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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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40/57

 五 ~  そんなこと、聞いていないぞっ。  ~ (1)

 分かっている。

 自分から手を差し伸べたってことを……。

            第五章



             1


 これまでに負った怪我で記憶に残っているのは?

 と、問われれば、あることを思い出す。

 それは子供のころ、ふざけて無茶な自転車の運転をして、右手の肘を擦り剥いたときのことである。痛みと血で汚れている手を見て恐怖を覚え、泣いたことがあった。

 今はどうなのか?

 多少の痛みはあったがけど、このときほどの痛みはなかった。

 次の日の朝。

 姫香に血を吸われてから、朝を迎えていた。

 ベッドに横になりながら、天井に掲げた右腕を僕はじっと眺めていた。

 姫香は八重歯で右腕の肘辺りを噛んだ。ちょうど、注射を打つ辺りを。

 時間が経った今、傷口というものは残っておらず、僕の体調も悪くなかった。

 ごく普通の、ありきたりな朝であり、昨日の出来事が嘘だったのでは、と疑うほど、平穏な朝であった。

 ーー ありがと。

 と一言、スマホに姫香からのメッセージが届いていた。

 これは現実なんだと告げる証拠であったが、なぜか悪い気にはならなかった。



 いつもと変わりない朝。学校に行くと、姫香はすでに教室に来ていた。

 おはよ、と変わらない挨拶を交わした。

 昨日の疲れていた様子はなく、安堵した。

 そして昼休み。

 僕は屋上に呼び出された。

「もう、体は大丈夫なのか?」

 フェンスに凭れて座ると、悠然と背伸びをする姫香に聞いた。

「うん。もう全然。ほら」

 そこでシャツの裾をめくり、昨日男に負わされた脇をさらした。昨日、あれだけ深い傷があったのに、傷は綺麗に治っており、白く綺麗な肌に戻っていた。

「正直言うと、傷口はもう少し残るかな、って思っていたんだけど、まさかこんなに綺麗になるなんてね。やっぱ、これって相性がいいのかな」

 ケタケタと笑い、傷口を見せる姫香に、昨日の弱々しさはなかった。

「あ、それとこれ。昨日のお礼ね」

 踊るように動いていた体を止め、手にしていた青い巾着袋を差し出してきた。

「ーーこれは?」

 子供みたいに無邪気な笑顔は、今だけは不穏な雰囲気はなく、年相応のあどけなさがあった。

「別に警戒しなくていいから。お弁当だよ、お弁当」

 隣に座り込むと、巾着袋を指差した。

 弁当? と巾着袋を開くと、確かになかには弁当箱が姿を現した。

「私の手作りだから」

 手作り、と聞いて一瞬ではあるがたじろいでしまう。

 訝しげに睨んでやるが、姫香はわざとらしく手を振ってみせた。

 一気に疑い深くなった弁当を開いてみた。

 僕の不安をよそに、開いた弁当は、何事もない普通の中身であった。

 小ぶりのおにぎりが二つ。ほぐされたシャケが混ぜられ、海苔が巻かれていた。

 おかずは厚焼き卵にゴボウの金平、プチトマト。そして鶏のから揚げが二つ入っていた。

「……うまそ」

 思わず呟いてしまった。

 すると、水を得た魚みたいに、笑顔がより弾けた。

「ーーでしょ。私、頑張ったんだもん。さ、食べて、食べて」

 その腕に感心していると、姫香は急かす。

 まぁ、ここは断る理由もないので、弁当と一緒に入っていた箸に手を移した。

「そのから揚げのお肉、手に入れるの大変だったんだよ。○○(自主規制)のお肉なんて」

 箸がから揚げを掴もうとしたとき、聞き捨てならぬ言葉が耳に届いた。

「今なんて言った?」

「ーーん? だから、○○(自主規制)の肉よ。イヌくんの裏ルートで手に入れるの難しいんだよ」

 訝しげに睨む僕に、悪びれることなく目を細める。

「食えるわけないだろ、そんなもんっ」

 慌てて弁当の蓋を閉めると、姫香は唇を尖らせて拗ねた。

「なんで? ちゃんと食べてよ。ちゃんと食べてくれないと、栄養が取れないじゃん」

「栄養?」

「だって、私好みの血になってもらわないといけないんだし」

 またふざけて口元のホクロを押さえる姫香。また頭痛が起きそうだ。

「なんだ、そのお前好みの血って」

「だって、そうじゃない。もう契約したんだもん。古川くんの血は、もう私の血。そうでしょ?」

「契約? あ、それって「繋」?」

「ーーそ」

「んなもん、いつしたっ。そんなことした覚えはないぞっ」

「あれっ。言っていなかったっけ? 血を吸うことで、もう契約成立なんだよ」

「はぁ? なんだよ、それっ」

 納得しないっ。

 認めないっ。

 絶対に納得なんかしないぞっ。

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