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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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55/57

 六 ~  望むこと…… そんなのは。  ~ (10)

 やっぱり、気が張っていたのかな。

 ちょっと疲れた。

           10



 月が綺麗だった。

 月の聡明さ表すように雲が退いていた。

「……いいのか、あれはお前の薬なんだろ」

「うん。まだ家にあるし」

 あの公園のあの広場。

 そして、そこのベンチに僕と姫香は座っていた。

 廃校から逃げるように僕らは帰り、二人とも無意識のうちにこの公園に来ていた。

 あのあと、三原は泣き出し、男も僕の反論に呆れ、言葉を失っていた。

 僕らに二人を助ける術なんてなかった。男の言う通り、まだ「繋」になって浅く、偉そうなことを言える立場なんかじゃない。

 ……ごめんなさい。

 と言い残し、教室を出ようとしていると、姫香は踏み止まり、自分のカバンから小分けされた薬のケースを取り出すと、男の前に置いた。

「……発作用の薬。これで少しは気分もよくなると思うから。それと、「繋」の副作用には、もしかしたら野菜ジュースが効くかもしれない。古川くんがそうみたいだから」

 二人の前にしゃがみ込み、姫香は優しく助言した。

「……ありがと。正直、不安は一杯あるよ。けど、頑張ってみようと思う。頑張るのは難しいかもしんないけど、頑張る」

 と声をかけ、姫香は立ち上がり、僕のそばに駆け寄ってきた。

 あのいつもの笑顔を振る舞いながら。

 そう。望んでいたことは、この笑顔であった。

 そして教室あとにした。



 ずっと気が張り詰めていたせいか、どっと疲れが出てしまい、ベンチに深く凭れた。

「……あの二人、大丈夫かな」

「さぁ。わかんないよ。けど、あの二人次第なんじゃないの」

「うわっ、ホント勝手だ」

「うるさい」

 茶化してくる姫香に、嘆くように手を払った。

「でも、嬉しかったよ」

 そこで、急に思い詰めたように声をひそめ、あらためる姫香に、「ん?」と僕は体を起こして顔を見た。

 すると、顔を緩め、子供みたいな無垢な笑顔を僕に献上してくれた。

「ありがとね」

 突拍子のない笑顔に、頬が熱くなった。

 気恥ずかしくなって、すぐに顔を背け、

「んなことより、お前疲れてないのかよ」

「まぁ、さすがにちょっとね」

 花がしぼむように苦笑する姫香。それには僕も「だな」と相槌を打った。

 ベンチに凭れ直し、深く溜め息をこぼした。

「私たち、どうなるのかな……」

「……さぁね」

「何それ、ホント身勝手なんだから」

「ふんっ。うるさい」

「だって、私ってこうだもん」

 甘えるように声を弾ませ、僕の肩に凭れ、本当に疲れている様子で、目をしょぼしょぼとさせ、眠そうにしていた。

 眠ることを惜しむ子供みたいな表情で呆然としている。

「なんか、お腹減ったなぁ」

「なんだよ、急に?」

「だって、ずっと気が張り詰めていたんだもん。仕方ないじゃん」

 無邪気に目を細める姫香。悔しいが、何を求めているのかちょっとわかってしまう。

 期待を込めた眼差しに負け、右腕の袖をめくる。

 肘まで袖をめくった右手を差し出すと、月に照らされた姫香の八重歯が光った。

「ーーありがと」



 しばらく月を眺めていた。

 静かにその存在を示す輝きに、これまで自分を取り巻いていた悩みがいつしか消えていた。

「はぁ。満足、満足っと」

「ったく。情緒がないな」

 口元を押さえながら言う姫香を皮肉ってやる。

「じゃぁ、なんて言えばいいのよ?」

 憎らしめに上目遣いに聞いてくる姫香に、「そうだな」と顎を擦っていると、月の輝きが増しているように感じた。

 吸い込まれそうな輝きに、不意に言葉が湧いてきた。

「そうだな。月が綺麗だ、とか?」

「何言ってんの。月は前から綺麗よ」

 そう。

 月は綺麗なのよ。

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