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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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49/57

 六 ~  望むこと…… そんなのは。  ~ (4)

 ちゃんと納得のできる話をしてくれないと、絶対に許さないから。

           4



 これまで普通の人だと思っていたのに、平然とする三原が急に怖くなっていた。

「あなたの言っていることは正しいわ。だから、あのとき、あなたの彼女にお願いしたのよ。すると私、それで断られたのよ」

 断られた? どういう意味だよ……。って、、あのとき、あいつはこの人を襲っていない?

 あのときの光景が頭によぎったとき、ふと三原の話に矛盾が生じた。

「そもそも、あいつに頼むことがおかしいんだ。あなたが「繋」なら、契約した吸血鬼にちゃんと吸ってもらえればいいじゃないか。その様子じゃ、その腕だって傷だらけで痛いかもしれないけど」

 もう吸血鬼や「繋」のことを隠すこともない。

 姫香に頼む理由がわからず、嫌味を込めて放った。すると、三原は寂しそうに下唇を噛むと、袖をめくり右腕を見せた。

 顔の辺りまで上げた右腕に目を疑う。細い腕は傷一つない、白く綺麗な腕をしていた。

「それができないから、苦しんでいるのよ」

「できない?」

「そうよ。私にも、ちゃんと契約をした吸血鬼はいたわ。でもね、二年前に私の前から姿を消したの」

「ーー消えた?」

「そう。忽然とね。なんの説明もなく」

 ケンカでもしたのか、と嫌味が頭に浮かんだが、三原の目を伏せる姿に、自重した。本当に悲しんでいるように見えたので。

「それからずっと、私は苦しんでいたの。血を吸ってほしいのに、血を吸ってくれる人がいないから……」

「そんなの…… だったら薬でも飲めばよかったでしょ。知ってますよ。「繋」用の薬があるのも」

 成分までは恐ろしくて言えないが。

 そこで三原は首を振る。

「無理ね。多分、私の副作用は抑えられないわ」

 僕の提案を、三原は袖を直しながら否定する。

「……私ね、「繋」になって、もう一つ副作用みたいなのがあるのよ」

 そこで、唐突に三原は言い、気恥ずかしそうに首筋を擦ると、窓の外を眺めた。

「私の臭覚がね、特別な気配を感じ取ることができるようになったの。吸血鬼の気配を…… まるで犬みたいに」

 自嘲するみたいに、鼻頭を指で擦る三原。

「一年ぐらい前だった。大学に通うようになって、この街に住むようになると、この街には変な気配を感じるようになった。多分、それが彼女だったのね」

「吸血鬼を探していたのか?」

「臭覚に気づいてからはね。それで頼んだのよ、彼女に。私の血を吸ってって。でも、嫌だって断られて。逆に責められたのよ。ふざけないでって」

 責められていた? 発作を超していても、意識はしっかりとしていたのか?

 どうも納得がいかず、胃の辺りがチクチクと痛んでしまう。

「なら、そいつはどうなんですか? そいつも吸血鬼なんでしょ? だったら、そいつに吸ってもらったらいいじゃないですか」

 じっと座ったまま、何も答えぬ男を、敵意を剥き出しにして指差した。

「……こいつの血に興味はない」

 やっと口を開いた男。思いのほか、温厚な声に聞こえた。

「彼もずっと、この調子なの。彼と出会ったのは、あなたの彼女と出会う少し前かな。ホント、困るわよね。私はこれほど血を吸ってほしいのに。副作用のつらさを和らいでほしいだけなのに……」

 三原はうなだれ、大きく溜め息をこぼした。

「みんな、私のことなんか考えてくれないんだよね」

 右腕を寂しげに眺め、弱々しくこぼした。

「ーーわかっていないのはあなたよ」

 張り詰める空気のなか、傲慢にも聞こえる、強気な女の子の声が響いた。

「傲慢もいいところだわ。まったく……」

 ったく、その言葉こそ傲慢じゃないのかよ……。

 バカだと自分を嘲笑したいが、僕は笑ってしまう。

 笑わずにはいられない。

「……あなた」

 教室にいた三人がみな、前方の扉に視線を向ける。

 廊下からゆっくりと姿を見せ、憎らしげに胸を張って腕を組み、笑っている姫香に。

 そんなの、傲慢にもほどがあるわね。

 何も知らないくせに。

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