六 ~ 望むこと…… そんなのは。 ~ (7)
なんで、そんな辛そうな顔をしているんだ?
7
これまでフードで覆われていた顔が初めて曝され、息を呑んだ。
獣に睨まれているような緊張に、奥歯を噛む。
つり上がった目尻、鼻も高く面長ではあったが頬が痩けており、男の顔色も悪かった。
今にも倒れそうなほどで、病んでいるように見えた。
「あんた、大丈夫なのか?」
顔色の悪さに、つい声をかけてしまった。
「別に心配する必要なんてない。もう慣れているから」
男は首のコリをほぐすように首を回した。
「ーーそう。だったら、遠慮なく聞かせてもらうわ」
男の返事に納得し、姫香は腕を組む。
「どういうことなの。吸血鬼が嫌いって」
「言葉通りだ」
「でも、あなたも吸血鬼なんでしょ」
「だな。だから、嫌いなんだよ」
嘲笑するように背を伸ばした。
「何それ。大体、あなたの「繋」は? かなり顔色悪いけど」
呆れるように聞く姫香に、男は一度目を逸らす。
「いたさ。でも何年も前に死んだ」
気のせいだろうか。“死”と言ったときに、つり上がっていた目尻が下がっていたように見えた。
その様子に顔を背けて黙ってしまう。
「別に気にする必要なんてないさ。誰も怒りはしない」
気まずくなるなか、男が呟く。
「じゃぁ、その「繋」が死んでから、もしかして血を吸っていないの?」
「あぁ。それが俺にとっての罪でもあるからな」
「何か深い事情がありそうね」
「別に深くはないさ。ただの自殺」
自殺と聞いて、奥歯を噛んだ。そこに男の眼差しが僕に警告しているようで、痛い。
「もしかして、それに責任を感じて、血を吸うことをやめたのか?」
男の警告にひれ伏すように、弱々しく僕は聞いた。
男は何も答えなかったが、顔を背けることが、その答えになっていた。
「だから、それのどこが、吸血鬼を襲う理由になるのよ」
どこか切なくなってしまう僕と違い、苛立ちを露わにし、咎める姫香。
「納得いかないようだな」
「当然でしょ。そんなことで私は襲われたんだから」
そこで姫香は、傷つけられた脇腹を擦って声を荒げた。
「そんなことで?」
口調が変わった。一気に姫香に敵意を飛ばして睨んだ。
「おい、お前。こいつの「繋」になって何年だ?」
姫香と口論を続けそうななか、急に男は僕を指差して標的を変えた。
「それは……」
「まだ、一ヶ月ほどよ」
返事に困っていると、横で姫香がぞんざいに答えた。
「ふん。浅いな。たかがそれだけで「繋」との関係を保てると言うなよ。お前はまだ知らないんだよ」
「……なんだよ、それ?」
「ある日、そいつは関係を知られて、白い目で見られるようになった。で蔑まれ、心を傷つけられていった。そんな姿を見たことはないだろう。
それでいて、吸血鬼の前では「大丈夫」だと笑い飛ばして、自分の心を傷つける姿を」
静かな訴えであった。
体を締めつけられるような、圧迫を押しつけてはこない。しかし、男の声は心に深く染み込んできた。
それこそ、鎖で体を縛られるように。
「……自分のせいで繋が死んだーー。そう自分を責めたことはないだろ。だから、そんな軽率なことが言えるんだよ」
「だから何よ、だからって……」
できるだけ反論しようと思う姫香だが、声は次第に弱まっていた。
姫香も不安に襲われているのか。
「お前にわかるか? 自分のせいで、自分がそばにいることで、自分が関わるだけで、自分の存在のせいで、繋が人から切り離されていくのを。それを気丈に振る舞う姿を」
重い…… 重すぎる。言葉が岩みたいに背中に積み重なっていく。
「だから…… 吸血鬼が「繋」を殺すんだっ」
男は手の平を宙に差し出し、ギュッと握った。小さな石を砕くみたいに。
「……だから、私の願いを聞いてくれなかったの?」
男の大きな重圧のなか、三原が小さく呟いた。
「俺にはわかる気がする。お前の吸血鬼がお前の前から消えた意味が」
なんだ、その言い分は。それなら、三原にとって、この男の存在はなんだったんだろうか?
男の言葉は彼女の吸血鬼の気持ちを代弁でもしていたのだろうか。
三原は気絶するように、壁に凭れてうなだれてしまった。
吸血鬼を殺すって、そんなの身勝手でしかない気がする。




