4.Different world (異世界)
祝日初投稿。
敬老の日です。
瞼を閉じていても感じるほど煌々と光り輝いていた魔方陣は、役目を終えた星の如く光を急速に萎ませていった。視界がはっきりするのを感覚的に理解した葵は瞼を開け、目の前に見えた光景に絶句した。
それは見慣れた教室などではなく、一目見ただけで学校の校庭程の大きさはあるだろうと思われる庭のような場所だった。上空から見れば芸術的になっていそうな、丁寧に剪定された草木が通路と通路の間にあった。イメージはベル○イユ宮殿の庭と言えば伝わるだろうか。
そして庭の先には、日本にいれば滅多にお目にかかることの無い、西洋風の城が存在感を放っていた。その頃になると、クラスメイト達も周囲の光景が教室でないことに対し、ざわざわと騒ぎ始めた。
周囲を見渡してみれば、様々な色のローブを着た杖を持っていれば如何にも魔法使い、という様相の人達が、三桁に迫るのではないか、という数で葵達を取り囲んでいることに気がついた。
肩を組んで喜びを露わにする者や、疲れているのか地面にへたり込む者、こちらを興味深そうに眺めている者など、その様子は多種多様だった。
だが突然意味の解らない現象が起きて、気が付けば見知らぬ土地に立っており、周りをローブを着た怪しい人達が取り囲んでおり、更にはその人達が訳の分からない反応を示していることに、クラスメイトは困惑と恐怖を織り交ぜたような表情になる。
そんなざわめきには無関心で葵の意識は既に、別のことに意識が向いていた。それは結愛の姿が目の前に無いことだった。
葵の記憶に拠れば結愛の手を掴もうと手を伸ばしていたはずだ。この世界に召喚された時、腕を前に伸ばしたままだったことから、恐らく葵の推測は間違っていないだろう。
だからこそ、異世界モノをよく読んでいた葵は様々な可能性が浮かび、最悪の可能性を否定するべく―認めたくないからこそ―首を振った。
もしかすれば多少位置が変わり、結愛が同じ場所に居ないだけかも、と不審な動きをする葵をクラスメイトの視線を無視して辺りを一周見回した。
だが一周しただけでは結愛の姿が見当たらず、もしかしたらも過ごしがあったかも、ともう一周する。だがやはり、結愛の姿はない。
結愛がこの場に居ないと言う事実に、自分でも血の気が引くのが分かった。そんな葵の心情は知らず、自分達と同年齢か、それより少し下の年齢くらいの女性の声が庭に響いた。
「よく来てくださいました」
声の方へ視線を向けると、そこにはクラスメイトを囲んでいるローブの人達とは、一目で違うと判断できる四人がクラスメイトの方へ歩いてきた。クラスメイトは防衛本能なのか自然と中心に集まり始める。
先頭を歩くのは、四人の中で唯一の女性だ。身を包む服は白を基調としたドレスで、腰まで届く太陽の光を反射する綺麗なプラチナブロンドの髪を持つ、金髪碧眼の美少女だ。
腰まで届く髪は歩を進める度に左右にサラサラと揺れる。その動きと服装から、かなり高い地位にいると思われる。
女性の右をプロレスラーさながらの肉体を持つ男性が、鷹のように鋭い目を向けながら歩いている。だが醸し出す雰囲気は優しいものがあった。短く切られた赤色の髪に蒼の瞳を持ち、質素なシャツと長袖のズボンというラフな格好の渋めなイケメンだ。
恰好からして動きやすさに重点を置いているように思われる。腰に差す剣の鍔には紋章のようなものが彫られている。
その反対、女性の左を歩くは執事服を着た初老の男性。白髪を後ろで小さく結っており、異世界モノでもよく見かける執事の格好だ。細められた蒼い瞳と所作に隙はなく、積み重ねてきた経験が垣間見える。醸し出す雰囲気は若者にも引けを取らないものだ。
最後三人の少し後ろを、疲れた様子で歩く男性が見えた。葵と同じ黒髪黒目彼は他の四人とはどこか雰囲気が違い、整然とした服装ではなく、“慣れ親しんだ服”という表現が似合うローブを着ていた。
葵達を囲む人達のローブとは、感覚的に彼のローブの方が高性能な気がする。単にデザインの差かもしれないが。
「初めまして、ようそこヴィンクーラへ。私はオディト王国第三王女、ソフィア・ミル・オディトと申します。この度は突然のことかと存じますが、これよりそのことの説明をしたいと思いますので、どうぞ此方へ」
自身を王女だと名乗ったソフィアは丁寧な物腰でクラスメイトを先導すべく、彼女らが歩いてきた道へと手を向けた。恐らくついて来い、ということだろう。突然のことに困惑するクラスメイトに、ソフィアは優しく微笑みかける。
だがソフィアに感情が抑えられ、極限まで自分を殺した声が掛けられる。
「一つ聞きたいことがある」
声の主は葵だった。未だ姿の見えぬ結愛の居場所を、どうやらこの件と関わりを持っているであろうソフィアに聞くことにした。それが一番手っ取り早いと判断したのだ。
「何でしょうか?」
「結愛は何処にいる?」
葵の言葉で、先程までクラスにいて注目を浴びていた結愛が居ないことに気がついたような声がクラスメイト側から上がった。
だがソフィアは、何のことを言っているのかさっぱりと言った表情を見せた。そのことに焦りの感情を抱きながら、詳しい説明をしていく。
「結愛は、俺達と一緒にこの世界に喚ばれたはずの女性だ。知らないのか」
そこまで言ってようやく葵の言っていることを理解したのか、ソフィアは驚いた表情を見せクラスメイトの集団へ視線を移す。しばらくの間見ていたが何やら思い詰めた表情で、直ぐに初老の執事に指示を出した。
執事は指示を受けると、凡人が出せるであろう速度を超えた速さで城の方へ駆けて行った。
ソフィアは質問主だった葵に、そのことについてもお話しいたしますので中へと先導を始めようとするが、今答えられる範囲で良いから答えてくれと、荒れ狂う内心を抑え真剣な表情で問うた。
葵の雰囲気に気圧され、ソフィアはあくまで可能性ですと前置きして話し始めた。
「あなたの仰る結愛様が、我々が行使した召喚魔法によって召喚されたとします。今この場には三十一人いらっしゃり、結愛様も含めると三十二人になります。ですが、私達が喚ぼうとしていた人数が三十人で、規定人数より二人多いことになります」
「・・・・・・それで?」
「・・・・・・結愛様は此方の手違いで魔方陣上ではなく、何処か別の場所へ召喚されたのではないかと思います」
話の途中から嫌な予感はしていたが、それが的中するや否や葵はソフィアに向けて歩みだした。そして八つ当たりのようにソフィアの方を掴みどう言うことか叫んだ。
「手違いってなんだ? お前達は、手違いで人の命を弄ぶほど偉いのか?」
「いえ・・・そのようなつもりはございません。・・・・・・ですが彼らも全力で魔法を発動したのです。どうか責めないで上げてください」
「責めないで、だ? 人の命が関わることだと分かっていた上で魔法を使ったんだろう!? ならなんで、細心の注意を払わない!?」
最初は静かに起こっていた葵だったが、ソフィアの言い訳じみた発言に、抑えていた感情が溢れ出て、声が大きくなり口調が荒くなる。
葵の剣幕にソフィアは尻込みした返事をする。だが葵は止まらない。周りのローブの人達も、葵の大声に何事か! と注目を始める。
だが本人の意識下では止めることは出来ない。決壊したダムから雪崩れ込む水のように、周囲の考えなど知ったことではないと言わんばかりに、止め処なく責める言葉が出てくる。
「そもそも規定ってなんだよ規定って。てめぇらがどんな理論を立てて、その魔法が安全だと思ったのかは知らないが、やるなら予備や不測の事態に備えるべきだろう!? それを怠った奴らに、攻めるなと言われる筋合いは――」
「筋合いはない」と言おうとした葵の言葉は、赤髪の男によって止められた。
男は葵に肉迫すると躊躇なく手刀を振り下ろしたのだ。接近を見てから避けられると判断した葵だったが、接近の速度があまりにも早く避けることが不可能だと判断し、手刀を右腕で受けてしまった。
結果、ただの手刀で右腕に今まで感じたことの無い痛みが走る。
なるべく威力を殺し受けたつもりだったが、足りなかったことに歯噛みし、追撃がないことを確認してから痛みで痺れる右腕に左手を添える。
葵の腕にヒビを入れた男性は、感心の視線を葵に向けていた。
「・・・・・・そんなことしていいのか? あいつらからの信頼が無くなるぞ」
「ソフィア様の護衛をするのが俺の役目だ。それにお前は、それが分かった上でその発言してんだろう?」
骨の痛みで顔を顰めながら負け惜しみとも取れる発言をした葵に、男は達観した表情を見せる。男の回答に対し、切れ長の目をスッと細めるだけで答えない。そんな葵を諭すように赤髪の男性は言った。
「・・・・・・今お前は、その結愛とやらが心配で居ても立っても居られない、ということだな?」
「ああ」
「だったら尚更、ソフィア様の言うことは聞いておくべきだ。それがお前の為になる。・・・・・・それに、お前が今飛び出して行ったとしても、無駄死にするだけだ」
「・・・・・・その根拠は?」
葵はこれでも体を鍛え、武術を嗜んでいる。だから腕には少し自信があるので質問する。赤髪の男性は視線を後ろに向けた。それに釣られ視線の先を見るとそこには、未だ一度も発言していない影の薄い黒髪ローブの男性が居た。
「ミキト。こいつが今の状態で外に出たらどうなると思う?」
「まず間違いなく死ぬでしょうね。自殺行為と言わざるを得ないでしょう」
「だから何故そう言いきれる」
根拠を言わず、ただ否定されるのは納得がいかない。もとより結愛のことで気が急いているのだ。その溜めは、苛立ちを加速させるだけである。そんな葵の心情を悟ったのか、黒髪ローブのミキトは根拠を述べた。
「それは俺が転生者だからだ」
「転生者?」
「ああ。俺は元々日本に住んでいた。向こうで死んで、この世界で前世の記憶を引き継いだまま生を受けた。前世の記憶を持っている人のことを、こちらの世界では転生者と呼ぶ。因みに召喚されたお前達は召喚者って呼ばれるな。・・・・・・それで、お前が死ぬ理由だが、多少運動が出来てもこの世界じゃ生きていくのは難しい。これは幻想じゃなく現実だ」
それで葵が死ぬと言っていたのかと納得する。クラスメイトは後ろで転生者云々で騒いでいるが、無視して話を進める。
「俺の実力も知らないで勝手なことを言われるのは、癪に障るな」
「実力なら大体わかった」
赤髪の男は自信たっぷりにそう言い切った。またも根拠のない発言ならぶっ飛ばしてやる気持ちでいると、男はしっかりと根拠のある言い分を披露した。
「全力じゃなかったとは言え、俺の手刀を抑えたお前の実力は大体だが把握できた」
「・・・・・・その上で、俺が結愛を探しに行ったら死ぬと?」
「ああ、だからもう一度だけ言うぞ。ソフィア様の言うことは聞いておけ。その方が、お前の為になる。俺の提案を呑んでくれるなら、お前の望むことを出来る範囲でやってやると約束しよう」
少し考える。男の言葉を信じるのなら、その提案は聞いておいて損はないだろう。だが葵にとって「お前の為」と言う言葉は、交渉の材料になり得ない。
何故なら、葵にとって自分とは結愛の為のものでしかないのだから――
だがその言葉を無視して葵が飛び出せば、葵の命に関わる可能性があるらしい。それでは意味が無い。葵が命を落とせば、それ以降結愛の傍にいることが出来なくなる。
葵がこの世界のことを知らない以上、ここは男の言うことを聞いておくのが最良だと判断する。
「じゃあ今から結愛を探す捜査隊を出せ。それから結愛の捜索に関わることに全力で協力しろ」
「そのための伝令はもう出ているが・・・・・・分かった。俺の方でも個人的に動いておこう」
葵の傲岸不遜な物言いに言及することはなく、赤髪の男は葵の望みを了承する。そして赤髪の男は満足げな笑みを浮かべると、視線でソフィアに大丈夫だと伝えた。
ソフィアはそれを確認すると改めて、ざわつくクラスメイトの先導を始めた。
* * * * * * * * * *
ソフィアの先導で庭と廊下を含め十分ほど歩いたクラスメイトは、一つの大扉の前で止まった。大扉にはどこか幾何学的な模様を感じさせる線が彫られていた。驚愕の表情を見せ感嘆の声を洩らしながら、三メートルはあるであろう大扉を眺めるクラスメイト。
その扉の先は謁見の間と言う部屋らしく、ソフィアは扉の端でビシッと起立している騎士姿の男性に扉を開くよう命じた。すると大扉は木製の扉らしい音を立てながら開いて行く。視線に入ったのは、中央に真っ直ぐ敷かれたレッドカーペット。
それを踏み謁見の間に入ると体育館と同じくらいはあろう部屋の広さに圧倒され、クラスメイトは大扉の時よりも大きく声が出る。大扉と違い豪華な装飾がされていたことが、クラスメイトの反応を助長させただろう。クラスメイトが一頻り反応を終えるのを待ち、ソフィアは再び先導を開始した。
レッドカーペットを数メートル進んだところで、ソフィアはここで楽にしていてくださいと声を掛け、カーペットの先に見える玉座の隣に立った。その玉座には、ソフィアと同じ金髪碧眼の六十代くらいの男性が座っていた。
適度な装飾のされた服を着ており、男声の身分を証明するように頭には金の王冠が乗っていた。一目でこの国の王だと分かる格好だ。王は玉座から立ち上がり、謁見の間を反響するような大声で挨拶をした。
「よく来てくれた召喚者の方々よ。わたしはこの国で王をやっているプロディ・ティーネ・オディトである。一先ずは召喚に応じてくれたこと感謝する」
応じたつもりはねーよ! とクラスメイトは心の中でツッコミを入れているだろう。そんなツッコミは露知らずプロディと名乗った王は続ける。
「まず先に明言しておくが、我々は召喚者に対して強制的に従わせるということはしない。また最低限の生活は保障する。帰りたいと願う者は責任を以て元の世界に還すことを約束しよう。故に自分の意志で我々に力を貸してくれる人だけ、我らと共に戦ってくれ」
そう言ってプロディは頭を下げた。一国の王がこんな簡単に頭を下げていいものかと思ったが、それ程の大事なことがあるのだと解釈すればあまり不自然とは思わなかった。
もっともそれならば、葵達を強制的に従わせないことに疑問を感じるが一先ずそれは置いておくことにした。
「待ってください。まだ私達は何故ここに喚ばれたかの説明を受けていません。一つずつ説明をしていただけないでしょうか?」
「・・・・・・そうだったか。すまない。気が急いていたようだ」
このクラスの担任の龍之介の出した疑問に、プロディはチラッとソフィアに視線を向けたが、ソフィアが軽く頭を下げたことで何かの意思疎通を図ったことは理解できた。プロディは丁寧に現状の説明をしてくれた。
曰く、この世界にはファンタジー小説のように他種族が存在する。
曰く、他種族の一つである魔人族と数百年に一度戦争をしている。
曰く、今回の戦争は人間族に勝ち目は薄かった。
曰く、ミキトから聞いた話によると別世界から喚んだ人は大体が強力な力を持っている。
曰く、人間族の王の元会議が開かれ異世界から人を喚ぶことにした。
その結果が今のこの状況だという。大方予想は付いていたが、対魔人族に召喚て・・・・・・と、一昔前に見たファンタジー小説のテンプレ展開に呆れた。
この世界の人からすれば存亡が掛かっているので、失礼と言えばそうなのかもしれないが、葵からすれば大切な人を強引に引きはがしただけの厄介な出来事に替わりはない。
もしこれが葵一人だけで、且つ守る人がいなければ楽しめていたかもしれないが、今は場合が場合だ。そんなことは言っていられない。プロディの話を聞いてクラスメイトは話し合いを始めた。
始まってしばらくの時が経った。外から眺めているだけの、葵の客観的な話し合いの無いようだが、不毛そのものだった。
これからそうするかではなく、今この状況が夢なのではないか、これはテレビ番組などのドッキリなのではないかと、現実を全く見ていない言葉が飛び交っていた。クラスメイトは現実を見たくないからこそ、空疎な議論を重ねているのだろう。
このままでは結愛を探すための時間が削がれると判断し、葵は滅多に開かない口を自分から開いた。
「既に起こったことを未練たらしく言ってないで、これからどうするか考えたらどうだ。時間の無駄だろう」
決して大きくはないが存在感のあった葵の声は、クラスメイトの会話をピタリと止めさせた。全員がこちらを見て一様に驚いた様子を見せている。
「さっきから何なんだお前。自分勝手に行動しやがって・・・・・・。さっきのことだって一歩間違ってたらどうなってたか分からなかったんだぞ」
葵に怒気を孕んだ批判の声を上げたのは、幼き頃のトラウマの原因である中村隼人だ。同じクラスだったことは知っていたが、何の関わりもなかったので放置していたし、過去のことは既に清算していたので気にならなかった。
そんなことは知らない隼人は、不満を隠しもせずに葵にぶつけた。
その視線は、恐らく魔法だと思われるもので痛みが和らげられた右腕に向けられている。武力による強制を危惧しているのだろう。
魔法だと断定できないのは、葵がこの世界の魔法を知らないからである。
確かにあの時態度が悪いと全力勝負になっていれば敗北は必至だっただろう。だがあくまで仮定の話であって今の話ではない。それに、隼人の発言は葵の発言から逸れている。
「俺のことじゃなく、これから先のことを考えろと言ったんだ。意味が分からないのか?」
「お前は他人のことを思いやる心がねぇのか? こっちは皆の意見を纏めるので忙しいんだ」
「俺個人の言ってることも理解できない奴が、多数の意見を聞くことも、纏めることもできないだろうに・・・・・・」
互いに嫌味の応酬で対抗する。このままでは平行線になり無駄な時間を過ごすことになると悟り、葵は平行線な言い合いを止め、葵の最後の発言に憤りを露わにする隼人を無視し、王に直訴することにした。
直訴とは、自分の意思を伝えた上で、この場から抜けること。無駄な時間を過ごせば、それだけ結愛の捜索に支障が出る可能性が増すからだ。
発現の許可を貰おうと手を挙げる。すると、すんなり了承を得た。若干驚きつつも、本題を述べる。
「基本的に俺は、俺の目的のために動きます。出来得る限り協力はするつもりですが、期待はしないで頂きたい。それでも構わないと言ってくださるのであれば、私は戦争に参加します」
「それで構わないとも。意思の尊重は、此方の守るべき義務なのだから。此方に従ってもらう事も多少あるだろうが、それ以外の時なら好きにして貰って構わない」
質問と言う名の断言に気を悪くすることなく、それどころか当然だと頷いた。もっといろいろな制限が掛けられると思っていた葵は、驚き半分感謝半分な気持ちになる。
葵達を強制的に従わせないのは、恐らく意思の尊重に反することだからなのだろう。
今は強制されないことに感謝して、それが有効である間にさっさと出来ることを済ませようと画策する。
「それと図々しいとは存じますが、この城にある図書室の書物を読ませていただいてもよろしいですか?」
「理由を聞いても良いか?」
「情報収集です。情報の有無は自身の生存に直結すると考えています。ですから、情報を仕入れるために書物が読みたいのです」
「分かった。許可しよう」
「それともう一つ。この世界の常識を教えて頂けると嬉しいのですが、そのような人員は割くことが出来ますか?」
「それならば後にお主の元へ向かわせよう。・・・・・・名を何という?」
「申し遅れました。綾乃葵と言います」
丁寧なお辞儀で名乗った葵に、プロディは一つ頷くと申し訳なさそうな顔になる。
「そなたがシンクの言っていた葵殿だったか。申し訳ない。我々の力不足で大切な人を失わせてしまった」
「まだ失ったと決まった訳ではありません。・・・・・・もし少しでも申し訳ないと言う気持ちがあるのなら、口よりも先に行動で示して頂けると嬉しいです」
「・・・・・・分かった」
「ありがとうございます」
半分食い気味にプロディの言葉を否定した葵は、同時にさり気なく自分の要求を相手の良心に訴える形で述べる。
プロディはそれを聞いて、少し間を空けて頷いた。
「あ、それと」
プロディが葵に対する謝罪をしたのだから、葵もそれを示すべきだろうと、視線をプロディの横に立つソフィアへと向ける。
「すまなかった。先程の非礼を許してくれると、俺としては嬉しい」
「あっ、えと、私も無神経なことを言ってしまいましたし、気になさらないでください」
先程とは、突然肩を掴み罵詈雑言を浴びせたことである。気が動転していたとはいえ、初対面の人にする態度ではなかったと、幾分か落ち着いて思考した葵は思った。
言える時に言っておかなければ後悔することは知っているので、頭を下げその意思を言動で示した。
ソフィアはいきなりのことで驚いていたものの、葵になるべく丁寧な物言いで、許しの言葉を申し訳なさそうな笑顔で述べた。あの時もそうだが、最後まで気を遣わせてしまったことに感謝と申し訳ない気持ちを抱き、頭を上げてソフィアに一言だけ告げた。
「ありがとう」
感謝の言葉に、ソフィアは笑顔で答えた。それを確認すると退出すべく踵を返し、相談を止めこちらに視線を向けるクラスメイトの傍を早足で通り抜けようとして、止まった。
このままいけば、葵の進む道を邪魔されるかもしれない。人間は嫉妬深く、本人に自覚はなくとも他人から恨まれているなんてことはざらにある。小学校の時の葵なんかがいい例だ。
あれは少し私怨が入っていたが、恨みに変わりはない。
その可能性がある以上、その懸念を少しでも減らすために、どんな小さなことでもしておかねばなるまい。邪魔をされれば、結愛を探すどころではなくなってしまう可能性が高くなるかもしれないのだから。
「この手の本を多く呼んできた俺から、一つだけアドバイスさせて貰います。これは夢でもなく現実です。だから、“戦争”と言う言葉の意味をしっかりと理解した上で、今後の選択をした方が身のためだと思いますよ」
これが夢だった時恥ずかしいやつやん、などと内心考えつつ、同時にそれはないだろうと思う。ここに来てから貰った腕の痛みは、脳内麻薬で中和されていたとはいえ、確かに痛かった。
感覚を伴わないのが夢だと定義するならば、ここは紛れもなく現実だ。だからこそ、それを教える。戦争はもう二度としたくない、と言っていた武術の師匠の言葉を借りて、クラスメイトにそれを伝える。
言い終えて満足した葵は、今度こそ謁見の間を退出する。退出する葵の背中に向けられている視線の殆どは、驚きの感情で埋め尽くされていた。