六 ~ 望むこと…… そんなのは。 ~ (4)
ちゃんと納得のできる話をしてくれないと、絶対に許さないから。
4
これまで普通の人だと思っていたのに、平然とする三原が急に怖くなっていた。
「あなたの言っていることは正しいわ。だから、あのとき、あなたの彼女にお願いしたのよ。すると私、それで断られたのよ」
断られた? どういう意味だよ……。って、、あのとき、あいつはこの人を襲っていない?
あのときの光景が頭によぎったとき、ふと三原の話に矛盾が生じた。
「そもそも、あいつに頼むことがおかしいんだ。あなたが「繋」なら、契約した吸血鬼にちゃんと吸ってもらえればいいじゃないか。その様子じゃ、その腕だって傷だらけで痛いかもしれないけど」
もう吸血鬼や「繋」のことを隠すこともない。
姫香に頼む理由がわからず、嫌味を込めて放った。すると、三原は寂しそうに下唇を噛むと、袖をめくり右腕を見せた。
顔の辺りまで上げた右腕に目を疑う。細い腕は傷一つない、白く綺麗な腕をしていた。
「それができないから、苦しんでいるのよ」
「できない?」
「そうよ。私にも、ちゃんと契約をした吸血鬼はいたわ。でもね、二年前に私の前から姿を消したの」
「ーー消えた?」
「そう。忽然とね。なんの説明もなく」
ケンカでもしたのか、と嫌味が頭に浮かんだが、三原の目を伏せる姿に、自重した。本当に悲しんでいるように見えたので。
「それからずっと、私は苦しんでいたの。血を吸ってほしいのに、血を吸ってくれる人がいないから……」
「そんなの…… だったら薬でも飲めばよかったでしょ。知ってますよ。「繋」用の薬があるのも」
成分までは恐ろしくて言えないが。
そこで三原は首を振る。
「無理ね。多分、私の副作用は抑えられないわ」
僕の提案を、三原は袖を直しながら否定する。
「……私ね、「繋」になって、もう一つ副作用みたいなのがあるのよ」
そこで、唐突に三原は言い、気恥ずかしそうに首筋を擦ると、窓の外を眺めた。
「私の臭覚がね、特別な気配を感じ取ることができるようになったの。吸血鬼の気配を…… まるで犬みたいに」
自嘲するみたいに、鼻頭を指で擦る三原。
「一年ぐらい前だった。大学に通うようになって、この街に住むようになると、この街には変な気配を感じるようになった。多分、それが彼女だったのね」
「吸血鬼を探していたのか?」
「臭覚に気づいてからはね。それで頼んだのよ、彼女に。私の血を吸ってって。でも、嫌だって断られて。逆に責められたのよ。ふざけないでって」
責められていた? 発作を超していても、意識はしっかりとしていたのか?
どうも納得がいかず、胃の辺りがチクチクと痛んでしまう。
「なら、そいつはどうなんですか? そいつも吸血鬼なんでしょ? だったら、そいつに吸ってもらったらいいじゃないですか」
じっと座ったまま、何も答えぬ男を、敵意を剥き出しにして指差した。
「……こいつの血に興味はない」
やっと口を開いた男。思いのほか、温厚な声に聞こえた。
「彼もずっと、この調子なの。彼と出会ったのは、あなたの彼女と出会う少し前かな。ホント、困るわよね。私はこれほど血を吸ってほしいのに。副作用のつらさを和らいでほしいだけなのに……」
三原はうなだれ、大きく溜め息をこぼした。
「みんな、私のことなんか考えてくれないんだよね」
右腕を寂しげに眺め、弱々しくこぼした。
「ーーわかっていないのはあなたよ」
張り詰める空気のなか、傲慢にも聞こえる、強気な女の子の声が響いた。
「傲慢もいいところだわ。まったく……」
ったく、その言葉こそ傲慢じゃないのかよ……。
バカだと自分を嘲笑したいが、僕は笑ってしまう。
笑わずにはいられない。
「……あなた」
教室にいた三人がみな、前方の扉に視線を向ける。
廊下からゆっくりと姿を見せ、憎らしげに胸を張って腕を組み、笑っている姫香に。
そんなの、傲慢にもほどがあるわね。
何も知らないくせに。




