六 ~ 望むこと…… そんなのは。 ~ (10)
やっぱり、気が張っていたのかな。
ちょっと疲れた。
10
月が綺麗だった。
月の聡明さ表すように雲が退いていた。
「……いいのか、あれはお前の薬なんだろ」
「うん。まだ家にあるし」
あの公園のあの広場。
そして、そこのベンチに僕と姫香は座っていた。
廃校から逃げるように僕らは帰り、二人とも無意識のうちにこの公園に来ていた。
あのあと、三原は泣き出し、男も僕の反論に呆れ、言葉を失っていた。
僕らに二人を助ける術なんてなかった。男の言う通り、まだ「繋」になって浅く、偉そうなことを言える立場なんかじゃない。
……ごめんなさい。
と言い残し、教室を出ようとしていると、姫香は踏み止まり、自分のカバンから小分けされた薬のケースを取り出すと、男の前に置いた。
「……発作用の薬。これで少しは気分もよくなると思うから。それと、「繋」の副作用には、もしかしたら野菜ジュースが効くかもしれない。古川くんがそうみたいだから」
二人の前にしゃがみ込み、姫香は優しく助言した。
「……ありがと。正直、不安は一杯あるよ。けど、頑張ってみようと思う。頑張るのは難しいかもしんないけど、頑張る」
と声をかけ、姫香は立ち上がり、僕のそばに駆け寄ってきた。
あのいつもの笑顔を振る舞いながら。
そう。望んでいたことは、この笑顔であった。
そして教室あとにした。
ずっと気が張り詰めていたせいか、どっと疲れが出てしまい、ベンチに深く凭れた。
「……あの二人、大丈夫かな」
「さぁ。わかんないよ。けど、あの二人次第なんじゃないの」
「うわっ、ホント勝手だ」
「うるさい」
茶化してくる姫香に、嘆くように手を払った。
「でも、嬉しかったよ」
そこで、急に思い詰めたように声をひそめ、あらためる姫香に、「ん?」と僕は体を起こして顔を見た。
すると、顔を緩め、子供みたいな無垢な笑顔を僕に献上してくれた。
「ありがとね」
突拍子のない笑顔に、頬が熱くなった。
気恥ずかしくなって、すぐに顔を背け、
「んなことより、お前疲れてないのかよ」
「まぁ、さすがにちょっとね」
花がしぼむように苦笑する姫香。それには僕も「だな」と相槌を打った。
ベンチに凭れ直し、深く溜め息をこぼした。
「私たち、どうなるのかな……」
「……さぁね」
「何それ、ホント身勝手なんだから」
「ふんっ。うるさい」
「だって、私ってこうだもん」
甘えるように声を弾ませ、僕の肩に凭れ、本当に疲れている様子で、目をしょぼしょぼとさせ、眠そうにしていた。
眠ることを惜しむ子供みたいな表情で呆然としている。
「なんか、お腹減ったなぁ」
「なんだよ、急に?」
「だって、ずっと気が張り詰めていたんだもん。仕方ないじゃん」
無邪気に目を細める姫香。悔しいが、何を求めているのかちょっとわかってしまう。
期待を込めた眼差しに負け、右腕の袖をめくる。
肘まで袖をめくった右手を差し出すと、月に照らされた姫香の八重歯が光った。
「ーーありがと」
しばらく月を眺めていた。
静かにその存在を示す輝きに、これまで自分を取り巻いていた悩みがいつしか消えていた。
「はぁ。満足、満足っと」
「ったく。情緒がないな」
口元を押さえながら言う姫香を皮肉ってやる。
「じゃぁ、なんて言えばいいのよ?」
憎らしめに上目遣いに聞いてくる姫香に、「そうだな」と顎を擦っていると、月の輝きが増しているように感じた。
吸い込まれそうな輝きに、不意に言葉が湧いてきた。
「そうだな。月が綺麗だ、とか?」
「何言ってんの。月は前から綺麗よ」
そう。
月は綺麗なのよ。




