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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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38/57

 四 ~  ……まさか、だよな。  ~ (9)

 これは現実? 

 吸血鬼のことを考えると、今さらだが……。

 本当に現実なのか?

 僕の声が出たのと同時であった。男の腕が振り下ろされたのは。

 咄嗟に目を逸らそうとすると、姫香は直前で受け流した。

 それからは信じられない光景が広がった。

 まさに、格闘ゲームを見ているみたいに……。

 自分の爪を武器みたいに風を切って振り回し、それを体に触れる寸前、ダンスを踊るみたいにかわす姫香。

 月夜に照らされ、髪をなびかせる姿はどこか妖艶で、綺麗に見え、僕は呼吸を忘れて魅入ってしまった。

 助けないと、という感情を忘れて。

 しかし、姫香の表情は険しく、つらそうに見えてしまう。

「あんた、何が目的なのよ。本当にもうっ」

 姫香の叫び声に、僕は我に返る。

 助けなければ、と心は焦るのに、体が自由にならない。正直、怯えてしまっていた。

 二人の現実離れした動きに圧倒され、動けない。僕が入れば、逆に邪魔をしてしまうと、ブレーキがかかる。

「止めろよっ、お前っ」

 どうにか気を紛れさせたかったが何もできず、苦し紛れに、手元に落ちていた石を、男に投げつけた。

 石は無念にも男に届かなかった。

 僕の余力さを表すように、男の足元に落ちてしまう。

 それでも男の注意は逸れ、こちらに体の向きを変えた。

 フードのせいで影となって顔は見えない。しかし、異様な空気は漂っており、悪寒が全身を支配する。

「お、お前っ。こっち、来いよっ」

 喉の奥に石を詰められたような、息苦しさに耐えつつ怒鳴った。男はゆっくりと歩を進める。

 男がこちらを見て、右腕を横に上げ、長い爪を揺らす。

 鋭利な爪が刺されば確実に殺される。

 と直感した。

 怖いはずなのに、奇妙なことに、僕は笑ってしまう。

 ダメだ。気持ちがおかしくなっている。

 男はゆっくりと歩を進め、僕との距離を縮める。

 それでいい。姫香から離れてくれれば。

 男との距離。それが僕の命の時間なんだと悟り、息を呑む。

「ちょっ、古川くん、逃げて」

 姫香も体力が限界なのか、また片膝を着いた。必死で叫んではいるが、僕の体も動きそうにない。

 男の伸びた影が足元に重なったとき、ふと影が止まる。不審な動きに顔を上げると、男は僕を見ていた。

 表情は読めないが、引き込まれるよいに僕も睨み返したとき、男は急に踵を返す。

 標的を姫香に戻した、と直感して重たい体を、立ち上がらせようと膝に力を入れる。

 おぼつかないまま立ち上がると、その音に男は動きを止める。

「……お前はなんだ?」

 静寂した空間に、男の声が響く。

 突然の問いに戸惑っていると、男の体が揺れた。恐怖に身構える。

 風が頬を切ったとき、男は急に走り出した。

 僕でも、姫香の方でもなく、誰もいない石畳の方へと体を進めた。さらには、石畳の奥の木々の影へと体を進め、そのまま逃げていった。

 何が起きたのか理解はできない。ただ、男がいなくなった。

 助かったのか、と目で追っているときである。

 ドカッと鈍い音がした。

 急に姫香が倒れたのだ。

「ーー今田っ」

 叫ぶのと同時に、体の自由が戻った。

 すぐさま駆け寄ると、体を丸めて倒れる姫香に、僕は青ざめてしまう。

 やはり脇から血が滲んでいる。顔も冷や汗が浮かび、血の気がない。

「早く、救急車っ」

「ーー待って」

 すぐさまスマホを取り出そうとすると、姫香は僕の右腕を掴む。

「ダメ、呼ばなくていい」

「でも、この傷早くしないと」

「……大丈夫、すぐ…… 治るから」

 大丈夫?

 何が大丈夫なんだ?

 どこが?

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