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元お飾り王妃は侯爵令息の正体にまた一歩近づく

「フライア様!」


 水たまりで足を滑らせ、そのまま地面に倒れこんでしまいそうになる私。しかし、痛みはなかった。普通、地面に倒れこんでしまったら多かれ少なかれ痛みはあるはずなのに。なのに、痛みはない。それは――……。


「し、シリル、さま……」


 シリル様が、私の下敷きになっていたからだった。シリル様は素早く私を抱き起すと、ただ静かに「大丈夫ですか?」とだけおっしゃる。そうおっしゃるシリル様の服は、泥だらけ。私のために、そこまでしなくても良かったのに。そう思うと同時に、この人の本質はやっぱりお優しい人なのだと私は悟った。


「わ、私は、大丈夫、です……。シリル様は?」

「あぁ、俺は別に構いません。服くらい、洗えば何とでもなりますから」


 そんなことをおっしゃったシリル様は、泥だらけのご自身の服をただ眺めていた。私の所為なのに。でも、シリル様は服のことなど全く気にもされない。それは間違いなく、お優しい証拠。それに、ここ一週間関わってきて私はよく分かっているつもりだった。シリル様は――正真正銘、お優しい人だと。


「シリル様!」

「おっと、フライア様、何ですか? いきなり抱き着いてくるなんて、大胆ですね」


 そう思った私は、シリル様を尚更放っておけなかった。そりゃあ、私に出来ることは限られていると思う。それでも、何か力になれるのならば。そう思ってしまった私は、シリル様に抱き着いてしまったのだ。制服が泥で汚れても、構わない。この際血が付いていても構わない。ただ……シリル様のことが、放っておけなかった。


「私、シリル様のことが放っておけないのです。きっと、ブラッド様だってそうおっしゃるはずです。そんな目をしている人を……放っておけないって」


 ブラッド様と出逢った時、私が言われた言葉。絶望一色の目。それが、ようやく分かったような気がした。そうだ。今のシリル様の目と一緒なのだ。私はきっと、今のシリル様と同じような表情をしていた。


「そうですか。ですが、俺に関わったら危険な目にありますよ? 俺はグレーニングの人間ですから」


 だけど、シリル様はそうおっしゃって私のことを引き離す。今までのシリル様だったら、私のことを引き離そうとはしなかっただろう。だからこそ、尚更不自然だった。その目、その態度。全てが、私から見たら不自然だった。たった一週間しか関わっていないけれど、それでもわかるのだ。私はこれでも、一度目の時間軸で王妃をしていた。人の変化には鋭い……方、だと思う。


「危険な目に遭っても、構いません。なんて、かっこいいことは言えません。だった、私は臆病で弱い人間ですから。でも、私はお友達を放っておけるほど、薄情じゃないと自分では思っています」


 しっかりと、シリル様の目を見てそう言う。ブラッド様だったら、多分そうおっしゃるのだろう。ブラッド様は何度も私のことを助けてくださった。もちろん、シリル様も。もしも、これがその恩返しになるのならば……それ以上に良いことはない。私は、そう思っていた。


「そうです、か。分かりましたよ。じゃあ、少しだけ場所を移動しましょう。少しだけ歩きますが、大丈夫ですか?」


 シリル様にそう言われて、私は静かに頷く。そして、シリル様は御者を馬車の中の椅子に寝かせると、私の腕を引いて歩き始めた。シリル様曰く、あとでシリル様の家の者が御者を迎えに来てくれるそうだ。だったら、彼も安全だろう。


 私とシリル様は、無言で歩く。小雨が降る中、私たちは並んで歩いていた。


 気まずいだなんて、思わない。会話がないことに耐えられないわけでもない。だから、私は黙ってついていくだけ。シリル様の横顔を見上げながら、ついていくだけ。


 その後、しばらく先にあったのは街。そして、その街の裏側に入っていかれるシリル様。一瞬だけ私はついていくことをためらったものの、ついていくという選択をとったのは私だと、思い直す。だから、文句を言わずにそのままついていく。


 またしばらく無言で歩き、路地の裏側に差し掛かる。さらに、その路地裏を抜けた先にあったのは――……。


「……大きな、お屋敷」


 ひときわ立派で目立つ大きなお屋敷があった。どうしてこんな路地裏を抜けた先に、立派なお屋敷があるのかはわからない。ただ、わかるのは……ここが、どこかの貴族のお屋敷だということくらいだろうか。もしかしたら、ここは別邸の類なのかもしれない。


「ここが、グレーニング侯爵家の本宅ですよ。貴族の街にある屋敷は、本宅に見せかけた別邸。フライア様、ついてきてください」


 そんな軽い説明をしてくださったシリル様は、そのままそのお屋敷の敷地に堂々と入っていかれるのだった。

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