第33話 新しい装備
「装備を作るだけだ、踏み留まれそこを動くな」
片手に定規、もう片方に紐を持ってジリジリと迫る。
腰を落としていつでも逃げられる態勢を取りつつ、背後にすり足で移動するシャルラに両手をあげてクロードが迫っていた。
絵面だけなら公然と猥褻をしようとしている物になるが、年齢のせいもあって全く閉まらない。
廊下を通りかかったエドが、疲れた大人のため息をついて見なかった事にするくらいには意味のない現場だ。クロードの年でシャルラに襲いかかった所で何が起きる事もなく、逆にクロードが虚しくなるだけなのでそんな事は起きない。
それにクロードがシャルラに向ける想いは恩義や妹への愛情と同質のため、万が一もない。
シャルラが本気を出して魔法を放てば使徒の力でクロードは消し炭になる。ただの人間が使徒に太刀打ちできないのは歴史が伝えている事実。
しかしながら彼女が魔法で迎撃しない辺り本気で嫌がっているわけではないのだ。
だからこそ意味のない争い。
「ちゃんと洗ってるし、それによく分かんないけど服の数は足りてるから!」
シャルラと同じ体格の子供がかつてシオンの弟子に居たようで、その服が残っていた。だがサイズが完全にあっている訳ではなく一回り大きい。
全体的に着ているのではなく着せられている印象が強い。
この服をベースに衣服を作ると外に出たときに大変恥ずかしい思いをすることになるが、そこまで頭が回らずに頑なに拒否していた。
「いいのか?エドに頼んで飯抜きにしてやるぞ!今日の晩飯は無しだ!はっはっは」
虎の威を借る狐、否もっと酷い何かだった。
問題の解決に他人の力を使おうとする、しかもそのためにクロードはエドに頼まなくてはならないのだ。だが実際に本人が了承する事はないだろうが、
「こ、小癪な」
「小癪なって言うやつ現実にいたんだ」
随分と古風な言い回しをするシャルラにいつ覚えたんだと首を傾げる。
「服はもう間に合ってます!わざわざ新しく作る必要はない!」
服の数は足りていると言うが、そんな事は承知で来ている。
室内用の服だからまだいいが、外に出るとなれば相応の服装と耐久性が必要になるのだ。彼女が今着ている衣類はパジャマに近いので外に出れば確実に擦り切れてダメにしてしまう。
いくら季節が春だと言えど地方によってはまだ寒い。防寒着も必要で、これからの旅路にはいくらあっても足りない。
魔物との戦闘まで考えると丈夫な素材を使った物を使いたい。
幸い素材はシオンの倉庫から拝借すれば困らないので必要なのはデータだけ。
「お前はその格好で魔物と戦うのか?」
シャルラの身なりに指を指し、さすがに無理だと言いくるめようとしたが。彼女はどこまで嫌がっているのかそんな事ないと突っぱねた。
「似たような格好で戦ってたでしょ」
「それは人間相手だ、魔物の時は俺が作った防具付けただろ」
「……あの時は採寸してない」
「できなかったんだ、暗すぎて」
何故頑なに、そこまで拒絶する。
クロードは自身が何かしたかと思い出してみると、いくらでも出てくる。
思い当たる節が多すぎて一つに絞れず、あまり乗り気はしないが現実を突きつける。
「いつか俺も居なくなる、エドだって居なくなる。そのときにお前は一人で戦わなくちゃいけないんだ。いつだって守れる訳じゃない、だからせめて守れるようにはしたい」
クロードはシャルラを家に送り届けるが、その後はきっと会う事はない。
シャルラは使徒でどこか違う国に属する可能性だってある。使徒として襲われないために髪の色を変える魔道具を開発しているが、それで確実に隠せる訳ではない。
だから彼女には自衛の術が必要で、守るための道具がいる。
「……そっか」
垣間見えたシャルラの表情は暗く、そして何かを悟っていた。
「さあ計りなさい!ちょっとだけ我慢してあげるから!さあ早く!」
目を強くつぶって早く終われと言わんばかりの酷い顔で前に出て、我慢してやるから早くしろと、チラチラとひん剥かれた眼光が睨みつけていた。
「分かった」
随分と切り替えがいいなと、定規と紐を持ってシャルラの体に当てて測っていく。
腕の長さ、足の長さ。腰回りなど様々な長さを測っては記憶していき、恙無く終わるものだと思っていたが、
柔らかい何かが、シャルラの年齢にはあるはずのない何かが手に触れた。
心地いい何かだと理解したとき、それが何かを悟った。
クロードになって、否、彼が今までの人生で一度たりとも触れる機会がなかった物に、そして存在しないと思っていたものが手に当たった。
「嘘だろ」と内心引きつりながら、どう反応していいのか戸惑いながら手を離し。燃え上がるように赤面したシャルラの顔に酷い罪悪感を覚えた。
「お前って……いや、ごめん」
「ぐぅぅうう」
両手で胸部を隠して縮こまっているシャルラにかける言葉がない。
今にも爆発しそうな勢いで顔を赤めている彼女は、泣きそう顔でクロードを睨みつけた。
「10歳ってもっと無いと思ったから……、その……寸胴だとかまな板だと思ってて」
シャルラのダボっとした服装のせいで正確な体型が分からなかった。
彼女に触れる機会はクロードが気絶したときか、怪我で動けなくなっているとき。それも暗闇の中で松明を頼りにしてだ。
明るい工房に来てからは体型が分からない服を着ており、育っているかどうかは判断がつかない。彼女が自分からら隠そうとしていたことも相まって気づかれる事はなかった。
「ううう……」
シャルラが頑なに採寸を嫌がった意味をようやく理解し、額を抑える。
「悪かった、ごめん」
猫みたいに丸まったシャルラに何度目になるか分からない謝罪をした。
だが彼女は首を縦には振らずにクロードを睨みつけたまま、
「……責任」
小さく呪言を呟いた。
「ああ」
この状況で何かできるわけもなく、機嫌が治るならとうなずいた。
「そう思ってるなら責任取りなさい」
「悪いと思ってる、やらかしたとも思ってる」
クロードはバツの悪そうに頭を掻いて視線を外に向けた。顔を隠して目だけで睨みつけるシャルラは一向に動かずに丸まっていた。
「じゃあ守って」
「…………」
「ずっと守り続けて、私を狙う悪い奴らから守って」
「エドがそう言ったのか?」
彼女に使徒の話をした、自身が使徒だと言われたのだろうと推測して、これから起こる血生臭い争いを連想した。使徒は国に属して戦力になるか自衛手段を身につけて逃げ回るかしかないと聞かされたのだろう。
「うん」
「俺にできる事なんて高が知れてるぞ、精々お前を逃して自爆するくらいだ」
それでもいいのか?
「死んだら怒るって言わなかった?」
「…………」
答えを出せる訳がなかった。
クロードの寿命は彼自身が一番よく知っている。
後どれくらい生きれるのか、大体の目星はついている。
これから戦わずに生きていけば多少の寿命は伸びるだろうが、そんな事はありえないのだと今までの勘が示していた。
使徒の寿命までクロードが生きられるのか、彼にしてやれる事は力をつけるまで守ってやることではないのか。死ぬ事を前提にして彼女達を生き残らせることが正解なんだと理解している。
死んだ後に泣いてくれればそれでいい。
それで報われる




