六 ~ 望むこと…… そんなのは。 ~ (3)
警戒を高めずにはいられない。
絶対に平然とはいられない。
3
警戒心が足が一歩下がらすと、何かが踵に当たった。見下ろすと、折れたホウキの柄だったらしい。そのまま放置されていたのだろう。
咄嗟にそれを拾い、剣道の竹刀みたく構えた。教壇の前に座る者に対して。
「なんで、なんでお前がこんなところにいるんだっ」
その者は、グレーのパーカーに、ジーンズとラフな格好で、フードを深く被っていた。
なんでこいつがここにいるんだっ。
表情は伺えない。でも、僕の心は瞬時に警告していた。
こいつは以前、姫香を襲った奴だと。
「なんで。お前、また誰かを」
姫香との一連の動きが頭をよぎった。あんな現実離れした動きになんて反応できるはずがない。
それでも負けられず、足に力を入れた。
「俺が気に入らないみたいだな。別にいいけど」
胸を這うようにへばりついた男の低い声。警戒心がより鋭く尖る。
「待って。彼は危険じゃないわ」
男が立ち上がろうとしたとき、三原が声を上げ、二人の間に割って入ると、右腕を広げてかばい、制止した。
ただし、僕の方に体の正面を向け、大きな目で強く睨みながら。
それは奴をかばうようであり、あたかも僕が悪者として扱うように。
「でも、こいつは人を襲ったんだ。こんな危ない奴をっ」
「だから、大丈夫だって言っているでしょっ」
一歩進み、距離を縮めようとすると、三原はさらに声を張り上げた。
気にせずに立ち向かおうとするが、動じない三原の姿に、僕はたじろぎ、足を止めてしまう。
「お願い、それを捨てて」
抑揚のない声。
感情を捨てた冷淡な声が、逆に三原の威圧となり、僕に注がれる。
後ろの男がまだ安全なんて信用できない。けど、このまま抵抗しても、話が先に進みそうでないのもわかっている。
仕方なく僕は棒を捨てた。
床に渇いた音が鳴ると、三原は腕を下ろし、頬を緩めた。
「ありがと」
三原という壁がなくなっても、男を睨んだ。敵意はなくなったわけじゃない。
「まぁ、そんなに警戒しないで。私の話を聞いて」
三原は苦笑して、男のそばに近寄り横に立つと、くるりと振り向いた。
「さて、何から話そうかな」
三原は男の肩に手を置き、自分に納得させるように一度頷いた。
「私の名前は三原詩織。これはさっき言ったわね。そして、吸血鬼の「繋」よ」
「「繋」? じゃぁ、そいつは吸血鬼?」
「やっぱり、「繋」だと聞いて驚いたりしないのね。もっとバカにしたり、戸惑ったりすると思っていたわ」
微動だにしない僕に、三原は多少感心した。
驚いたり戸惑ったりは、悔しいが姫香らとの話で散々している。もう免疫はできてるさ。
何より、ここで弱腰になっちゃいけない。
「ねぇ、あなた「繋」なら、もう副作用に襲われたりしたことある?」
ふん。そんなもの、絶賛襲撃中ですよ。ったく。忘れかけていたのに、「副作用」と聞いて甦ってきたよ。
「頭痛なら、何日も前から」
「そう。あなたは基本的な形として出たんだね」
そこで三原は顎に手を当てて黙ってしまった。
何かを思案しているのか、動きを止め、ふと視線を横に移すと、僕を無視してしばらく眺めていた。
つられて扉を眺めるが、これといった変化はない。
「だから、なんだって言うんだ?」
沈黙が耐え切れず、僕から口を開いた。
「そうね。私の場合は、“衝動”だったの」
「“衝動”?」
「そう。私の副作用はね、吸血鬼に自分の血を吸われたいっていう衝動だったのよ。そう、朝、目が覚めたとき、ご飯を食べたとき、他愛ない会話をしているたき、お風呂に入っているとき。そんな何気ないときに、無性に血を吸われたくなってしまう。それが私の副作用」
そこで不意に右手のカーディガンの袖をめくり、じっと眺めていた。
「だったら。さっさと吸血鬼に吸われればいいじゃないですか」
完全に狂っているな。
率直な感情を押し止め、頬が攣りそうなのを堪えると、皮肉でごまかして放った。
何を言っているんだ?
そんなのは狂っているとしか思えない。




