の手伝いをしているかと。俺から番を保護してもらったお礼として援助金や物資を送ろうかと考えているのですが」

「フィルさんの案だと、私からのお礼という感じがしなくて、その何かいい案があれば、と思ったんです」

「ふむ、それこそ異世界知識の提供が相応しいのでは? 魔獣に荒らされた大地から復興するには金がいくらあっても足りないだろうから、金を生むような技術でもいいだろう。農地や都市建築のための知識があればそれでもよい。獣人の特性や、西側の土壌についてはクレットに確認してみなさい」


 そんな簡単に知識チートができるだろうか、と考えたユーリだったが「ありがとうございます、考えてみます」ととりあえずは頷く。過去に読んだことのあるラノベでは、連作障害からの休耕地の導入または腐葉土による地力向上などがあったが、農具について調べてみてもいいかもしれない。


(頑張って考えてみよう。シャナに恩返しできるなら、頭がキリキリするぐらい考えたっていいもの)


 当時を思い出せば、どれだけ恩を返しても返しきれない。この場では「野垂れ死んでいたかもしれない」と可能性を示唆したが、おそらく野垂れ死んでいただろうと思う。文字通り、右も左も分からない状況で、手を差し伸べてくれたのはシャナだけだったのだから。非常事態下ということで治安も良くなかったし、休む場所や荷物の隠し場所についてもレクチャーしてくれなければ、どうなっていたことか。今でも思い出しては震えがくる。

 そんな思いを察したのか、隣のフィルがそっと腰に手を回して抱き寄せてくれた。そのぬくもりに、大丈夫。ちゃんと生きている、とユーリの胸にあった冷たいものがゆっくりと溶けていくのを感じていた。



・‥…━━━☆



(もう……すごく、だるい)


 昨日のお披露目パーティーは、あちこちに気を遣っていたせいか、精神力がガリガリと削られていた自覚はある。何しろ、各国の代表の前でスピーチをしたり、個別に話をしたりで、ずっと隣に付き添ってくれていたフィルが、こういったパーティーに場慣れしていなかったらと思うとぞっとした。

 そうして一山乗り越えた後に待っていたのは、お披露目が終わるまでは、と王妃に「待て」を厳命されていたフィルとの夜だった。


(別にこういうことが初めてだとか、そんな初心なことは言わないけどね……)


 だからこそ、疲れてはいるけれど、竜人の番特典なのか体力は随分と底上げされていたので、大丈夫だろうと思っていた。翌日は休養日にして予定を一切入れていなかったし。


(体力が底上げされているっていうことは、それだけ竜人の体力が半端ないってことなのに、すっかり忘れていたわ)


 番の誓約を結ぶ前にこういった行為に及んでいなくて良かったと、ユーリはベッドから起き上がる気力もないままに思った。もし、人間の体力のままで……と考えたら、ぞっとする。


「ユーリ? 起きたのか?」

「……まだ、寝かせてください」


 ちらりと隣を見れば、心なしか肌に浮かぶ鱗をつやっつやにしたフィルが、ユーリの長い黒髪を弄ぶように撫でていた。どうやらまだ体力も性欲も有り余っているらしく、もう片方の手は先程から不埒な手つきでユーリの肌を撫でている。


「……しばらくは、こういうことはなしでお願いします」

「え!?」


 突然の宣言に、フィルは慌てたようすで、何か至らないことがあったのか、気持ち良くなかったのか、などと質問を次々に投げてくる。そんな彼の困惑に少しばかり溜飲を下げながら、ユーリはもそもそと毛布を被った。



・‥…━━━☆



 午後になって、ようやく体力が回復したユーリは、片時たりとも離れようとしないフィルと一緒に中庭を歩いていた。


「あ、……ひまわりっぽいお花だ」

「ユーリの世界にも、これと似た花があるのか?」

「そうなの。懐かしいな、学校で一人一人、種を植えて育てたの。ちょっとした日当たりで成長度合いが違くて、今考えると、面白かったなぁ……」


 種が食用にもなって、お酒のつまみになることや、両親もこの花が好きで、だからこそ太陽に形容される花から連想して「日向」の名前をつけたんだと、とりとめもなく話す。それをフィルはいちいち頷いて、ちゃんと聞いてくれていた。


「もう、会えないんだよね」

「あぁ」

「せめて、家族にだけでも、私がちゃんと幸せに暮らしてるって、教えたかったなぁ……」


 ユーリは空を見上げた。青い空は元の世界と変わらないように見えるのに、同じ空の下に会いたい人はいない。じんわりと滲む景色を映しながら、ユーリはいくつかの面影を思い浮かべては消していく。


「……調べて、みるか?」

「フィルさん?」


 ごしごしと乱暴に涙を拭ったユーリの隣では、フィルが真剣な顔で太陽を睨んでいた。


「過去の彷徨い人が、元の世界に向けて手紙を送った……かもしれない、という話を聞いた」

「え!? 本当ですか!」

「昨日の来賓の中に、そういう話を持ちかけてきた者がいる。単にユーリの気を引くためなのかもしれないが、真偽を確かめてみる価値はあるだろう」

「……もし、違ったら」

「そのときは、一からその方法がないか、考えてみるか?」


 ユーリはまじまじとフィルの顔を見上げた。出会った当初のフィルを思えば、予想外過ぎる意見だったのだ。


「えっと、フィルさん。なんか悪いものでも食べました?」

「俺が食べたのはユーリぐらいだが」

「そういうことじゃありません!」


 ユーリはぽこん、とフィルの胸板を叩く。その手をそっと包むように両手で取ったフィルは、ユーリをじっと見つめる。その顔は、冗談は一欠片も感じられない真剣なものだ。


「そんなことが可能かどうかも分からない。だが、調べてみる価値はあるだろう。ユーリの憂いが少しでも晴れるのなら、色々と試してみてもいいはずだ。――――何しろ、先は長いのだから」

「調べるために、色々な文献を当たらなくちゃいけないかもしれませんよ?」

「ぐ。……だが、それが必要なら、頑張れる……と思う」


 書類仕事が苦手なフィルが、そこまで言ってくれるのが嬉しくて茶化してしまったが、ユーリは彼との出会いを本当にありがたいと思うことができるようになっていた。それは、この世界への転移も含めて。

 ユーリはそっと自分の胸に手を置いた。スマホの電源は入らないし、プリントした写真は一枚もない。けれど、家族の顔も声も、親友のそれも、ちゃんと思い出すことはできた。


「ユーリ?」


 隣には、黙り込んでしまった彼女を心配するフィルがいる。この世界に意図せず紛れ込んでしまったときは、何もかもが恐ろしくて、それこそ一瞬後に地面が崩れ去ってもおかしくないぐらいに不安で仕方がなかったのに、今はちゃんと地に足をつけて立っていられる。そう考えられるようになったのは、フィルの存在が少なからずあるけれど、素直にそれを告げると暴走してしまいそうな気がして口にはしなかった。

 その代わり、いつか本当に愛する人ができて結婚することがあれば、言ってみたいと思っていた言葉を思い出す。


「フィルさん」

「どうした?」

「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね?」

「勿論だ。ユーリに愛想を尽かされないように、俺も精進する」


 そのフィルの言葉と同時に、ふわりとユーリの胸に温かいものが湧いてくる。番の誓約を結んだ後からだろうか、相手の強い感情が直接届くようになったのは。


(愛情が重くて邪険にしてしまいそうな未来は考えられるけど、愛想を尽かす未来はなさそう……って感じている時点で、私ももう囚われてるのね)


 チヤ王女あたりなら「脳筋兄上に絆され過ぎ!」とツッコミを入れてくれそうだが、今は二人きりで邪魔は入らない。

 ユーリはフィルに少し屈んでくれるようお願いすると、その唇に自分の唇を重ねた。

 いつか、この人と一緒に、この世界で生きていくのだと、そんな決意表明をしたためた手紙を送れたらいいな、と思いながら。



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