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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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39/57

 四 ~  ……まさか、だよな。  ~ (10)

 引くよね……。

 こんな現実味のないことを実際に見ちゃうとさ……。

            8



 動揺する僕を制した姫香は、おもむろにシャツの裾をめくり、傷口をさらした。

 露わになった白い肌に、ついドキッと息が詰まった。脇の辺りに、男に切られた傷が二本あった。肌が裂け、肉がめくれて血が滲んでいる。

 咄嗟に唇を噛んで目を逸らした。

「……お願い、見てて……」

 力ない声に、心配しながらも恐る恐る戻す。

 それでも目を背けたくなっていると、僕は目を疑った。

 そらは、まるで逆再生の映像を見ているように、傷が塞がっていくのである。

 ゆっくり、ゆっくり、と。

 それまで溢れるように出ていた血でさえも、勢いが収まっていく。

 凄まじい勢いで傷が自然治療されていた。

「ね、大丈夫でしょ」


 

 これも、吸血鬼としての力なのだろうか。

 驚く僕をよそに、数分もしないうちに、姫香の傷は完治してしまい、姫香は立ち上がる。

 それでも、かなりの体力を消耗したらしく、体をふらつかせていた。 

 すぐに体を支え、そばにあったベンチに腰を下ろした。

「驚いたでしょ。私、医者いらずなんだよ」

 僕の肩に凭れ、強がりなのか冗談気味に呟く姫香。ただ息は上がったままでつらそうであり、僕は何も言い返せない。

「でも参ったなぁ。誰だろ、あれ…… なんで、私襲われちゃうんだろ…… 手も変だったし……」

「知り合いじゃないのか?」

 姫香はかぶりを振る。

「全然、知らない人。でも多分、あの人も吸血鬼だよ」

 吸血鬼と聞いて、心臓を鷲掴みにされたような痛みが走った。

 以前、聡から同時期に複数の吸血鬼が現れることもある、と言っていたのを思い出したが、信じられず、目が泳いでしまう。

「ちょっと前から、変な感じはしていたからなぁ。この前もそうだし…… あの人のことだったのかな」

 それはここが狩り場だから、吸血鬼が集まってしまうのだろうか。

 顎に手を当て考え込む姫香に、聞くことはできなかった。どこか体が震えていて。

 痛みに耐えて震えて震えているのではなく、恐怖に怯えているように、見えてしまったから。

「それより、大丈夫なのかよ」

「うん。まだ痛いけど、傷はもう塞がってきたから」

 脇を擦りながら答える姫香。それでも表情はつらそうである。

 ーーでも。

「まぁ、傷を治すのに体力は使っちゃうからね。それで疲れちゃってるだけだから。もうちょっと休んでおけば、うん」

 そこで姫香は目を瞑り、眠るようにより体を僕に預けてくる。

 確かに先ほどよりも呼吸は落ち着いてはいたが、それでも顔色は悪い。

 このままずっと寝てしまうんじゃないか、と不安も抱いてしまう。

 ふと、夜空を見上げた。

 月が僕らを見下ろしている。

 正直言って、僕もまだ体がだるく、首筋にかけて痛みが残っている。それでも姫香よりかはましで、意識もしっかりとしている。

 こいつの体力を回復させるには……。

 自問したあと、ふた息を吐いた。

「ーーんっ」

 僕は右肩をスッと動かし、姫香の体を揺らす。

 目を閉じていた姫香は、何事かと目を開き、まばたきをして呆然としていた。

 そこに僕は右腕を差し出した。

 シャツの袖をめくり、腕の内側を見せる。

 状況が掴めない姫香は唖然として僕を見ている。僕は何も言わずに小さく腕を揺らした。

 姫香の体力を回復させるのに、一番効率のいいこと。それは……。

「……いいの?」

 事態を把握した姫香が、戸惑いながら弱々しく聞いてくる。

 僕は顔を逸らしたまま、何も答えなかった。黙ったまま顎をしゃくる。

 それは姫香がこれまで望んでいたこと……。

 姫香は優しく腕に触れた。

 手はものすごく冷たい。

「……ありがと」

 ありがと……。

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