第41話 取引
真っ暗な裏路地は人気がなく、ただ闇雲に歩いていた。
貴族街なのだからそうだと決め付けてもいいが、大通りすらも人気がなかった。
日付が変わる頃になってまで外を出歩く輩はそうそういない。
ゴロツキか、行き場をなくした野良犬。
その中でももっと酷い犯罪者崩れの輩が壁に身体を引きずりながら歩いていた。
立つ気力すらなく、歩く気力もない。真っ直ぐ立つ事すら叶わないクロードは全ての支えを失ってなお、どこへ行くこともなく歩いた。
行き場なんてない、何もかも失った。
この失われた空っぽの心を空虚と言うなら、クロードは愚かだ。
失って気づく幸せに価値はない、気づくから幸せ。
言葉にすることができなかったこの気持ちに名前をつけることはできない。失って初めてどうしようもなく求めてしまった。
「やめろ……やめろ」
それでも理性は押し留める、天秤にかけたときどちらを取るかは決まっているのだから。
「クロード=インティウムだな」
■
悪魔との契約、闇の取引。
それを好んでやっている者がいると聞いたとき、苦い顔をするのが当たり前だ。名前からして好ましくないと思われるのが世の常だ。
だがそれを魅力的と感じる者がいるから成り立っている。
そんな者がいると言うことだ。
「インティウム家の三男、間違いないな」
今にも死にそうな顔をしているクロードを別の者では無いかと確認していたが、どうやら解決したようで近づいてきた。
黒いローブに身を包んだ者が5人。
ここが裏路地でなければ確実に逮捕されるであろう人間がクロードを探して夜分遅くに徘徊している。警戒心をむき出しにするのにこれ以上の理由はない。
「誰だお前ら……」
誰かなど察しはついている。これ以上目を逸らすのかと痛む拳を握りしめた。
クロードかガジスを殴り飛ばしたので交渉はできない。
相手も対話によって問題の解決を図ろうとするはずはない。一度殺されかかった相手と対面する以上は何かしらの優位を持つ必要があった。
一番現実的なのはクロードを叩きのめし、動けない状態で恐喝する。
それは無理やりでも捕獲して連れ帰らなければクロードが城に来ることはないと踏んだのだろう、実際にそうだし間違っていない。
「少し話が聞きたい」
そう言って懐からナイフを取り出すとクロードに向かって斬りかかる。
流れるような動作から無駄のない動きで放たれた斬撃を避けることもなく立ち尽くしているクロードに違和感を覚えたが、遅かった。
ナイフを持った腕に糸が巻きつけられて身体を締め上げる。
「なっ!」
彼の小手ガントレットの一部から糸が垂れており、月明かりに照らされてようやく見えるほど鋭い。空中でマリオネットと化した味方に恐れを成したのか、遠距離に切り替えて魔法の詠唱を始める。
だが詠唱の時間さえあれば距離を詰め、喉を叩くことができる。
発音できなければ魔法は作動しない。それは使徒であっても変わらない世界のルールだ。喉を突かれて詠唱を中断した黒ローブを取り出したナイフで斬りつけ、背後から回る敵に対して糸で吊し上げる。
「父の差し金か、殺さないでやるから伝えろ、絶対に許さないとな」
許さないし許せない。
母を殺した彼のあり方も、それに対して何もできなかった自身を。
あの性格の父がクロードを売るとは考えづらく、別の人物が売り払ったのだろうが、それでも家の人間に変わりはない。
母の死を許容した人間達をクロード=インティウムは許さない。
「いいものを見せてもらった」
五人全てを戦闘不能にしたつもりでいたクロードだが、まだ残党がいたかと声の向きにナイフを投げる。すると金髪の青年が素手で掴み取り、ジロジロと見ていた。
「こんなものでも魔剣かよ、貴族ってのは金をなんだと思ってやがる」
「誰だ」
体格から換算すると年齢は20前後、声質も低すぎず高すぎず青年のものだった。
だが黒いローブを着ていないところと、貴族を馬鹿にする発言のおかげでインティウム家の者ではないと判断できた。
「いやなに、噂のクロード=インティウムがガジスの野郎をぶん殴ったって噂になっててな、どんな奴か見にきたわけよ」
未だに要領を得ない発言だが、少なくともこの場で仕留めれば足はつかない。
「殺し合う気はない、話に来ただけだ。
「話……だと?」
「そうそう、はなし」
ただ話をしに来たと言う相手に考えあぐねていると、勝手に話始められる。
「俺達は今の国が大っ嫌いだ、特に半年前から全てが変わった。だからこの腐った国を叩き潰して新たな国家を誕生させる」
「反国家組織、テロリストか」
「今や政治を牛耳っているも同然のガジスを殴り飛ばした勇敢な貴族を勧誘に来た」
貴族を呼び込むだけ、ただガジスの後釜にクロードを添えようとしている。
仮にガジスを倒した後、空白になった椅子に座る者が現れたときに息のかかったクロードを、ガジスの血縁者を乗せることで穏便に話を進めようとしているのだ。
統治者がいない国家など存在しない、貴族社会の撤廃ではなく。邪魔な者の排除を目的とした彼らのテロリズムにクロードは都合がいい。
「頼み事の1つや2つくらいは聞き入れてやるから」
その願いは今のクロードを満たしてくれるのか、この空虚を埋めてくれる物なのか。そこまで考えてやめた。
「俺は何もしない、お前らの組織にも入らない」
「……ならいいか、気が向いたら呼んでくれ。この場所でコルキウスって言えば誰か出る」
その提案も、その行動も、クロードにとって願ってもない話だ。
空っぽになった今の彼を埋めてくれるなら、この辛さを誤魔化してくれるものなら喜んで飛びつくはずだった。
なのにまだ忘れられずにいる。
あの光景を夢に見る。
だから動けない、何もできない。
それはきっといつの日から忘れてしまった覚悟なのだろう。
そう思ってまた歩き出した。何処へ行くでもなく




