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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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52/57

 六 ~  望むこと…… そんなのは。  ~ (7)

 なんで、そんな辛そうな顔をしているんだ?

           7



 これまでフードで覆われていた顔が初めて曝され、息を呑んだ。

 獣に睨まれているような緊張に、奥歯を噛む。

 つり上がった目尻、鼻も高く面長ではあったが頬が痩けており、男の顔色も悪かった。

 今にも倒れそうなほどで、病んでいるように見えた。

「あんた、大丈夫なのか?」

 顔色の悪さに、つい声をかけてしまった。

「別に心配する必要なんてない。もう慣れているから」

 男は首のコリをほぐすように首を回した。

「ーーそう。だったら、遠慮なく聞かせてもらうわ」

 男の返事に納得し、姫香は腕を組む。

「どういうことなの。吸血鬼が嫌いって」

「言葉通りだ」

「でも、あなたも吸血鬼なんでしょ」

「だな。だから、嫌いなんだよ」

 嘲笑するように背を伸ばした。

「何それ。大体、あなたの「繋」は? かなり顔色悪いけど」

 呆れるように聞く姫香に、男は一度目を逸らす。

「いたさ。でも何年も前に死んだ」

 気のせいだろうか。“死”と言ったときに、つり上がっていた目尻が下がっていたように見えた。

 その様子に顔を背けて黙ってしまう。

「別に気にする必要なんてないさ。誰も怒りはしない」

 気まずくなるなか、男が呟く。

「じゃぁ、その「繋」が死んでから、もしかして血を吸っていないの?」

「あぁ。それが俺にとっての罪でもあるからな」

「何か深い事情がありそうね」

「別に深くはないさ。ただの自殺」

 自殺と聞いて、奥歯を噛んだ。そこに男の眼差しが僕に警告しているようで、痛い。

「もしかして、それに責任を感じて、血を吸うことをやめたのか?」

 男の警告にひれ伏すように、弱々しく僕は聞いた。

 男は何も答えなかったが、顔を背けることが、その答えになっていた。

「だから、それのどこが、吸血鬼を襲う理由になるのよ」

 どこか切なくなってしまう僕と違い、苛立ちを露わにし、咎める姫香。

「納得いかないようだな」

「当然でしょ。そんなことで私は襲われたんだから」

 そこで姫香は、傷つけられた脇腹を擦って声を荒げた。

「そんなことで?」

 口調が変わった。一気に姫香に敵意を飛ばして睨んだ。

「おい、お前。こいつの「繋」になって何年だ?」

 姫香と口論を続けそうななか、急に男は僕を指差して標的を変えた。

「それは……」

「まだ、一ヶ月ほどよ」

 返事に困っていると、横で姫香がぞんざいに答えた。

「ふん。浅いな。たかがそれだけで「繋」との関係を保てると言うなよ。お前はまだ知らないんだよ」

「……なんだよ、それ?」

「ある日、そいつは関係を知られて、白い目で見られるようになった。で蔑まれ、心を傷つけられていった。そんな姿を見たことはないだろう。

 それでいて、吸血鬼の前では「大丈夫」だと笑い飛ばして、自分の心を傷つける姿を」

 静かな訴えであった。

 体を締めつけられるような、圧迫を押しつけてはこない。しかし、男の声は心に深く染み込んできた。

 それこそ、鎖で体を縛られるように。

「……自分のせいで繋が死んだーー。そう自分を責めたことはないだろ。だから、そんな軽率なことが言えるんだよ」

「だから何よ、だからって……」

 できるだけ反論しようと思う姫香だが、声は次第に弱まっていた。

 姫香も不安に襲われているのか。

「お前にわかるか? 自分のせいで、自分がそばにいることで、自分が関わるだけで、自分の存在のせいで、繋が人から切り離されていくのを。それを気丈に振る舞う姿を」

 重い…… 重すぎる。言葉が岩みたいに背中に積み重なっていく。

「だから…… 吸血鬼が「繋」を殺すんだっ」

 男は手の平を宙に差し出し、ギュッと握った。小さな石を砕くみたいに。

「……だから、私の願いを聞いてくれなかったの?」

 男の大きな重圧のなか、三原が小さく呟いた。

「俺にはわかる気がする。お前の吸血鬼がお前の前から消えた意味が」

 なんだ、その言い分は。それなら、三原にとって、この男の存在はなんだったんだろうか?

 男の言葉は彼女の吸血鬼の気持ちを代弁でもしていたのだろうか。

 三原は気絶するように、壁に凭れてうなだれてしまった。

 吸血鬼を殺すって、そんなの身勝手でしかない気がする。

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